黒い空と彼女の話

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黒い空と彼女の話

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彼女はいつも楽しそうに、そして嬉しそうに自分の家族の話をしていた。結婚して遠くにいる姉といつも長電話している話。彼氏と同棲してなかなか家に帰ってこない妹に対する愚痴。近くに住んでいる叔母や、大事にしているペットの犬の話。

とりとめのない話をいつも向かいの席で聞いていた。彼女は仕事場では自分から話さないことも多く、親しい人もあまり多くない。自分の考えをめったに話さないし、仕事の話にも積極的に参加しない。

本当に同一人物かと思うぐらい、よく喋る。きっとこれが彼女の本当の姿なんだろ。勝手にそう思っていた。

僕らは、仕事場が同じで、たまに一緒に帰り、時に一緒に食事をした。そして食事の時は大体彼女の身の回りの話が多かった。そしてそれを聞いている時間がたまらなく愛おしく、ずっと聞いていたいと思っていた。

たまに彼女は冷静になり、「あっ、ごめん。自分ばかり喋っているね」と我に返ることがある。それに対しいつも、「うん、大丈夫だよ」と応える。こんなやりとりも、もうどれぐらい続けたんだろうか。

彼女とは恋愛関係にはない。あくまで仕事の同僚である。そう、特別な感情を抱いているのは自分だけで、彼女はきっと自分のことは特別だと思っていない。それは色んな場面で感じていた。
でもそれでいいと思った。なぜなら、彼女のことが好きであることはもちろんだが、彼女の話を聞いている時間が好きだったからに他ならない。あんなに嬉しそうに自分の家族のことを話す人は見たことがなかった。それは自分にとってとても新鮮であり、愛おしいもの。
「いつまでもこんな時間が続けばいいのに」。彼女を前にし、度々そう願った。

彼女には両親がいない。正確に言うと、失ってしまった。母親は癌で、彼女が高校生の時に亡くなってしまったそうだ。おそらく40代ぐらいだったのだろう。高校生といってもまだ子供だ。そんな時に母親を亡くしてしまった彼女やその姉妹のことを想うと胸が痛くなる。

そして父親は、母親が亡くなる前に死んでしまったらしい。山に登山に行き、事故で亡くなった、と最初に彼女は話した。しかし、間も無く、「今の話の中には嘘があります。」と言い、本当は自殺だったことを説明してくれた。
それは初めて2人で食事に行った日。平日の夜、他のお客様は誰もいない、静かで小綺麗な焼肉屋の個室でそう告げられた。

今でも忘れられず、どういう現象だったのかは分からない。でも彼女が父親の死の真実を話をし始めた時、頭上で雷が鳴ったような感覚に陥った。そして自分達以外の何かの存在を感じた。でもそれが怖いという感覚はなく、どこか運命的な瞬間に感じた。その時に初めて、彼女を大切にしていたい、そう思い始めた。

彼女は、母親が入院し、お見舞いに行った時も、自分のことばかりを話していたそうだ。そして母親から、「あなたには話を聞いてくれる人がいないとダメね」と笑いながら言っていたと話してくれた。

僕もそう思う。彼女には、誰か話を聞いてくれる人が必要なんだ。そしてその誰かが自分であればどれだけ幸せなのだろうか。
きっとずっと我慢してきたのだろう。寂しさや辛さなど。それはそうだ、10代の頃、しかもある程度成長し物事の分別がつく時期に、両親を失ってしまうなんて、どれだけ辛いことなのか。自分には両親は健在で、離婚してしまったとはいえ、どちらも生きている。だから、彼女の味わってきた辛さは、ただ想像するより他になかった。

そういえば彼女が突然「親が欲しいなぁ」と言い出したことがあった。僕は「切実だね」と言うと、「そうかなぁ」と笑いながら言っていた。
そんな彼女の前で自分の親の話をするのはとても申し訳ない気持ちだった。だからできるだけ彼女の家族の話を聞くようにした。

彼女にとって、今いる家族はとても大切なものに違いない。仕事の長期休みの時は、いつもお姉さんの夫婦に会いに行っていた。その準備をしている時や休みに入る前はとても楽しそうで、まるで遠足を控えた子供のようだった。
妹には、なかなか家に帰ってこない、帰ってくる時はいつもコブ付きと怒っていたのを、笑いながら聞いていた。「コブ付きで」を二回繰り返すのも彼女らしい。旅行のお土産でお揃いの靴を買ってきて貰ったことや、誕生日に「おめでとう、おばさん」とお互いメールで送りあったことなど、それもまた嬉しそうに話していた。
彼女と妹は二卵性の双子であり、誕生日は一緒である。しかし性格も容姿も全く違うらしい。妹はサバサバしていて、身長は低い。実際に写真を見せてもらったが、聞かないと双子とは分からないだろう。
彼女が韓国のアイドルグループにハマっていて、その写真を見せたら、妹は「何これ?」とバッサリ一蹴したらしい。そのやりとりを想像するだけでにやけてくる。妹には会ったことはないが、話を聞いているだけで何となくその場面が想像できるからだ。

これが彼女の話である。そして今はもう一緒に帰ることも食事に行くこともなくなってしまった。会社の都合でお互いに転勤となり、仕事場が変わってしまったからだ。

とはいえ、会おうと思えば会える距離にいる。でも僕と彼女は特別な関係ではない。だからなかなか会うための口実が見つからならない。口実といえば、ただ自分が会いたいだけである。

転勤する前に彼女に自分の想いを伝えようかとも思った。でもやめた。彼女は僕に、「きっと向こうには可愛い娘いっぱいいるよ」と笑いながら言った。その時、やっぱりこの想いは片想いでおり、この先成就することはないのだろうと確信した。でもそれでよかったんだと思う。自分の想いは、いつか夢の海に消えていくだろう。解けていくように、緩やかに。


そういえば僕が転勤する話をした時、彼女は、「もし自分が転勤したらどうしよう」と話していた。そして、唯一一緒に住んでいるペットの犬と離れてしまうことを想像し、泣き出してしまった。転勤することも決まっておらず、そもそもそんな話もない段階で。
二人で「まだ転勤の話もきていないのに」と笑い合った。雪の降る街で彼女の涙と笑い声は、冷たく黒い空に消えていった。


足を止めて空を見上げた。雪のない冬は今年が初めてだった。12月の空なのに、こんなにもはっきりと澄んで見えることに少し感動した。そして、こんなにも暖かく、同じ日本なのにこうも違うのかと驚いた。気温は10度以下なので寒いといえば寒い。でも雪国で育った自分には心地良い寒さだった。

彼女も同じ空を見ているのだろうか。同じように、雪のない冬は初めてなはず。何を感じ、何を思っているのか。

知りたい。会いたい。また声が聞きたい。そして、いつまでも話を聞いていたい。でもその役目は自分ではない。
いつか自分ではない誰かが、彼女の傍でずっと話を聞くことになるのだろう。その人に嫉妬しつつ、いつまでも彼女の話を聞き続けてあげてほしいと切に願う。

僕は歩き出した。彼女に会え、同じ時間を過ごせたことは、僕の人生にとってかけがえのない時間になった。お互い違う人生。これから先、どこかで交わるとこはあるのだろうか。

きっとあるはずだ。お互いに生きていれば、またどこか同じ空の下で会うだろう。それが雪の降る街なのか、12月でも心地良い寒さの空の下なのかはわからない。

ただその日がくることを信じ歩き続けよう。そして、またいつか彼女の話を聞けるように、頑張って生き続けようと思う。

その時彼女はどんな話をしてくれるのだろうか。誰かと結婚し、新しくできた家族の話になるのか、やはり自分の姉妹の話になるのだろうか。

どんな話になるのかは分からない。それもまた楽しみの一つだ。でもこれだけは分かる。

彼女は誰よりも楽しそうに、そして嬉しそうな顔で、自分の家族のことを話していることを。
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