神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

文字の大きさ
472 / 605
第6章

63.悪神兄たちの娯遊 中編

しおりを挟む
 天界最強の荒神の正面衝突により、凄まじい爆音と衝撃波、神威の火花が発生――――しなかった。
 真実強大な神威が全くの互角でぶつかり合った際には、音や風、光すらも出ないのだ。もはやそんな次元の話ではないからだ。無音かつ無風の中で、ただ純然たる御稜威だけが完璧な均衡を保って押し合っている。
 互いの力が真に壮絶であり、かつ完全に拮抗しているからこそ起こる現象だ。どちらか一方が僅かに欠けていれば、バランスが崩れ、轟音や爆光がこの場を蹂躙しているだろう。

『現状は中々に面白い。最初は面倒だと思ったが、一周回って痛快だ』

 疫神の手中で槍が煌めく。半円を描いて打ち下ろされたそれを、葬邪神が剣を一閃して受け止めた。十字に組み合う獲物が鳴動し、熾烈なる神威が場を駆け巡る。

『アレク、お前は本当は穏健派だ。限りなく尊重派に近いがな。聖威師の意思を汲み取り、その心を限界まで大切にしたいと思ってはいる。だが、それはそれとして、神格を持つ者は天に在るべきと考えている』

 堅物なお前らしいことだ、と、疫神が嗤う。その肢体から迸った高電圧の稲妻を、葬邪神の長身から出現した長大な棘を持つ荊が弾き返す。

『ああ。神は天へ、人は地へ。これが大原則にして基本中の基本だ。例外や特例が定められているとはいえ、それは変わらん』
『ははっ。堅い堅い、お堅いなぁ』

 疫神が半歩足を引き、槍を旋転させて剣を弾いた。軽やかに身を翻して獲物ごと回転し、間合いを取る様は、まさしく遊んでいる。そう、この神は遊んでいるだけだ。双子神共々、喧嘩しているつもりすらない。

 この空間に満ちる神威が芥子粒一つ分でも結界の外に飛び出せば、無数にある次元や宇宙の全てが瞬く間に消失する威力だというのに。それでもなお、ただじゃれ合っているだけの感覚でいる。視線を交わし合う二神にとって、これしき力を出した内にも入らない。

『うるさい。……前にも説明したがなぁ、天の神に逆らえない聖威師は、圧倒的に立場が弱いだろ。数だって帰還派が勝っている。だから俺は自分の本音を隠して尊重派に付き、帰還派が勢い付かないよう宥めることにしたんだ』

 聖威師の心に斟酌したいという意思自体は本物だったためだ。葬邪神はどこまでも相手の意思と心を重んじ、大切にする。神限定だが。

 弾丸のような迫撃と共に突き出された閃きを紙一重で回避し、葬邪神が一気に片割れに急迫した。

『神々をまとめる俺とブレイがどちらも尊重派になったことで、どうにかバランスが取れた。比重が偏りすぎんよう、俺は中立に近い言動もしていたしなぁ』
『そして、その最中に我が目覚めた』

 鋭い牙を見せて笑った暴れ神が上体を翻し、至近距離へ肉薄して来た葬邪神が放つ一閃を回避しながら、その鳩尾に豪快な蹴りをぶち込んだ。フンと鼻を鳴らした葬邪神は、ダメージを受けた気配もなく、打撃の勢いに乗る形で後方へ下がった。距離が開いた片割れを見据え、疫神が槍を半身中段に構える。

『我までが尊重派に回れば、今度は逆に帰還派の神々の立場がなくなってしまう。それは好ましくない。あの子たちの想いと言い分にも正当性と理がある。ゆえに均衡を維持するため、我は帰還派になった。穏健派は元から最大規模であったゆえ、強硬派にいったのだ』

 葬邪神、ブレイズ、そして疫神は、親神に成り代わった経験と実績を持つ神であり、天界でも特別視されている。この三神が一つの派閥に集合すれば、パワーバランスが崩れてしまいかねない。かといって、今まで尊重派として聖威師を庇って来た葬邪神が、いきなり帰還賛成派に転向するのも奇妙な話だ。
 そこで、疫神が自身の立ち位置で調整を取ることにした。覚醒時に失敗した詫びに尊重派の真似事をしている、という言い分は、疫神が帰還賛成に回ったことで強硬派が勢いを増してしまわぬよう、抑えをかける意図も含まれていた。

 客観的に見ても、苛烈な暴れ神たる疫神が帰還派で、相手を思いやる葬邪神が尊重派というのは納得できるため、多くの神々は疑問を抱いていない。

 ――影からの調整役。これが疫神の役割だ。葬邪神とブレイズは、神々のまとめ役という立ち位置にあるがゆえに、自由に動けないこともある。二神では均衡が取り切れない事態になれば、疫神がそれとなく動く。彼が神々のまとめ役に付いていないのは、実はあえてのことだ。
 目の前の片割れと喧嘩してふて寝していた間も、緊急連絡用の念話回路だけは開けていたが、それも調整の役割が必要になれば起きるつもりだったためだ。

『先程も言ったが、お前には申し訳ないことをしている』
『我も繰り返すが、やむを得ん。天界と神々のバランスは考慮せねば。父神も同様の理由により、高次会議では滞留廃止に入れると仰せであった』
『俺もそう聞いた』

 葬邪神が剣を引き、肩に担いだ。トントンと刃を鳴らし、明後日の方を見てやれやれと息を吐き出す。

『帰還賛成派であった風神様が、ご自身の天馬がアマーリエを危機に追い込んだ詫びにと、表決を放棄するご意向を示されている。火神様と地神様は尊重派、水神様は帰還派だ』

 明確に隙を見せたように見える双子の姿に、しかし、疫神は薄い笑みを纏ったまま動かない。片割れははっきりと煽っているからだ。ここで突っ込んではならないと、荒神の勘が告げている。

『アレクとブレイが尊重に回り、我が均衡を取ったとはいえ二対一の現状だ。ここで最高神まで尊重多数にはせんだろう。父神が帰還に入れ、同数になさる。実際、帰還派であられるしな』

 そう告げた疫神はふと黙り込み、ひとりごちるように言う。

『……父神は、我が本当は尊重派であると勘付いておられるやもしれん。あの方ならば、己の御子神たちが抱える事情を最奥まで看破なさっていても不思議ではない』
『有り得るな~。なんせ俺たちの親神だ。かといって、本心とは違う派閥に付いてます、なんて正直に言えんしなぁ。バランスは最高神が取るから、余計な気を回さず自分が思うところに行けと言われるに決まっている』

 親神としてはそう言うだろう。だが、葬邪神と疫神はあまりに神々への影響力がありすぎる。全体の均衡を考えながら動かねばならない。ゆえに禍神には告げず、密かに派閥を調整している……ことを、その禍神は分かっていてもおかしくない。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について

いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。 実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。 ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。 誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。 「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」 彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。 現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。 それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。 第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。 生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。 その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。 「加護縫い」 (縫った布に強力な祝福を込められる) 「嘘のほころびを見抜く力」 (相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする) を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。 さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王太子が近付いて来て……?

処理中です...