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第2章
22.先代大神官は空気が読めない
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数拍後、下から悲鳴と怒号が弾ける。
「うわあぁっ!?」
「老候の頭頂部に何かが落ちて割れたぞ!」
「く、臭い……何て激臭だ」
「な、な、な……何だこれは!? わ、儂の頭が! 我が家に代々伝わる神杖が! この日のための一張羅が!」
「老候、しっかり!」
「うわ、くっさ……」
聞こえて来る絶叫で、大体の状況が予想できた。
「……誰かに当たったみたいですけれど」
「そのようだね、ははは」
アマーリエが呆然と言うと、ラミルファが爽やかに笑う。
「フレイム、君が避けたせいでこうなったのだよ。しっかり反省してくれ」
「いや全面的にお前のせいだろうがよ!」
じゃれ合う二神を止めようとするも、尻込みして動けないフロースがオロオロしている。
フルードが額を抑えて言った。
「下にいる者たちをシャワー室に案内するよう、主任神官に念話します。邪神様が降臨されていることは秘密なので、偶然にも遥か上空を飛んでいたメイデンがフンを落としたということで押し通します」
その言葉を聞きながら、遠視で状況を確認したアマーリエは、ビキッと硬直した。頭のてっぺんから泥をかぶって喚いている老人と、それを取り囲む神官たち……悪臭のせいでやや引き気味だが。彼らは属国の神官衣である水色の法衣を着用していた。しかも、何名か見覚えのある顔がいる。
「あの……今、遠視で確認してみたところ、当たったのは多分テスオラ神官府の神官です。オーブリーもいますし」
恐る恐る言うと、部屋の中が静まり返った。
「ざっと視た限り、リーリア様はいないようですけれど」
「彼女は後から来るそうです。テスオラ神官府での残務があるので、そちらを処理してからと」
小さく咳払いをした佳良が教えてくれる。
「……でもほら、あれだよ。メイデンは神の託宣だけじゃなく神徳も賜わり、舞い降りた先の者に幸福と繁栄を授けると言われるから。当たった人はウンが付いたと思えば良いんじゃないかな」
明るく上手いことを言った当真の言葉を、真剣な顔のライナスがぶった切った。
「悪神の神徳を得た場合は、不幸と没落の兆しに早変わりするはずだが」
アシュトンがジロリと父親を睨み、オーネリアが達観した表情を浮かべた。
「父上、お静かになさって下さい。どうしていつもいつも、場から浮いた発言しかできないのですか」
「あなたは昔から本当に空気が読めませんね。この言葉ももう言い飽きましたが」
「……すまないアシュトン。わざとではないのです、オーネリア様」
冷たい美貌をしょんぼりとさせたライナスが小さくなっている。
(そういえば、前にフレイムとラミルファ様の会話を堂々と遮ったことがあったわ。あれは胆力があるのではなくて、単に空気が読めなかっただけ……?)
唖然としているアマーリエの耳に、邪神の高らかな嗤いが響いた。
「ふふ、没落か。そうだな。こういうアクシデントがあるのも面白い」
「いや何にも面白かねえよ!」
「僕は面白かった。それが全てだ。それより、テスオラが来たならばいよいよ認証だ。しっかり確認してやろう」
「うぅ、何だか緊張して来た……ひっく……ひく」
「お、おい、しっかりしろ泡神様!」
「本当に緊張しいだな、泡神様は。ほら、水だよ」
しゃっくりを始めたフロースの背をフレイムが叩き、ラミルファが水のグラスを出現させて渡している。
(神様も緊張したらしゃっくりが出るのね……)
一つ発見をしたアマーリエが遠い目になっていると、フレイムはフロースをラミルファに任せ、足早にこちらにやって来た。
「それよりお前だ、ユフィー。……大丈夫なのか?」
「ええ。一応しゃっくりは出ていないわ」
軽口で返してみたものの、山吹色の瞳は曇ったままだ。
「気分が優れなければ、別室に待機していても良いのですよ」
「無理はしないで下さいね」
佳良とフルードが言い、他の聖威師たちも頷いている。だが、尻尾を巻くという選択肢はなかった。
「今日は逃げられても、オーブリーが私と同じ聖威師になった以上、いつまでも避け続けることはできません。いつかは彼と向き合わなければならないのなら、今この時から対峙します。私にはフレイムと皆様がいて下さるので、大丈夫です」
決意を固めた表情を見て、皆が切なそうな、眩しそうな顔になる。
「……同じ聖威師、か。今回誕生した聖威師たちは明らかにおかしいけど」
水を飲んで落ち着いたらしいフロースがひとりごちる。
「リーリア、オーブリー、ガルーン、そして例の二人。全員、同じ時期に別々の神に見初められ、それぞれの主神から聖威師になったことを秘密にしろと言われていた。けど、先日いきなり主神が前言撤回して、報告して良いと言われた。だから一斉に申告して来た。そういう経緯らしいけど……こんな変なこと今までなかった」
「だな。アリステル関連の二人は置いとくとしても、何で他の奴らまで同じシチュエーションになってんだ。五人の主神が、同じことを同じタイミングで言ったのか。セイン、アリステルなら何か知ってるんじゃねえか?」
「彼とは連絡が取れないのです。一昨日から主神に喚ばれ、ずっと神殿に籠っていますので」
「アリステルの主神……鬼神様か」
「はい。退屈ゆえ話し相手になって欲しいと頼まれたとか。神との交信中に割り込むことはできないので、終わるまでは彼と話せません。いつ終わるかは鬼神様のご気分次第ですし」
「つか、今このタイミングでそれかよ。絶対こっちの接触をガードしようとしてるだろ」
あーもう、と頭をかくフレイムに、ラミルファも肩を竦める。
「鬼神様は選ばれし神だ。その鬼神様との交信となれば、僕の権限でも乱入は難しいな。そもそも、地上の気を探ってみても、僕たち三神と聖威師、天威師以外の神は全員が天界にいるようだ。――ならば、リーリアたちの側に特別降臨しているという神々は一体何者なのだろうね」
考えれば考えるほどきな臭い予感しかしない。硬さを帯びる室内の空気をものともせず、邪神がヘラヘラと笑う。
「まぁ、心配は無用だ。何故ならこの僕が付いているのだから。アマーリエ、大型の豪華客船に乗った気でいるが良い」
「はぁ……」
何だかカッコいいことを言っているが、つい今しがた、メイデンのフンを投球して客人にぶち当てたのはコイツである。
沈没寸前の小型ボートに乗ってしまった気分で、アマーリエはカクンと頷いた。
「うわあぁっ!?」
「老候の頭頂部に何かが落ちて割れたぞ!」
「く、臭い……何て激臭だ」
「な、な、な……何だこれは!? わ、儂の頭が! 我が家に代々伝わる神杖が! この日のための一張羅が!」
「老候、しっかり!」
「うわ、くっさ……」
聞こえて来る絶叫で、大体の状況が予想できた。
「……誰かに当たったみたいですけれど」
「そのようだね、ははは」
アマーリエが呆然と言うと、ラミルファが爽やかに笑う。
「フレイム、君が避けたせいでこうなったのだよ。しっかり反省してくれ」
「いや全面的にお前のせいだろうがよ!」
じゃれ合う二神を止めようとするも、尻込みして動けないフロースがオロオロしている。
フルードが額を抑えて言った。
「下にいる者たちをシャワー室に案内するよう、主任神官に念話します。邪神様が降臨されていることは秘密なので、偶然にも遥か上空を飛んでいたメイデンがフンを落としたということで押し通します」
その言葉を聞きながら、遠視で状況を確認したアマーリエは、ビキッと硬直した。頭のてっぺんから泥をかぶって喚いている老人と、それを取り囲む神官たち……悪臭のせいでやや引き気味だが。彼らは属国の神官衣である水色の法衣を着用していた。しかも、何名か見覚えのある顔がいる。
「あの……今、遠視で確認してみたところ、当たったのは多分テスオラ神官府の神官です。オーブリーもいますし」
恐る恐る言うと、部屋の中が静まり返った。
「ざっと視た限り、リーリア様はいないようですけれど」
「彼女は後から来るそうです。テスオラ神官府での残務があるので、そちらを処理してからと」
小さく咳払いをした佳良が教えてくれる。
「……でもほら、あれだよ。メイデンは神の託宣だけじゃなく神徳も賜わり、舞い降りた先の者に幸福と繁栄を授けると言われるから。当たった人はウンが付いたと思えば良いんじゃないかな」
明るく上手いことを言った当真の言葉を、真剣な顔のライナスがぶった切った。
「悪神の神徳を得た場合は、不幸と没落の兆しに早変わりするはずだが」
アシュトンがジロリと父親を睨み、オーネリアが達観した表情を浮かべた。
「父上、お静かになさって下さい。どうしていつもいつも、場から浮いた発言しかできないのですか」
「あなたは昔から本当に空気が読めませんね。この言葉ももう言い飽きましたが」
「……すまないアシュトン。わざとではないのです、オーネリア様」
冷たい美貌をしょんぼりとさせたライナスが小さくなっている。
(そういえば、前にフレイムとラミルファ様の会話を堂々と遮ったことがあったわ。あれは胆力があるのではなくて、単に空気が読めなかっただけ……?)
唖然としているアマーリエの耳に、邪神の高らかな嗤いが響いた。
「ふふ、没落か。そうだな。こういうアクシデントがあるのも面白い」
「いや何にも面白かねえよ!」
「僕は面白かった。それが全てだ。それより、テスオラが来たならばいよいよ認証だ。しっかり確認してやろう」
「うぅ、何だか緊張して来た……ひっく……ひく」
「お、おい、しっかりしろ泡神様!」
「本当に緊張しいだな、泡神様は。ほら、水だよ」
しゃっくりを始めたフロースの背をフレイムが叩き、ラミルファが水のグラスを出現させて渡している。
(神様も緊張したらしゃっくりが出るのね……)
一つ発見をしたアマーリエが遠い目になっていると、フレイムはフロースをラミルファに任せ、足早にこちらにやって来た。
「それよりお前だ、ユフィー。……大丈夫なのか?」
「ええ。一応しゃっくりは出ていないわ」
軽口で返してみたものの、山吹色の瞳は曇ったままだ。
「気分が優れなければ、別室に待機していても良いのですよ」
「無理はしないで下さいね」
佳良とフルードが言い、他の聖威師たちも頷いている。だが、尻尾を巻くという選択肢はなかった。
「今日は逃げられても、オーブリーが私と同じ聖威師になった以上、いつまでも避け続けることはできません。いつかは彼と向き合わなければならないのなら、今この時から対峙します。私にはフレイムと皆様がいて下さるので、大丈夫です」
決意を固めた表情を見て、皆が切なそうな、眩しそうな顔になる。
「……同じ聖威師、か。今回誕生した聖威師たちは明らかにおかしいけど」
水を飲んで落ち着いたらしいフロースがひとりごちる。
「リーリア、オーブリー、ガルーン、そして例の二人。全員、同じ時期に別々の神に見初められ、それぞれの主神から聖威師になったことを秘密にしろと言われていた。けど、先日いきなり主神が前言撤回して、報告して良いと言われた。だから一斉に申告して来た。そういう経緯らしいけど……こんな変なこと今までなかった」
「だな。アリステル関連の二人は置いとくとしても、何で他の奴らまで同じシチュエーションになってんだ。五人の主神が、同じことを同じタイミングで言ったのか。セイン、アリステルなら何か知ってるんじゃねえか?」
「彼とは連絡が取れないのです。一昨日から主神に喚ばれ、ずっと神殿に籠っていますので」
「アリステルの主神……鬼神様か」
「はい。退屈ゆえ話し相手になって欲しいと頼まれたとか。神との交信中に割り込むことはできないので、終わるまでは彼と話せません。いつ終わるかは鬼神様のご気分次第ですし」
「つか、今このタイミングでそれかよ。絶対こっちの接触をガードしようとしてるだろ」
あーもう、と頭をかくフレイムに、ラミルファも肩を竦める。
「鬼神様は選ばれし神だ。その鬼神様との交信となれば、僕の権限でも乱入は難しいな。そもそも、地上の気を探ってみても、僕たち三神と聖威師、天威師以外の神は全員が天界にいるようだ。――ならば、リーリアたちの側に特別降臨しているという神々は一体何者なのだろうね」
考えれば考えるほどきな臭い予感しかしない。硬さを帯びる室内の空気をものともせず、邪神がヘラヘラと笑う。
「まぁ、心配は無用だ。何故ならこの僕が付いているのだから。アマーリエ、大型の豪華客船に乗った気でいるが良い」
「はぁ……」
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