452 / 601
第6章
43.その魂胆は
しおりを挟む
『…………っ』
影――マイカが唇を噛んで俯く。部屋の入口付近に固まっていた従神たちと精霊たちが剣呑な表情を浮かべており、ヨルンが呆然と呟く。
『な、何してるんだよマイカ……今の、委任状を入れた箱だろう。何でお前が持ってるんだ?』
フルードが小首を傾げてフレイムを見上げた。
『お兄様、いかがいたしましょうか?』
『……放してやってくれ。この状況じゃ、脱走も反撃も自害も何もできん』
高位神に囲まれた現状を示して言った兄の言葉に、先代の大神官は麗しく微笑む。
『分かりました』
マイカを捕らえ続けていた紅碧の神威が溶け消える。フレイムがそっと腕を解いてアマーリエを解放した。
『ちょっとだけここにいてくれ。セイン、すまんがユフィーを頼めるか』
『はい、お兄様』
「待ってフレイム、私も……」
手を伸ばしかけたアマーリエを、マイカをじっと見ていたフルードが優しく押し留めた。
『いけませんアマーリエ。……あの精霊に最後の慈悲を与えてやりたいならば、あなたが出てはいけません。比翼連理の姿を見せ付けることになります』
「はい? 比翼……?」
仲睦まじい夫婦を表す皇国のことわざを出され、キョトンと転瞬するアマーリエ。その間に、フレイムはかつての同胞の前に立った。いつもは日だまりのごとく煌めいている山吹色の瞳に、今は温度が通っていない。
『フ、フレイム様、違うのです。その……委任状の箱はデスクの下に落ちていました。それを拾って戻そうとしたところを見られて、誤解を』
『無駄だ。俺たちがお前の動きの一部始終を全部見てた。この目でな』
横にズレてフレイムの場所を開けたラミルファが忍び笑いを漏らす。
『あんなやり取りを聞かされたんだ。箱がなくなって返礼品が渡せなければ、兄上がブチ切れて天界中が大騒ぎになるかもしれないと、大慌てで戻しに来たのだろう』
『わ、私は……』
喉に何かが詰まったように続きを話せないマイカに、凪いだ声が落とされる。
『――どうしてこんな真似をした』
『…………』
血の気が失せた顔で涙ぐむ少女姿の精霊に、見ていられなくなったアマーリエは声を上げた。
「フレイム、そんなに怖い声を出さないであげて。すごく怯えているわ。これでは何も話せないわよ」
『!』
だが、それを聞いたマイカは、何故か悔しげに奥歯を噛み締め、悲憤の形相に変貌した。
『……私を憐れんで下さるわけですか? 燁神様は慈悲深いこと。それとも勝利宣言のおつもりで?』
「……え?」
意味が分からなかった。傍にいるフルードが、何故か額を抑えている。
『言葉を慎め』
フレイムが口を開く前に、傍観を決め込んでいたラミルファが言い放った。業物のごとき鋭さを秘めた、熾烈な眼光。
『たかが精霊ごときが、選ばれし神の愛し子たる高位神を侮辱するか。自分から厳罰に向かって真っしぐらとは、もしかして君はマゾなのか?』
『…………こんな、はずじゃ……すぐに戻すつもりだったのに!』
血が出そうなほど強く拳を握り締め、マイカが声を絞り出す。多くの者が集まっていながらどこか寒々しい空間に響く、咎者の泣哭。
『話せ、お前の魂胆を』
疫神が端的に告げる。神威を込めた声で命じられれば、嘘を吐くこともごまかすことも許されない。強制的に真実を喋らされる。
『い、委任状の箱がなくなれば、フレイムとこの女は必死でこの部屋や領域内を探し回ります。私もきっと手伝いを命じられるでしょう。そこで私が箱を見付けた風を装って差し出せば、フレイムはものすごく感謝してくれるはずです。きっと私に目をかけて、側に召し上げてもらえる。そう思ったのです』
滂沱の涙と共に打ち出された虚構の未来に、アマーリエは言葉を失った。
(そ、側に召し上げてって、まさか、マイカはフレイムのことを……)
否応無く目論見と本音を吐き出させられたことで、マイカが心中ではフレイムを呼び捨てにし、アマーリエをこの女呼ばわりしている事実まで白日の下に晒されてしまった。
フレイム付きの従神たちと精霊たちが険しい眼差しを向け、臨時の精霊たちはただ唖然と立ち尽くしている。ヨルンがパクパクと口を開閉していた。
影――マイカが唇を噛んで俯く。部屋の入口付近に固まっていた従神たちと精霊たちが剣呑な表情を浮かべており、ヨルンが呆然と呟く。
『な、何してるんだよマイカ……今の、委任状を入れた箱だろう。何でお前が持ってるんだ?』
フルードが小首を傾げてフレイムを見上げた。
『お兄様、いかがいたしましょうか?』
『……放してやってくれ。この状況じゃ、脱走も反撃も自害も何もできん』
高位神に囲まれた現状を示して言った兄の言葉に、先代の大神官は麗しく微笑む。
『分かりました』
マイカを捕らえ続けていた紅碧の神威が溶け消える。フレイムがそっと腕を解いてアマーリエを解放した。
『ちょっとだけここにいてくれ。セイン、すまんがユフィーを頼めるか』
『はい、お兄様』
「待ってフレイム、私も……」
手を伸ばしかけたアマーリエを、マイカをじっと見ていたフルードが優しく押し留めた。
『いけませんアマーリエ。……あの精霊に最後の慈悲を与えてやりたいならば、あなたが出てはいけません。比翼連理の姿を見せ付けることになります』
「はい? 比翼……?」
仲睦まじい夫婦を表す皇国のことわざを出され、キョトンと転瞬するアマーリエ。その間に、フレイムはかつての同胞の前に立った。いつもは日だまりのごとく煌めいている山吹色の瞳に、今は温度が通っていない。
『フ、フレイム様、違うのです。その……委任状の箱はデスクの下に落ちていました。それを拾って戻そうとしたところを見られて、誤解を』
『無駄だ。俺たちがお前の動きの一部始終を全部見てた。この目でな』
横にズレてフレイムの場所を開けたラミルファが忍び笑いを漏らす。
『あんなやり取りを聞かされたんだ。箱がなくなって返礼品が渡せなければ、兄上がブチ切れて天界中が大騒ぎになるかもしれないと、大慌てで戻しに来たのだろう』
『わ、私は……』
喉に何かが詰まったように続きを話せないマイカに、凪いだ声が落とされる。
『――どうしてこんな真似をした』
『…………』
血の気が失せた顔で涙ぐむ少女姿の精霊に、見ていられなくなったアマーリエは声を上げた。
「フレイム、そんなに怖い声を出さないであげて。すごく怯えているわ。これでは何も話せないわよ」
『!』
だが、それを聞いたマイカは、何故か悔しげに奥歯を噛み締め、悲憤の形相に変貌した。
『……私を憐れんで下さるわけですか? 燁神様は慈悲深いこと。それとも勝利宣言のおつもりで?』
「……え?」
意味が分からなかった。傍にいるフルードが、何故か額を抑えている。
『言葉を慎め』
フレイムが口を開く前に、傍観を決め込んでいたラミルファが言い放った。業物のごとき鋭さを秘めた、熾烈な眼光。
『たかが精霊ごときが、選ばれし神の愛し子たる高位神を侮辱するか。自分から厳罰に向かって真っしぐらとは、もしかして君はマゾなのか?』
『…………こんな、はずじゃ……すぐに戻すつもりだったのに!』
血が出そうなほど強く拳を握り締め、マイカが声を絞り出す。多くの者が集まっていながらどこか寒々しい空間に響く、咎者の泣哭。
『話せ、お前の魂胆を』
疫神が端的に告げる。神威を込めた声で命じられれば、嘘を吐くこともごまかすことも許されない。強制的に真実を喋らされる。
『い、委任状の箱がなくなれば、フレイムとこの女は必死でこの部屋や領域内を探し回ります。私もきっと手伝いを命じられるでしょう。そこで私が箱を見付けた風を装って差し出せば、フレイムはものすごく感謝してくれるはずです。きっと私に目をかけて、側に召し上げてもらえる。そう思ったのです』
滂沱の涙と共に打ち出された虚構の未来に、アマーリエは言葉を失った。
(そ、側に召し上げてって、まさか、マイカはフレイムのことを……)
否応無く目論見と本音を吐き出させられたことで、マイカが心中ではフレイムを呼び捨てにし、アマーリエをこの女呼ばわりしている事実まで白日の下に晒されてしまった。
フレイム付きの従神たちと精霊たちが険しい眼差しを向け、臨時の精霊たちはただ唖然と立ち尽くしている。ヨルンがパクパクと口を開閉していた。
11
あなたにおすすめの小説
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―
愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。
彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。
魔法は使えない。
体は不器用で、成長も人より遅い。
前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。
けれどこの世界には、
見守り支えてくれる両親と、
あたたかい食卓があった。
泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、
彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。
これは、
最強でもチートでもない主人公が、
家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す
生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。
……の、予定です。
毎日更新できるように執筆がんばります!
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング2位、ありがとうございます。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる