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第2章
68.アマーリエとリーリア
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一方、フレイムたちは虚空を見たままふんふんと頷いていたが、やがて四柱で集まってボソボソと相談し始めた。
転送を終えたらしいライナスが邪霊たちの側に行き、こちらも何やら話を始める。漏れ聞こえる単語によると、リーリアはもう神になったので地下には行かないことを改めて宣言しているようだ。ゲイルが必死の形相で何かを叫ぼうとしたが、男女の邪霊が猿轡を噛ませて押さえ付ける。
その間にも、神々の協議は続いている。
「波神様、どう思う?」
『率直に言えば物足りぬが……この内容ならば、辛うじて納得できなくもない』
「泡神様は?」
『私も同じだ。地下行きに比べれば天国みたいな楽さだけど、人間対象の霊具にしてはかなり攻めてるし、まずまずだと思う。狼神様は如何ですか』
『ふふ、私は良いと思いますがなぁ』
何故念話でやり取りしてくれないのか。中途半端に聞こえて来るので、余計に気になる。アマーリエが渋面を作っていると、リーリアもじっと神々を見ていた。
(……少し話してみようかしら)
深呼吸したアマーリエは、そろりとリーリアに近付いた。
「あの、リーリア様……」
「な、何でしょうか?」
綺麗な緑眼が丸くなる。テスオラで指折りの神官という重圧がポロリと取れた、年相応の少女の顔だ。
「神々は取り込み中ですし、ご迷惑でなければ私たちも少しお話しできればと思って。――改めまして、この度の慶事を心よりお祝い申し上げます」
流麗な動作で会釈すると、リーリアは息をするような自然さで淑やかに返礼した。
「迷惑などと、そのような。わたくしの方こそ、アマーリエ様が聖威師になられましたことを寿ぎたく思っておりましたの。こうしてお目もじ叶いましたこと、光栄に存じますわ」
(さすがはテスオラ王国でも有数の名家の長女ね。気品が違うわ)
アマーリエは内心で舌を巻いた。落ちぶれて貴族籍を手放したサード家で、最低限の教育しか受けさせてもらえなかった自分とは雲泥の差だ。
「アマーリエ様」
不意に、リーリアが表情を改めた。背筋をさらに正し、深く頭を下げる。
「リ、リーリア様? どうなさったのです?」
「テスオラ神官府の主任神官の娘として、心よりお詫び申し上げます」
「ええと……何をでしょうか?」
「アマーリエ様がテスオラ王国にいらした時分、理不尽な扱いを受けていたことを察せませんでした。大変申し訳ございませんでした」
「それはリーリア様が気にされることではありません。そもそも、当時の主任神官はアヴェント当主ではなく別の方だったでしょう」
「それでも、あの時分より副主任神官でしたわ。その補佐であったわたくし共々、神官たちの動向を把握しておく義務がありましたのに……恥じ入るばかりにございます」
「私は父により神官府の奥に押し込まれていました。リーリア様と会う機会はほとんどなかったはずです。当時の主任がもみ消していたとも聞いておりますし、察せないのも致し方なかったかと」
かつての苦い記憶を掘り起こし、アマーリエは微笑んだ。少しずつではあるが、辛い過去を思い出しても笑えるようになりつつある。暖かく優しい焔が、耐えず自分を守ってくれているおかげで。
「私の方も、リーリア様がお辛い思いをされていたことを知らず、心苦しく思っていたところです」
(テスオラで幾度か遠目にお見かけしたけれど、いつも自信ありげに前を見ていらしたし、神官たちへの指示もてきぱきしておられたわ。肌も髪もツヤツヤで、恵まれた豊かな環境でお暮らしになっているとばかり……)
きっと、衣食住や教育、教養に関しては豊潤なものに囲まれていただろう。だが、最も大切な愛情を与えられていなかった。
「もっと早くにアマーリエ様とお話しできていれば、良いお友達になれていたかも――いいえ、無理ですわね。きっと祖父に妨害されていましたもの」
「ええ。私の父も邪魔をして、ミリエーナの方をリーリア様に近付けようとしていたと思います。けれど、私はもう家族とは縁を切りました。今は心身ともに自由ですので、自分の思うままに、好きな方と親交を深められます」
「――アマーリエ様はお強いのですね」
リーリアが眩しそうにこちらを見た。アマーリエはフルードを思い出しながら、彼を真似て余裕のある微笑を纏ってみせる。
「リーリア様も同じです。今この時より、あなたは高位神の愛し子になりました。それはアヴェント家の娘であることより優先されます。あなたが望めば、生家とは絶縁することも可能です」
緑色の双眸が瞬いた。薄桃色の唇が微かに動き、ぜつえん、と紡ぐ。生まれてよりアヴェント家と一体で生きていた身としては、考えてもみなかったことのようだ。
「そこまではせずとも、神格を得たあなたは、もう老候より遥かに上位の立場です。今後は、老候の言いなりになる必要も、指図を受ける必要もありません。あなたの心が赴くままに生きて良いのです」
「わたくしの、心……」
「リーリア様は、何かなさりたいことはおありですか? 神官の修練だとか家の勉強だとか、そういうもの以外で」
「――――お茶が飲みたいわ」
考え込むような間を数瞬挟み、リーリアはポツンと呟いた。雪解け水が氷柱を伝って流れ落ちるような、か細い声で。
「社交上の付き合いではなく、仲の良いお友達と温かいお茶と甘いお菓子を食べながら、ゆっくり楽しくお話しするの」
ひとりごちるように発された言葉は、どこか幼い口調だった。まるで、遠い昔に望んで諦めた夢を、再び思い出しているかのような。整った瞳が、恐る恐るアマーリエを見つめた。
「もしお嫌でなければ、一緒に飲んでいただけませんか?」
「嫌なはずがないでしょう。私で良ければ喜んで。私もリーリア様とお茶が飲みたいわ」
即答したアマーリエは丁寧語をやめ、リーリアの右手を両手で握った。ピクリと指を動かしたのも一瞬、リーリアがそろりと左手を添えて握り返して来る。
「私も聖威師としてまだまだ新米なの。作法も立ち振る舞いも、むしろリーリア様に教えて欲しいくらいだし……これから一緒に頑張りましょう」
「ありがとうございます、アマーリエ様……」
そうして二人で微笑み合った時。
『結論が出た』
ウェイブが静かに言った。
転送を終えたらしいライナスが邪霊たちの側に行き、こちらも何やら話を始める。漏れ聞こえる単語によると、リーリアはもう神になったので地下には行かないことを改めて宣言しているようだ。ゲイルが必死の形相で何かを叫ぼうとしたが、男女の邪霊が猿轡を噛ませて押さえ付ける。
その間にも、神々の協議は続いている。
「波神様、どう思う?」
『率直に言えば物足りぬが……この内容ならば、辛うじて納得できなくもない』
「泡神様は?」
『私も同じだ。地下行きに比べれば天国みたいな楽さだけど、人間対象の霊具にしてはかなり攻めてるし、まずまずだと思う。狼神様は如何ですか』
『ふふ、私は良いと思いますがなぁ』
何故念話でやり取りしてくれないのか。中途半端に聞こえて来るので、余計に気になる。アマーリエが渋面を作っていると、リーリアもじっと神々を見ていた。
(……少し話してみようかしら)
深呼吸したアマーリエは、そろりとリーリアに近付いた。
「あの、リーリア様……」
「な、何でしょうか?」
綺麗な緑眼が丸くなる。テスオラで指折りの神官という重圧がポロリと取れた、年相応の少女の顔だ。
「神々は取り込み中ですし、ご迷惑でなければ私たちも少しお話しできればと思って。――改めまして、この度の慶事を心よりお祝い申し上げます」
流麗な動作で会釈すると、リーリアは息をするような自然さで淑やかに返礼した。
「迷惑などと、そのような。わたくしの方こそ、アマーリエ様が聖威師になられましたことを寿ぎたく思っておりましたの。こうしてお目もじ叶いましたこと、光栄に存じますわ」
(さすがはテスオラ王国でも有数の名家の長女ね。気品が違うわ)
アマーリエは内心で舌を巻いた。落ちぶれて貴族籍を手放したサード家で、最低限の教育しか受けさせてもらえなかった自分とは雲泥の差だ。
「アマーリエ様」
不意に、リーリアが表情を改めた。背筋をさらに正し、深く頭を下げる。
「リ、リーリア様? どうなさったのです?」
「テスオラ神官府の主任神官の娘として、心よりお詫び申し上げます」
「ええと……何をでしょうか?」
「アマーリエ様がテスオラ王国にいらした時分、理不尽な扱いを受けていたことを察せませんでした。大変申し訳ございませんでした」
「それはリーリア様が気にされることではありません。そもそも、当時の主任神官はアヴェント当主ではなく別の方だったでしょう」
「それでも、あの時分より副主任神官でしたわ。その補佐であったわたくし共々、神官たちの動向を把握しておく義務がありましたのに……恥じ入るばかりにございます」
「私は父により神官府の奥に押し込まれていました。リーリア様と会う機会はほとんどなかったはずです。当時の主任がもみ消していたとも聞いておりますし、察せないのも致し方なかったかと」
かつての苦い記憶を掘り起こし、アマーリエは微笑んだ。少しずつではあるが、辛い過去を思い出しても笑えるようになりつつある。暖かく優しい焔が、耐えず自分を守ってくれているおかげで。
「私の方も、リーリア様がお辛い思いをされていたことを知らず、心苦しく思っていたところです」
(テスオラで幾度か遠目にお見かけしたけれど、いつも自信ありげに前を見ていらしたし、神官たちへの指示もてきぱきしておられたわ。肌も髪もツヤツヤで、恵まれた豊かな環境でお暮らしになっているとばかり……)
きっと、衣食住や教育、教養に関しては豊潤なものに囲まれていただろう。だが、最も大切な愛情を与えられていなかった。
「もっと早くにアマーリエ様とお話しできていれば、良いお友達になれていたかも――いいえ、無理ですわね。きっと祖父に妨害されていましたもの」
「ええ。私の父も邪魔をして、ミリエーナの方をリーリア様に近付けようとしていたと思います。けれど、私はもう家族とは縁を切りました。今は心身ともに自由ですので、自分の思うままに、好きな方と親交を深められます」
「――アマーリエ様はお強いのですね」
リーリアが眩しそうにこちらを見た。アマーリエはフルードを思い出しながら、彼を真似て余裕のある微笑を纏ってみせる。
「リーリア様も同じです。今この時より、あなたは高位神の愛し子になりました。それはアヴェント家の娘であることより優先されます。あなたが望めば、生家とは絶縁することも可能です」
緑色の双眸が瞬いた。薄桃色の唇が微かに動き、ぜつえん、と紡ぐ。生まれてよりアヴェント家と一体で生きていた身としては、考えてもみなかったことのようだ。
「そこまではせずとも、神格を得たあなたは、もう老候より遥かに上位の立場です。今後は、老候の言いなりになる必要も、指図を受ける必要もありません。あなたの心が赴くままに生きて良いのです」
「わたくしの、心……」
「リーリア様は、何かなさりたいことはおありですか? 神官の修練だとか家の勉強だとか、そういうもの以外で」
「――――お茶が飲みたいわ」
考え込むような間を数瞬挟み、リーリアはポツンと呟いた。雪解け水が氷柱を伝って流れ落ちるような、か細い声で。
「社交上の付き合いではなく、仲の良いお友達と温かいお茶と甘いお菓子を食べながら、ゆっくり楽しくお話しするの」
ひとりごちるように発された言葉は、どこか幼い口調だった。まるで、遠い昔に望んで諦めた夢を、再び思い出しているかのような。整った瞳が、恐る恐るアマーリエを見つめた。
「もしお嫌でなければ、一緒に飲んでいただけませんか?」
「嫌なはずがないでしょう。私で良ければ喜んで。私もリーリア様とお茶が飲みたいわ」
即答したアマーリエは丁寧語をやめ、リーリアの右手を両手で握った。ピクリと指を動かしたのも一瞬、リーリアがそろりと左手を添えて握り返して来る。
「私も聖威師としてまだまだ新米なの。作法も立ち振る舞いも、むしろリーリア様に教えて欲しいくらいだし……これから一緒に頑張りましょう」
「ありがとうございます、アマーリエ様……」
そうして二人で微笑み合った時。
『結論が出た』
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