271 / 601
第3章
74.神々も焦っていた
しおりを挟む
「この神罰は、対象をとにかく執拗に不幸と絶望の深淵に突き落とそうとするのだよ。それを知ったセインが心配したのは、いずれ生まれるであろう自分の子や孫のことだった」
アリステルは心配ない。伴侶が鬼神だからだ。両親もしくは片親が神格を抑えていない場合、子は生粋の神として顕現する。つまり、アリステルの子は生え抜きの神なので、自身の神性で神罰を打ち消せる。だが、フルードは違う。
「セインはアシュトンと結ばれた。両親が共に擬人化している聖威師の場合、子は人間として生まれる。人間は神罰を打ち消せない。つまり、呪いの因子が子孫まで続いていく。何とかできないものかと懇願され、僕たちは調べまくって打開策を探った」
「み、見付かったのですか、その打開策は?」
「ああ。レシスの血を継ぐ子がこの世に生まれる前……胎児の段階であれば、神罰が消せることが分かったのだよ。まだ完全に一人の人間として完成していない胎児の時であれば、神罰が根付き切っていないようでね」
「そこで、アシュトンの懐妊が分かった時点で、腹にいる胎児から神罰の因子を徹底的に焼却した。ランドルフとルルアージュは、その方法で神罰から逃れたわけだな。それぞれ、12年前と11年前のことだ。あの子たちの子孫ももう大丈夫だ」
アシュトンと結ばれイステンド家に婿入りしたフルードは、特例で夫婦別姓を取ることにした。高位神の怒りと罰を刻まれた、呪われたレシスの血筋。その申し子は自分で最後だと身をもって示すため、我が子たちには法定通り婚家の姓を名乗らせ、自分だけは生家の姓を使い続けた。自分と我が子を姓で分断し、『レシス』は自分以降の子孫には続かないと宣言したのだ。
「それなら良かったわ」
アマーリエは心から告げた。ランドルフとルルアージュとは親しくしている。あの子たちやその子孫に、神罰が刻まれ続けていくのは耐えられなかった。
「ちなみに、ルルアージュが男装していないのは、その時に魂から何から根こそぎ焼き清められたからだよ。選ばれし神の渾身の炎に浄化されたから、あの子に関しては早世することはない」
末の邪神の言葉に、フルードの長女が脳裏に浮かぶ。確かに彼女は装いも喋り方も女性のそれだ。だが本来、イステンド家の娘は30歳を完全に越えるまで男装する慣わしがある。かつて娘ばかりが早世した時期があったかららしい。詳しい事情は聞いていないが、聖威師の血筋にそんな真似ができるくらいなので、何らかの形で神が関わっていたのだろう。しかし、神炎の清めを受けたルルアージュは大丈夫なようだ。
「まぁイステンドの事情は今の話には関係ないから置いておくとして。レシスの神罰の件は、これにてめでたしめでたし……のはずだったのだよ。アマーリエ、9年前に君たちが僕の前に現れるまでは」
ラミルファが灰緑の眼を細めて続ける。場の空気が一気に緊迫した。
「いや、こう言うと、初対面時から分かっていたように聞こえてしまうな。あの時点では僕も察していなかった」
邪神はすぐに訂正し、続きを話し始めた。
「9年前、僕は初めて君と見えた。たかが属国の一私邸で行われた勧請ごときに、この僕が何故か降りてやろうという気になったのだが……自覚がないところで引き寄せられたのだと思う。最初に奇跡の聖威師となった娘、その血を引く者の喚び声に」
初めて奇跡の聖威師になった娘は、当然だが悪神と縁が深い。当時を回想するように目を眇め、邪神は静かに言葉を紡ぐ。
「ただ、無意識の範疇でだ。先ほども言ったが、あの時は気付かなかったよ。ただ、何となく気まぐれに降臨したら、えらい目に遭ったと思ったくらいだ。何しろ君の気が悪神の価値基準とは決定的に合わなすぎたから」
「……そうですか」
きっっっっったない、と面と向かって言われなくなっただけマシだと思うことにした。
「ただ、君を見た時に何となく違和感はあった。すぐに還ったから、その時は流してしまったがね」
セインとヴェーゼの件で神罰のことを調べまくったおかげで、感知精度が上がっていたのかもしれないね、と補足し、邪神は続けた。
「そして少し時は過ぎ、ある時地上を眺め、属国の神官府を視たことで、ミリエーナを発見して一目惚れしたのだよ。生き餌として。もちろん側には君もいた、アマーリエ。姉妹だから当然だがね」
「それで星降の儀に繋がっていくんですね」
「ああ。君はフレイムに見初められ、僕の大切な同胞になった。だから、きちんと君を見るようになったのだよ。そして驚愕した。君の身の内の奥深くに、レシスの神罰が潜んでいたのだから」
悪神の神罰は、同じ悪神の方が感知しやすい。フルードとアリステルのため、多方面から遊運命神の神罰を精査していたラミルファだからこそ気付けた。
「実はあの時、ラミルファがこっそり念話を送って知らせて来てな。マジかよ、どうするどうするって、二柱で超高速念話をしてたんだ。態度には出さなかったが、内心では結構焦ってたんだぜ、俺」
「僕も慌てていた。アマーリエはもはや大事な同胞になった。身内の危機だからね」
「そうだったのですか」
フルードが感嘆したように言った。
「全く気が付きませんでした」
「ふふ、表面上には動揺を出さなかったからね。ほら、属国の……ミハロとかいう馬鹿が、神器が暴走するだの転送するだの騒いでいただろう。あの時に超速で念話して話し合っていたんだ」
アマーリエは当時のことを思い出す。父ダライが安易にサード家として神器の鎮めを請け負ってしまったことを聞いた時、フレイムとラミルファは先ほどまで喧嘩していたことも忘れたかのように、二柱で仲良く会話してしていた。表向きは、ミハロが厚顔無恥だという内容だったが、その裏ではハイスピードで念話を繰り広げていたのか。
「私たちに教えて下さらなかったのは、共鳴のせいですね」
アリステルが冷静な顔で言った。
アリステルは心配ない。伴侶が鬼神だからだ。両親もしくは片親が神格を抑えていない場合、子は生粋の神として顕現する。つまり、アリステルの子は生え抜きの神なので、自身の神性で神罰を打ち消せる。だが、フルードは違う。
「セインはアシュトンと結ばれた。両親が共に擬人化している聖威師の場合、子は人間として生まれる。人間は神罰を打ち消せない。つまり、呪いの因子が子孫まで続いていく。何とかできないものかと懇願され、僕たちは調べまくって打開策を探った」
「み、見付かったのですか、その打開策は?」
「ああ。レシスの血を継ぐ子がこの世に生まれる前……胎児の段階であれば、神罰が消せることが分かったのだよ。まだ完全に一人の人間として完成していない胎児の時であれば、神罰が根付き切っていないようでね」
「そこで、アシュトンの懐妊が分かった時点で、腹にいる胎児から神罰の因子を徹底的に焼却した。ランドルフとルルアージュは、その方法で神罰から逃れたわけだな。それぞれ、12年前と11年前のことだ。あの子たちの子孫ももう大丈夫だ」
アシュトンと結ばれイステンド家に婿入りしたフルードは、特例で夫婦別姓を取ることにした。高位神の怒りと罰を刻まれた、呪われたレシスの血筋。その申し子は自分で最後だと身をもって示すため、我が子たちには法定通り婚家の姓を名乗らせ、自分だけは生家の姓を使い続けた。自分と我が子を姓で分断し、『レシス』は自分以降の子孫には続かないと宣言したのだ。
「それなら良かったわ」
アマーリエは心から告げた。ランドルフとルルアージュとは親しくしている。あの子たちやその子孫に、神罰が刻まれ続けていくのは耐えられなかった。
「ちなみに、ルルアージュが男装していないのは、その時に魂から何から根こそぎ焼き清められたからだよ。選ばれし神の渾身の炎に浄化されたから、あの子に関しては早世することはない」
末の邪神の言葉に、フルードの長女が脳裏に浮かぶ。確かに彼女は装いも喋り方も女性のそれだ。だが本来、イステンド家の娘は30歳を完全に越えるまで男装する慣わしがある。かつて娘ばかりが早世した時期があったかららしい。詳しい事情は聞いていないが、聖威師の血筋にそんな真似ができるくらいなので、何らかの形で神が関わっていたのだろう。しかし、神炎の清めを受けたルルアージュは大丈夫なようだ。
「まぁイステンドの事情は今の話には関係ないから置いておくとして。レシスの神罰の件は、これにてめでたしめでたし……のはずだったのだよ。アマーリエ、9年前に君たちが僕の前に現れるまでは」
ラミルファが灰緑の眼を細めて続ける。場の空気が一気に緊迫した。
「いや、こう言うと、初対面時から分かっていたように聞こえてしまうな。あの時点では僕も察していなかった」
邪神はすぐに訂正し、続きを話し始めた。
「9年前、僕は初めて君と見えた。たかが属国の一私邸で行われた勧請ごときに、この僕が何故か降りてやろうという気になったのだが……自覚がないところで引き寄せられたのだと思う。最初に奇跡の聖威師となった娘、その血を引く者の喚び声に」
初めて奇跡の聖威師になった娘は、当然だが悪神と縁が深い。当時を回想するように目を眇め、邪神は静かに言葉を紡ぐ。
「ただ、無意識の範疇でだ。先ほども言ったが、あの時は気付かなかったよ。ただ、何となく気まぐれに降臨したら、えらい目に遭ったと思ったくらいだ。何しろ君の気が悪神の価値基準とは決定的に合わなすぎたから」
「……そうですか」
きっっっっったない、と面と向かって言われなくなっただけマシだと思うことにした。
「ただ、君を見た時に何となく違和感はあった。すぐに還ったから、その時は流してしまったがね」
セインとヴェーゼの件で神罰のことを調べまくったおかげで、感知精度が上がっていたのかもしれないね、と補足し、邪神は続けた。
「そして少し時は過ぎ、ある時地上を眺め、属国の神官府を視たことで、ミリエーナを発見して一目惚れしたのだよ。生き餌として。もちろん側には君もいた、アマーリエ。姉妹だから当然だがね」
「それで星降の儀に繋がっていくんですね」
「ああ。君はフレイムに見初められ、僕の大切な同胞になった。だから、きちんと君を見るようになったのだよ。そして驚愕した。君の身の内の奥深くに、レシスの神罰が潜んでいたのだから」
悪神の神罰は、同じ悪神の方が感知しやすい。フルードとアリステルのため、多方面から遊運命神の神罰を精査していたラミルファだからこそ気付けた。
「実はあの時、ラミルファがこっそり念話を送って知らせて来てな。マジかよ、どうするどうするって、二柱で超高速念話をしてたんだ。態度には出さなかったが、内心では結構焦ってたんだぜ、俺」
「僕も慌てていた。アマーリエはもはや大事な同胞になった。身内の危機だからね」
「そうだったのですか」
フルードが感嘆したように言った。
「全く気が付きませんでした」
「ふふ、表面上には動揺を出さなかったからね。ほら、属国の……ミハロとかいう馬鹿が、神器が暴走するだの転送するだの騒いでいただろう。あの時に超速で念話して話し合っていたんだ」
アマーリエは当時のことを思い出す。父ダライが安易にサード家として神器の鎮めを請け負ってしまったことを聞いた時、フレイムとラミルファは先ほどまで喧嘩していたことも忘れたかのように、二柱で仲良く会話してしていた。表向きは、ミハロが厚顔無恥だという内容だったが、その裏ではハイスピードで念話を繰り広げていたのか。
「私たちに教えて下さらなかったのは、共鳴のせいですね」
アリステルが冷静な顔で言った。
16
あなたにおすすめの小説
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―
愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。
彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。
魔法は使えない。
体は不器用で、成長も人より遅い。
前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。
けれどこの世界には、
見守り支えてくれる両親と、
あたたかい食卓があった。
泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、
彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。
これは、
最強でもチートでもない主人公が、
家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す
生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。
……の、予定です。
毎日更新できるように執筆がんばります!
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング3位、ありがとうございます。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる