525 / 601
第7章
36.本物が来た
しおりを挟む
フレイムが指を鳴らし、ラミルファが愉快げに口笛を吹く。
『おっ、そう来たかセイン』
『ふふ、なるほど』
ニッと笑ったフレイムが思念を飛ばす。
《おい神官ども、こっちに重要な客が来たぜ。お前らの言が本当かどうか、もうすぐ分かる。っつーことで、俺とユフィーは念話網の声が聞こえないようにする。悪いな神官以外の皆、ちょっとだけ待っててくれ。客に挨拶したらまた聞こえるようにするから》
《は? ちょ、ちょっと――》
エアニーヌの抗議の声ごと、紅蓮の神威が念話回路を遮断した。
長身のアシュトンの陰から姿を見せたのは、繊弱やかな女神だった。ゆったりとした神衣のあちこちに花飾りを纏っている。薄い亜麻色の髪と、ほっそりした白い四肢にも花の装飾品を着けていた。地に付くほど長い髪の中には、様々な色が流星のように現れては消えてゆく。幻想的な容姿に、アマーリエは思わず見惚れてしまった。
(綺麗……)
皇国の先代大神官・当真の主神たる孔雀神も、絢爛豪華な体躯を持っていた。極彩色の羽の中に、多様な色が閃光のごとく浮き出ては弾け消えていくのだ。普段は鳥の姿をしているが、人型を取ったところも見たことがある。優雅な手付きで広げた羽扇を口元に当て、婀娜っぽい流し目を送って来る妙齢の美女だった。
だが、孔雀の神の方が、花神よりも色が鮮明で豪華だった。目の前にいる女神は、もっと淡いパステル調の色だ。
女神の周囲の虚空には大輪の花が咲き乱れ、花びらが舞っていた。こちらに視線を送る丸い瞳は、上半分が桃色で、下半分が新芽色。その二色がグラデーションを描いている。瞳の中にも色とりどりの輝きが星屑のように瞬いていた。外見だけ見ればまだ若い。大人になり切っていない少女の形だ。
(イデナウアー様と同じくらい、よね……?)
これまで二度ほど、粗い夢で祖の姿を視た。とても不鮮明な映像だったため、はっきりと容貌が視認できたわけではなかったが、イデナウアーもまた、年若く小さな背丈をしていた。
『これはこれは、御来駕を賜わり恐縮にございますぞ――花神様』
いち早く口を開いたのは、この領域の主だった。姿勢を整えて会釈した灰銀の巨狼に、少女の姿をした女神が歩み寄る。アシュトンが脇に逸れ、頭を下げて道を譲った。
女神が一歩を踏み出すたび、周囲が何色にも光り輝き、花びらが舞い、足元で瑞々しい花が開花する。一瞬で咲いては四散し、花弁と化して溶け消える神花を従え、足を止めた女神は美しい目礼を取った。芳しい香りが立ち上るような、魅惑の声が紡がれる。
『狼神様にご挨拶いたします』
次いで、大きな目がフレイムとラミルファにも向けられた。二色の双眸の中で明滅する無数の彩り。まるで、瞳の中に満開の花畑が広がっているかのようだ。
『焔神様及び邪神様におかれましても、ご機嫌麗しく』
気配もなくソファから立ち上がっていた二神が軽く頭を下げる。
『いやー、あんまり良くないんですよ、機嫌。なんせこの状況ですから。それはともかく、お越し下さったんですね花神様』
『ふふ、あなたの彩り豊かなお姿はいつ見ても目を引かれます。豪奢さでは孔雀神様、上品さではあなただ』
どちらも艶やかではありますがね、と肩を竦める末の邪神に、花を纏う女神も微苦笑を浮かべた。
『孔雀神様のお色は少々派手すぎて、わたくしには扱い切れませんの。もっとも先方からすれば、わたくしの色彩は控えめで地味らしいですわ。もっと濃い色も混ぜてはどうかと、幾度もお勧めいただいておりますの』
神は変幻自在に姿を変えられる。フレイムやラミルファも、その気さえあれば全身虹色にすることも可能だ。ただし、外見ではなく神威に虹を帯びることができるのは、色持ちの神しかいない。
『ご挨拶申し上げます、花神様。妻に頼み、御身を招請したのは私です。御足労いただきましたことを心よりお礼申し上げます』
『顔を上げてちょうだい、縁神。誘ってもらえて嬉しいわ。同胞に会えるのはとても気分が良いことだもの』
優雅に頭を下げるフルードに、ふんわりとした笑顔を向ける女神。一方の狼神も、アシュトンに声をかけていた。
『よく来たな、歓迎するぞ』
『お目もじが叶い光栄でございます』
そつのない動作で答礼したアシュトンは、フレイムとラミルファにも挨拶する。一方、フルードと言葉を交わした花神は、つとアマーリエに視線を据えた。
「――お初に拝謁いたします。私はミレニアム帝国大神官、アマーリエ・ユフィー・サードと申します」
正確に言えば初対面ではない。大神官就任の際に天堂で言上を述べた時や、一時昇天で最高神に拝謁した際など、色持ちの神が集っていた場にこの女神もいた。色彩豊かな彼女の姿は孔雀神と並んで目立っていたため、チラリと記憶に残っている。
だが、それらの時はフレイムやフルードを始め、先達神と顔見知りの神々たちの方に気を取られており、じっくりとこの神に意識を馳せはしなかった。個別に会話したこともないので、実質的にはお初も同然だ。
衣を捌いて膝を折り、天の神に対する敬意を評して跪拝する。
「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極にございます、花神様」
『おっ、そう来たかセイン』
『ふふ、なるほど』
ニッと笑ったフレイムが思念を飛ばす。
《おい神官ども、こっちに重要な客が来たぜ。お前らの言が本当かどうか、もうすぐ分かる。っつーことで、俺とユフィーは念話網の声が聞こえないようにする。悪いな神官以外の皆、ちょっとだけ待っててくれ。客に挨拶したらまた聞こえるようにするから》
《は? ちょ、ちょっと――》
エアニーヌの抗議の声ごと、紅蓮の神威が念話回路を遮断した。
長身のアシュトンの陰から姿を見せたのは、繊弱やかな女神だった。ゆったりとした神衣のあちこちに花飾りを纏っている。薄い亜麻色の髪と、ほっそりした白い四肢にも花の装飾品を着けていた。地に付くほど長い髪の中には、様々な色が流星のように現れては消えてゆく。幻想的な容姿に、アマーリエは思わず見惚れてしまった。
(綺麗……)
皇国の先代大神官・当真の主神たる孔雀神も、絢爛豪華な体躯を持っていた。極彩色の羽の中に、多様な色が閃光のごとく浮き出ては弾け消えていくのだ。普段は鳥の姿をしているが、人型を取ったところも見たことがある。優雅な手付きで広げた羽扇を口元に当て、婀娜っぽい流し目を送って来る妙齢の美女だった。
だが、孔雀の神の方が、花神よりも色が鮮明で豪華だった。目の前にいる女神は、もっと淡いパステル調の色だ。
女神の周囲の虚空には大輪の花が咲き乱れ、花びらが舞っていた。こちらに視線を送る丸い瞳は、上半分が桃色で、下半分が新芽色。その二色がグラデーションを描いている。瞳の中にも色とりどりの輝きが星屑のように瞬いていた。外見だけ見ればまだ若い。大人になり切っていない少女の形だ。
(イデナウアー様と同じくらい、よね……?)
これまで二度ほど、粗い夢で祖の姿を視た。とても不鮮明な映像だったため、はっきりと容貌が視認できたわけではなかったが、イデナウアーもまた、年若く小さな背丈をしていた。
『これはこれは、御来駕を賜わり恐縮にございますぞ――花神様』
いち早く口を開いたのは、この領域の主だった。姿勢を整えて会釈した灰銀の巨狼に、少女の姿をした女神が歩み寄る。アシュトンが脇に逸れ、頭を下げて道を譲った。
女神が一歩を踏み出すたび、周囲が何色にも光り輝き、花びらが舞い、足元で瑞々しい花が開花する。一瞬で咲いては四散し、花弁と化して溶け消える神花を従え、足を止めた女神は美しい目礼を取った。芳しい香りが立ち上るような、魅惑の声が紡がれる。
『狼神様にご挨拶いたします』
次いで、大きな目がフレイムとラミルファにも向けられた。二色の双眸の中で明滅する無数の彩り。まるで、瞳の中に満開の花畑が広がっているかのようだ。
『焔神様及び邪神様におかれましても、ご機嫌麗しく』
気配もなくソファから立ち上がっていた二神が軽く頭を下げる。
『いやー、あんまり良くないんですよ、機嫌。なんせこの状況ですから。それはともかく、お越し下さったんですね花神様』
『ふふ、あなたの彩り豊かなお姿はいつ見ても目を引かれます。豪奢さでは孔雀神様、上品さではあなただ』
どちらも艶やかではありますがね、と肩を竦める末の邪神に、花を纏う女神も微苦笑を浮かべた。
『孔雀神様のお色は少々派手すぎて、わたくしには扱い切れませんの。もっとも先方からすれば、わたくしの色彩は控えめで地味らしいですわ。もっと濃い色も混ぜてはどうかと、幾度もお勧めいただいておりますの』
神は変幻自在に姿を変えられる。フレイムやラミルファも、その気さえあれば全身虹色にすることも可能だ。ただし、外見ではなく神威に虹を帯びることができるのは、色持ちの神しかいない。
『ご挨拶申し上げます、花神様。妻に頼み、御身を招請したのは私です。御足労いただきましたことを心よりお礼申し上げます』
『顔を上げてちょうだい、縁神。誘ってもらえて嬉しいわ。同胞に会えるのはとても気分が良いことだもの』
優雅に頭を下げるフルードに、ふんわりとした笑顔を向ける女神。一方の狼神も、アシュトンに声をかけていた。
『よく来たな、歓迎するぞ』
『お目もじが叶い光栄でございます』
そつのない動作で答礼したアシュトンは、フレイムとラミルファにも挨拶する。一方、フルードと言葉を交わした花神は、つとアマーリエに視線を据えた。
「――お初に拝謁いたします。私はミレニアム帝国大神官、アマーリエ・ユフィー・サードと申します」
正確に言えば初対面ではない。大神官就任の際に天堂で言上を述べた時や、一時昇天で最高神に拝謁した際など、色持ちの神が集っていた場にこの女神もいた。色彩豊かな彼女の姿は孔雀神と並んで目立っていたため、チラリと記憶に残っている。
だが、それらの時はフレイムやフルードを始め、先達神と顔見知りの神々たちの方に気を取られており、じっくりとこの神に意識を馳せはしなかった。個別に会話したこともないので、実質的にはお初も同然だ。
衣を捌いて膝を折り、天の神に対する敬意を評して跪拝する。
「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極にございます、花神様」
0
あなたにおすすめの小説
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―
愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。
彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。
魔法は使えない。
体は不器用で、成長も人より遅い。
前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。
けれどこの世界には、
見守り支えてくれる両親と、
あたたかい食卓があった。
泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、
彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。
これは、
最強でもチートでもない主人公が、
家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す
生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。
……の、予定です。
毎日更新できるように執筆がんばります!
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング3位、ありがとうございます。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる