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第7章
37.あちらの話は全然進んでいなかった
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この女神が誰であるか、神々のやり取りと彼女自身の様相で分からないはずがない。何しろ女神の神格を、皆が幾度も述べているのだから。
(本物の花神様だわ……!)
確かに、この混迷の事態を打開するためには、真の花神を連れて来るのが一番だ。ある意味では彼女も本件の当事者である。正式には、勘違いを拗らせた神官2名により、勝手に当事者にされたのだが。
『良いのよ、頭を上げて楽にして。焔神様の愛し子とお話しできたことは嬉しいわ。あなたの気は澄み切っていて、とても綺麗ね。色も美しい紅葉の彩だわ』
子どものように無垢な歓喜を帯びて弾んだ声のトーンが、しかし、次の瞬間ガクリと落ちた。
『ただ、焔神様と同様、今はあまり機嫌が良くないの。あなたたちに怒っているわけではないのよ。でも不快なの。理由に関しても焔神様と同じよ』
「誠に申し訳ございません……」
陳謝するアマーリエ。言わずもがな、エアニーヌと慧音の件だろう。
『あの子の……毒華神の神域に行くわ。勝手に愛し子を持ったことにされては堪らないもの。一笑に付して捨て置く神もいるかもしれないけれど、わたくしはそうではないわ』
《アマーリエ。独断で花神様をお呼びしてしまい、申し訳ありません。しかし、件の神官たちの念話を聴いていた限り、こうでもしなければ埒が開かないと思いましたので》
フルードが個別念話で静かに語りかけて来た。
《それに、私とアリステルがイデナウアー様の神域に伺った時、エアニーヌと慧音は花神様に見初められたと自信満々に話していました。その際は、ラミ様と葬邪神様、そして疫神様もご臨席されていました。ですのでどのみち、彼の神々の口から花神様に本件が伝わってしまうでしょう》
聖威師と先達神だけで解決し、軟着陸できる可能性は限りなく低いということだ。邪神兄弟はフルードとアリステルが頼み込めば口を噤んでくれるかもしれないが、疫神は無理だろう。退屈しのぎになりそうなことが起こったと哄笑しながら、天界中の神々に吹聴して回る姿が目に浮かぶ。
……余談だが、至高神に遊び相手をしてもらえば良いのではないかという案は、まだ彼に伝えられていない。疫神とはそれほど頻繁に目通りするわけでもなく、会ったとしても他の話題が中心になることが多いため、提案することを失念してしまうのだ。
《ありがとうございますフルード様。私も同意見です。そもそも、天界に無断で入り込み、神々に確認のお手間をかけさせた時点で、内々の収拾は不可能でした》
《そうですね。なるべく穏便な結末になるよう、私も微力ながら手を貸します》
《大神様のお心遣いに心よりお礼申し上げます》
同輩ではなく天の神に対する言葉を述べると、フルードはそれで良いと言いたげに、しかしどこか切なげに頷いた。その目には、大神官の任を自分が代わってやりたいと書いてあった。隣に佇むアシュトンの眼差しにもだ。あと数年生き長らえていれば、この事態の矢面に立っていたのは彼らだった。
だが、たらればを考えても現実は変わらない。彼らは既に昇天した身であり、聖威師には戻れない。神官府の長の地位もアマーリエたちに継承された。もはや世代は変わったのだ。そのことを、フルードとアシュトンは十分に承知している。むろん、アマーリエを始めとする聖威師たちも。
(私が、私たちがやるしかないのよ。今の聖威師は私たちなのだから)
とうに分かり切っていたことを改めて決意し、フレイムとラミルファを見る。ランドルフたちと落ち合えればと思っていたが、こちらの女神が祖の領域に行くと仰せならば、それに倣うべきだろう。
「フレイム、ラミルファ様。花神様をイデナウアー様の神域にお連れしたく思います」
『だな。んじゃ念話を回復して皆に伝えるぜ』
『ふふ、親切な僕はイデナウアーに念話して、来訪の許可を取っておいてあげよう』
頼れる二神が即答してくれた。本当に、この二柱が味方で良かった。
『大神官アマーリエ。もうそろそろ、この騒動を終わらせなくては。行きましょう、我らが祖の領域へ』
フルードが号令をかけると同時に、フレイムが念話網の音量を上げた。
《……ですから、自らも高位神となった私たちが、今後の神官府を率いて行くと言っているのです。現職の方々と神々は何もご心配なさらず》
《何なら使用人たちを愛し子から外されてはいかがですか。使用人たちの主神方は色無しです。有色の僕たちや花神様とは、波風立てずに過ごされたいでしょうし》
(きゃあぁぁ!)
エアニーヌと慧音が饒舌に流し込んでいる内容に、アマーリエは内心で悲鳴を上げた。念話回路からは辟易している気配が痛いほど伝わって来る。神官2名がひたすら話している以外は、沈黙が支配していた。
(これはもしかしなくてもあれよね、ずっとこの調子で喋り続けていたということよね)
まだ神々がプッツンしていないことが奇跡だ。もしかしたら、フレイムが言った『ちょっとだけ待っててくれ』が効いているのだろうか。神は同胞には慈悲深いので、律儀に待ってくれているのかもしれない。だが、それもおそらくもう限界だろう。
(本物の花神様だわ……!)
確かに、この混迷の事態を打開するためには、真の花神を連れて来るのが一番だ。ある意味では彼女も本件の当事者である。正式には、勘違いを拗らせた神官2名により、勝手に当事者にされたのだが。
『良いのよ、頭を上げて楽にして。焔神様の愛し子とお話しできたことは嬉しいわ。あなたの気は澄み切っていて、とても綺麗ね。色も美しい紅葉の彩だわ』
子どものように無垢な歓喜を帯びて弾んだ声のトーンが、しかし、次の瞬間ガクリと落ちた。
『ただ、焔神様と同様、今はあまり機嫌が良くないの。あなたたちに怒っているわけではないのよ。でも不快なの。理由に関しても焔神様と同じよ』
「誠に申し訳ございません……」
陳謝するアマーリエ。言わずもがな、エアニーヌと慧音の件だろう。
『あの子の……毒華神の神域に行くわ。勝手に愛し子を持ったことにされては堪らないもの。一笑に付して捨て置く神もいるかもしれないけれど、わたくしはそうではないわ』
《アマーリエ。独断で花神様をお呼びしてしまい、申し訳ありません。しかし、件の神官たちの念話を聴いていた限り、こうでもしなければ埒が開かないと思いましたので》
フルードが個別念話で静かに語りかけて来た。
《それに、私とアリステルがイデナウアー様の神域に伺った時、エアニーヌと慧音は花神様に見初められたと自信満々に話していました。その際は、ラミ様と葬邪神様、そして疫神様もご臨席されていました。ですのでどのみち、彼の神々の口から花神様に本件が伝わってしまうでしょう》
聖威師と先達神だけで解決し、軟着陸できる可能性は限りなく低いということだ。邪神兄弟はフルードとアリステルが頼み込めば口を噤んでくれるかもしれないが、疫神は無理だろう。退屈しのぎになりそうなことが起こったと哄笑しながら、天界中の神々に吹聴して回る姿が目に浮かぶ。
……余談だが、至高神に遊び相手をしてもらえば良いのではないかという案は、まだ彼に伝えられていない。疫神とはそれほど頻繁に目通りするわけでもなく、会ったとしても他の話題が中心になることが多いため、提案することを失念してしまうのだ。
《ありがとうございますフルード様。私も同意見です。そもそも、天界に無断で入り込み、神々に確認のお手間をかけさせた時点で、内々の収拾は不可能でした》
《そうですね。なるべく穏便な結末になるよう、私も微力ながら手を貸します》
《大神様のお心遣いに心よりお礼申し上げます》
同輩ではなく天の神に対する言葉を述べると、フルードはそれで良いと言いたげに、しかしどこか切なげに頷いた。その目には、大神官の任を自分が代わってやりたいと書いてあった。隣に佇むアシュトンの眼差しにもだ。あと数年生き長らえていれば、この事態の矢面に立っていたのは彼らだった。
だが、たらればを考えても現実は変わらない。彼らは既に昇天した身であり、聖威師には戻れない。神官府の長の地位もアマーリエたちに継承された。もはや世代は変わったのだ。そのことを、フルードとアシュトンは十分に承知している。むろん、アマーリエを始めとする聖威師たちも。
(私が、私たちがやるしかないのよ。今の聖威師は私たちなのだから)
とうに分かり切っていたことを改めて決意し、フレイムとラミルファを見る。ランドルフたちと落ち合えればと思っていたが、こちらの女神が祖の領域に行くと仰せならば、それに倣うべきだろう。
「フレイム、ラミルファ様。花神様をイデナウアー様の神域にお連れしたく思います」
『だな。んじゃ念話を回復して皆に伝えるぜ』
『ふふ、親切な僕はイデナウアーに念話して、来訪の許可を取っておいてあげよう』
頼れる二神が即答してくれた。本当に、この二柱が味方で良かった。
『大神官アマーリエ。もうそろそろ、この騒動を終わらせなくては。行きましょう、我らが祖の領域へ』
フルードが号令をかけると同時に、フレイムが念話網の音量を上げた。
《……ですから、自らも高位神となった私たちが、今後の神官府を率いて行くと言っているのです。現職の方々と神々は何もご心配なさらず》
《何なら使用人たちを愛し子から外されてはいかがですか。使用人たちの主神方は色無しです。有色の僕たちや花神様とは、波風立てずに過ごされたいでしょうし》
(きゃあぁぁ!)
エアニーヌと慧音が饒舌に流し込んでいる内容に、アマーリエは内心で悲鳴を上げた。念話回路からは辟易している気配が痛いほど伝わって来る。神官2名がひたすら話している以外は、沈黙が支配していた。
(これはもしかしなくてもあれよね、ずっとこの調子で喋り続けていたということよね)
まだ神々がプッツンしていないことが奇跡だ。もしかしたら、フレイムが言った『ちょっとだけ待っててくれ』が効いているのだろうか。神は同胞には慈悲深いので、律儀に待ってくれているのかもしれない。だが、それもおそらくもう限界だろう。
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