夜桜の下でまた逢う日まで

馬場 蓮実

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第4章 旅の終わり

儀式の始まり

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「よし!じゃあ、帰ろうか」

 そう言うと、パタッと日誌を閉じ、勢いよく立ち上がり俺に徳利を差し出す。改めて持ってみると、現実で見つけた時と重さはほぼ変わらない気がする。もしかして、飲んでも減らなかったりするのだろうか?いや、飲み過ぎ注意って書いてある以上そんなことはないか。


「……で、あんたはなんで寝てんの?」

 トシは、掘った場所から少し移動したところで、大の字で横になっていた。ただ真っ直ぐ空を眺め、その表情は清々しい。

「いやあ、今のうちにこの世界を目に焼きつけておこうと思っての」

「なにをロマンティックなこと言ってんのよそんな身なりして」

 いざ帰るとなると、やっぱり少し名残惜しい気もする。現実に戻ったら、この二人の掛け合いは見れないし、こうやって三人で話すことも二度とない。それに、こんなに綺麗で神秘的な桜も、現実では見られないだろう。
 つまり、この光景もこの景色も、まさに今だけしか見られない。

「分かるか、ハル?おまんはここで目を覚ましたんじゃ」

「あっ……そうだっけ」

 そう言われて改めて周囲を見渡す。確かに、この位置だった気がしなくもない。起きた時、今の俺とサクラみたいに俺も顔を覗かれていたっけ。

「そういえば、二人は何処で目覚めたんだ?」

「わいらは、言うてその辺じゃ。起きたのはアネキとほぼ同時じゃったのう」

「アンタだけ一向に目を覚さないから、死んでんのかと思ったわ」

 そうだったのか……俺だって自分の死を疑ったし、二人もその仲間だと思いかけた。あの時は本気で焦ったなあ。
にしても、なんで俺だけ出遅れたんだ?

 ……あれ、そういえば俺って崖から落ちて……その後で二人と出会ったんだよな。……いや原因絶対それじゃん。

 というかあの崖は結局なんだったんだろう?日誌にはその辺何も書いてなかったけど。落ちたのがもしかして俺一人だから知りようもなかった、とか?それはそれで誇らしいような、くそダサいような……。
 まあ、別の時代に飛んだわけでもないし、落ちてもただ元の位置に戻ってくるだけなのかな。

「して、帰る方法は分かったか?」

 トシはスッと状態を起こし、円座になるように座り直した。そのやや背筋を伸ばした雰囲気が、まるで儀式の始まりを意味しているような気がして、俺は持っていた徳利とお猪口を仰々しく真ん中に置いた。

「簡潔に言うと、現実で飲んだ量を、桜の花びら入りで飲めば帰れるらしいわ。……あんた飲んだ量覚えてる?」

「馬鹿にすなそんくらいは覚えとるわい。親父に『半量』って厳しく言われたからの、半量ちょい飲んだわ」

 半量ちょいということは二十五年の半分……五年間隔だから十年か十五年。『ちょい』ってのを踏まえると、トシが飛んだ時間は十五年か。あれ、思ったより少ない気がしなくもないが……ここが既に過去だから余計に混乱してしまう。ここまで来て、あまり深く考えても仕方ないけども。

「いや言い付け守ってないじゃん」

「いやー、わいな『五十キロ制限は五十九キロまで出してええんやぞ』って教育されて育ったからな」

「ちょっと何言ってるのか分からない」

「多少の『遊び』はオッケーってこと?」

「その通りじゃ!」

「待って、それのどこが厳しいの?」

 サクラが真顔でトシを見つめ、目を逸らすようにトシが俺に目を向ける。その真顔がまた何か助けを求めているように感じて、俺は俺で目線を下げざるを得なかった。込み上げてくる笑いを堪えるために。

「とにかく、今回はその『遊び』ってやつはダメよ。きっちり同じ量注ぎなさい」

「へいへい。……ちなみに量間違えるとどうなるんじゃ?」

「あー、言われてみればどうなるんだろ」

「死にます」

「は!?」
「え!?」

 そんなこと書いてあったっけ、と思わず二人揃ってびっくりしたものの、サクラの真顔を見てそれが雑な嘘なんだと遅れて気が付いた。すかさず『お前はなに素で驚いてんだ』と言いたげな当人に見つめられ、またしても俺は頭を下げてしまう。
 そもそも崖から落ちて死んでいないのに、量間違えてあの世逝きって、それは流石にシビアすぎるだろう。

 でも真面目な話、実際どうなるのかは分からない。素直に考えると、この異世界で別の時代に飛ぶってのが一番自然で納得がいく。お爺さんが言っていた『時間跨ぎ』ってやつとも話が合うしな。
 ただ、じゃあ花びらを入れずに飲むとどうなるか、『いつ』飲めば『どっち』に飛ぶのか、その辺は謎のままだ。

「それ知っちまったら、わい手震えて上手く注げんやもしれん」

「なら私がお酌してあげるわ」

 そう言うと、サクラは徳利を手に取り、栓をポンッと抜いた。それを見たトシは慌てて静止を促す。

「待て待て!わいが最初か!?ここはレデイファーストじゃろ?なあハルよ」

「まあ、言われてみればそうかな……?」

「アホ言え、飲んだ量が少ない順に決まってんでしょ。もし条件に漏れがあって失敗でもしたらどうすんのよ?途端に足りなくなる可能性あるんだから」

「な、なるほど……」

『飲み過ぎ注意』の文言があったのも踏まえると、それは間違いなく正論だった。でも、何気なく言い放った今のセリフには一つ、気がかりな点がある。


 俺は今までの会話で『どれくらい飲んだか』なんて、一言も言っていない。

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