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第7章
17.道具でしかない
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そう言った面倒見の良い邪神が、ほら、と差し出してくれたのは、複雑な切れ込みを入れて花のように象ったリンゴだ。アマーリエはベッドから上体を起こした。口に入れてしまうのがもったいなく思いつつも咀嚼すると、まろやかな甘さの中に僅かな酸味を秘めた果汁が広がった。実の中心部分に詰まっていた蜜が濃厚に溢れる。
『イデナウアーは静かに覚醒したそうだ。元々、自身の末裔が遊運命神様を怒らせ、不幸と絶望の渦中に落とされたことを嘆き、憂悶して精神的疲労が溜まっての入眠だった。眠っている間も子孫を心配し続けており、深層心理の奥でああだこうだと考えていたそうなのだよ』
天威師と聖威師が人の皮を脱ぎ捨てて神格を表出させれば、精神は神のそれになるため、人への情は限りなく薄れる。だが、自分の家族や恩師、親友など近しい者への想いは残ることがある。
『遊運命神様が刻んだ神罰は峻烈なものだった。直接の標的を越え、末代まで影響を及ぼす可能性が高いと踏んで、自身の裔を案じていたそうだ。だから目覚めた時、レシスの血を継ぐ者たちの安否を調べようとした。天から視るだけでなく、地上で直に、かつ継続的に確認したいと思ったそうだ』
『あーなるほどな。それで人間の協力者を欲してたわけか。神は原則地上に関わらねえ。降臨するにしても単発短時間が基本だからな』
『そういうことだ。正確には、協力者ではなくただの駒だがね。愛し子たちを通じて末裔の様子を確認しようとした。神官共を、文字通り自分の手足と耳目にしようと目論んだのだよ』
今度はオレンジを飾り切りしているラミルファが、フレイムの言を肯定した。大きめのオレンジの皮で籠を作り、小さくカットした果肉を中に詰めている。他にも、バラや熊などを模したフルーツアートも創作していた。
『付け加えれば、愛し子を理由にすれば特別降臨も可能になる。それが生き餌であっても。そうすればイデナウアー自身が地上に降りることが容易になるだろう。あえて愛し子を複数選んだのはそれが狙いかもしれない。エアニーヌと慧音を交互に理由にすれば、より長期的な特別降臨を成せるからね』
「神官たちを完全に道具として認識されているということですか?」
(イデナウアー様は生粋の神ではなくて元人間だから、天の基準では人への情は強いはずなのに)
アマーリエはそっと言葉を挟んだ。そうだよ、と頷いた邪神がオレンジの籠を寄越してくれたので、中身を一つ取って口に含む。爽やかな果肉がプチプチと舌の上で弾ける。
『イデナウアーの情が向けられる対象は、レシスの血を継ぐ者だけのようだ。他の人間のことは消耗品か玩具としか認識していない。悪神などそんなものだよ』
「けれど、アリステル様はエアニーヌと慧音のために親身になって下さっています」
『ヴェーゼは特殊だ。たった数年前まで大神官だったから、神官は自分が守るべき存在だという意識が残っている。いずれ消えるだろうが、今はまだね』
一時昇天してからというもの、アリステルは常にアマーリエたちの側に立って動いてくれていた。悪神でも元人間の場合は人に肩入れするのかと思っていたが、単に昇天から年月が浅いからだったようだ。
『加えて、アマーリエを始めとする聖威師が――自分から直に続く次代が、神官たちのために必死で動いている。それを見て、力になりたいという気持ちが湧いているのだろう』
「そうだったのですか……」
相槌を打ちつつ、オレンジの籠から新しい果肉を取り、腕を掲げてフレイムの口元に持っていく。枕元のサイドチェアーに座っていたフレイムが、素直に唇を開いた。もぐもぐしながら横目でラミルファを見る。
『まあまあ美味いんじゃね?』
「ええ、本当に美味しいです。天界でも人間界と同じ果物を栽培しているのですね」
『ふふ、違うよアマーリエ。セインが地上の飲食物を恋しがることがあるから、僕の領域の一角で、人間の食材を生産しているのだよ。フレイムもそうしている。……それよりフレイム、君があーんしてもらってどうするのだい。具合の悪い愛し子を看病しなくては。ねぇ?』
最後はアマーリエに艶麗な流し目を送る邪神は、やはり仮病に気付いているように思った。
『と言っても、何だか元気になったようだ。顔色が一気にツヤツヤになったよ。そんなにフルーツがお気に召したのかい?』
「いえ、元から元気……ゲホゲホ、エアニーヌたちを助けられる算段が付いたのでホッとしたのです」
本心から胸を撫で下ろしながら、アマーリエは微笑んだ。
『イデナウアーは静かに覚醒したそうだ。元々、自身の末裔が遊運命神様を怒らせ、不幸と絶望の渦中に落とされたことを嘆き、憂悶して精神的疲労が溜まっての入眠だった。眠っている間も子孫を心配し続けており、深層心理の奥でああだこうだと考えていたそうなのだよ』
天威師と聖威師が人の皮を脱ぎ捨てて神格を表出させれば、精神は神のそれになるため、人への情は限りなく薄れる。だが、自分の家族や恩師、親友など近しい者への想いは残ることがある。
『遊運命神様が刻んだ神罰は峻烈なものだった。直接の標的を越え、末代まで影響を及ぼす可能性が高いと踏んで、自身の裔を案じていたそうだ。だから目覚めた時、レシスの血を継ぐ者たちの安否を調べようとした。天から視るだけでなく、地上で直に、かつ継続的に確認したいと思ったそうだ』
『あーなるほどな。それで人間の協力者を欲してたわけか。神は原則地上に関わらねえ。降臨するにしても単発短時間が基本だからな』
『そういうことだ。正確には、協力者ではなくただの駒だがね。愛し子たちを通じて末裔の様子を確認しようとした。神官共を、文字通り自分の手足と耳目にしようと目論んだのだよ』
今度はオレンジを飾り切りしているラミルファが、フレイムの言を肯定した。大きめのオレンジの皮で籠を作り、小さくカットした果肉を中に詰めている。他にも、バラや熊などを模したフルーツアートも創作していた。
『付け加えれば、愛し子を理由にすれば特別降臨も可能になる。それが生き餌であっても。そうすればイデナウアー自身が地上に降りることが容易になるだろう。あえて愛し子を複数選んだのはそれが狙いかもしれない。エアニーヌと慧音を交互に理由にすれば、より長期的な特別降臨を成せるからね』
「神官たちを完全に道具として認識されているということですか?」
(イデナウアー様は生粋の神ではなくて元人間だから、天の基準では人への情は強いはずなのに)
アマーリエはそっと言葉を挟んだ。そうだよ、と頷いた邪神がオレンジの籠を寄越してくれたので、中身を一つ取って口に含む。爽やかな果肉がプチプチと舌の上で弾ける。
『イデナウアーの情が向けられる対象は、レシスの血を継ぐ者だけのようだ。他の人間のことは消耗品か玩具としか認識していない。悪神などそんなものだよ』
「けれど、アリステル様はエアニーヌと慧音のために親身になって下さっています」
『ヴェーゼは特殊だ。たった数年前まで大神官だったから、神官は自分が守るべき存在だという意識が残っている。いずれ消えるだろうが、今はまだね』
一時昇天してからというもの、アリステルは常にアマーリエたちの側に立って動いてくれていた。悪神でも元人間の場合は人に肩入れするのかと思っていたが、単に昇天から年月が浅いからだったようだ。
『加えて、アマーリエを始めとする聖威師が――自分から直に続く次代が、神官たちのために必死で動いている。それを見て、力になりたいという気持ちが湧いているのだろう』
「そうだったのですか……」
相槌を打ちつつ、オレンジの籠から新しい果肉を取り、腕を掲げてフレイムの口元に持っていく。枕元のサイドチェアーに座っていたフレイムが、素直に唇を開いた。もぐもぐしながら横目でラミルファを見る。
『まあまあ美味いんじゃね?』
「ええ、本当に美味しいです。天界でも人間界と同じ果物を栽培しているのですね」
『ふふ、違うよアマーリエ。セインが地上の飲食物を恋しがることがあるから、僕の領域の一角で、人間の食材を生産しているのだよ。フレイムもそうしている。……それよりフレイム、君があーんしてもらってどうするのだい。具合の悪い愛し子を看病しなくては。ねぇ?』
最後はアマーリエに艶麗な流し目を送る邪神は、やはり仮病に気付いているように思った。
『と言っても、何だか元気になったようだ。顔色が一気にツヤツヤになったよ。そんなにフルーツがお気に召したのかい?』
「いえ、元から元気……ゲホゲホ、エアニーヌたちを助けられる算段が付いたのでホッとしたのです」
本心から胸を撫で下ろしながら、アマーリエは微笑んだ。
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