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第4章
19.懇親会会場にて
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◆◆◆
アマーリエたちが――いや、フレイムと嵐神が姿を現わすと、和やかだった会場の空気が一変した。
「焔神様、嵐神様!」
さざ波のように緊張が走る。天の神への畏敬の念だ。それも当然である。元が人間であり、人の考えや基準が通用する聖威師とは、接する際の緊張度が根本から違う。
だが、慣れなければならない。霊威師たちはいずれ昇天し、神の世界に行く。以降は永き時を、天の常識と価値観の中に身を置かねばならないのだ。
「大神様方のご尊顔を拝し奉り、至福の極みにございます」
老年の神官がいち早く膝を折った。玻璃のメダルがシャラリと揺れる。嵐神は一顧だにしなかったが、フレイムは彼をチラと一瞥し、透き通ったメダルをじっと眺めてから小さく頷いた。
落ち着き払った所作を見た他の神官たちも、すぐに冷静さを取り戻した様子で次々に跪く。神使に見出された者たちだけあり、最初の驚きが過ぎれば落ち着いて対応していた。無鉄砲に神々に近付こうとする輩もほぼいない。適切な距離を保った場所で控えていた。
……ただし、僅かに例外もいる。
「大神様、聖威師様……!」
「主任様!」
うっとりとした眼差しでこちらを見つめる男性神官と、アマーリエたちの後ろに付き従う帝国の主任神官に熱い眼差しを送る女性神官。控えることも忘れた様子で立ち尽くしている。
「シュレッド、ルリエラ。礼を取りなさい」
叩頭した状態でもその気配を察した老年の神官が、静かな口調で注意した。我に返った様子の二人は慌てて平伏する。大精霊の視線が厳しくなるが、フレイムと嵐神は気にも留めていない。
「面を上げよ」
「顔を上げてちょうだい」
並んで歩くフレイムと嵐神の後に追随するアシュトンが言い、アシュトンの横を歩くアマーリエも見様見真似で声をかける。
「大神様方、神官たちへのお言葉は何かございますか」
先頭に立って露払いをしている大精霊が問う。
「「ない」」
二神の返事は即答にして簡潔だった。かしこまりました、と首肯した大精霊が、場を見回す。
「神々はご随意に場内を回られる。邪魔立てをするような言動は厳禁である。皆、このまま歓談を続けるように」
そう言われても、今までと同じように話し続けられるわけがない。沈黙の中、そろりと立ち上がった神官たちが互いに視線を交わし、ぎごちなく会話を再開した。だが、明らかにこちらを意識している。当然のことだが。
「嵐神様、エイールはこちらにございます」
大精霊が先導して歩きながら言う。中央本府にいる神官の名は全て暗記しているアマーリエは、すぐに該当の人物を弾き出した。
(エイールさん……星降の儀の本祭で、嵐神様に選ばれていた神官だわ。確か、出自はエイリスト王国だったわよね)
それを読んだように、フレイムが言った。
「あー、エイールか。星降の儀で嵐神様が選んだんだろ? あの神官なら納得だ。俺ももう一回よく顔を見とこうかな。嵐神様のお使いとかで俺の領域に来るかもしれねえし」
「もちろん、ぜひ会っていってくれ」
嵐神が快諾したため、二柱は連れ立って大精霊の後を付いていく。必然的に、アシュトンとアマーリエも同じ方へと進むことになった。
《今の言い方……フレイムはエイールさんを知っているの?》
フレイムは本祭の場には不在だったはずだが、と思いながら念話すると、ポンと応えが来た。
《母神の神使を選定してる時に確認してたんだ。中々良い魂を持ってる娘だったぜ。ただ、母神の好みとはちょっと違うから、惜しいなぁと思いながらリリースしたんだ。アレなら他の神がいくらでも見初めるだろうと思ってたぜ》
《ああ、なるほど。そうだったのね》
《しっかし、思い返せば神使選定には苦労したなぁ。俺はラモスとディモスを見付けたし、嵐神様はエイールをゲットできたが……ま、ミスティーナみたいな逸材は中々いないってことだな》
チラと大精霊を一瞥したフレイムが、苦笑しながら漏らした名は、かつて地上にいた女性霊威師のものだ。
ミスティーナ・メア・ファンデル。強い霊威を持っていたわけではないため、主任神官や副主任神官に就任することはなかった。だが、聡明さと謙虚さ、品性と慈愛を併せ持ち、交信した神々から賞賛の言葉を賜ったこともあり、後代まで名が知られている存在だ。
《神官ミスティーナが現代にいたら、神々の取り合いになっていたかもしれないわね》
(もうとっくに昇天して、今は神使になっているはずだけれど)
こっそり話している内に、丸テーブルの一つに付いた。飲み物を片手に話していた男女が、迅速に会話を止めて礼を取る。
「嵐神様、焔神様、並びに聖威師様にご挨拶申し上げます」
緊張を孕んだ声で告げたのは、女性の方だ。柔らかな金髪を後頭部で結い上げて垂らしている。一方の男性は無言のまま、その言葉に合わせてより深く低頭した。
アマーリエたちが――いや、フレイムと嵐神が姿を現わすと、和やかだった会場の空気が一変した。
「焔神様、嵐神様!」
さざ波のように緊張が走る。天の神への畏敬の念だ。それも当然である。元が人間であり、人の考えや基準が通用する聖威師とは、接する際の緊張度が根本から違う。
だが、慣れなければならない。霊威師たちはいずれ昇天し、神の世界に行く。以降は永き時を、天の常識と価値観の中に身を置かねばならないのだ。
「大神様方のご尊顔を拝し奉り、至福の極みにございます」
老年の神官がいち早く膝を折った。玻璃のメダルがシャラリと揺れる。嵐神は一顧だにしなかったが、フレイムは彼をチラと一瞥し、透き通ったメダルをじっと眺めてから小さく頷いた。
落ち着き払った所作を見た他の神官たちも、すぐに冷静さを取り戻した様子で次々に跪く。神使に見出された者たちだけあり、最初の驚きが過ぎれば落ち着いて対応していた。無鉄砲に神々に近付こうとする輩もほぼいない。適切な距離を保った場所で控えていた。
……ただし、僅かに例外もいる。
「大神様、聖威師様……!」
「主任様!」
うっとりとした眼差しでこちらを見つめる男性神官と、アマーリエたちの後ろに付き従う帝国の主任神官に熱い眼差しを送る女性神官。控えることも忘れた様子で立ち尽くしている。
「シュレッド、ルリエラ。礼を取りなさい」
叩頭した状態でもその気配を察した老年の神官が、静かな口調で注意した。我に返った様子の二人は慌てて平伏する。大精霊の視線が厳しくなるが、フレイムと嵐神は気にも留めていない。
「面を上げよ」
「顔を上げてちょうだい」
並んで歩くフレイムと嵐神の後に追随するアシュトンが言い、アシュトンの横を歩くアマーリエも見様見真似で声をかける。
「大神様方、神官たちへのお言葉は何かございますか」
先頭に立って露払いをしている大精霊が問う。
「「ない」」
二神の返事は即答にして簡潔だった。かしこまりました、と首肯した大精霊が、場を見回す。
「神々はご随意に場内を回られる。邪魔立てをするような言動は厳禁である。皆、このまま歓談を続けるように」
そう言われても、今までと同じように話し続けられるわけがない。沈黙の中、そろりと立ち上がった神官たちが互いに視線を交わし、ぎごちなく会話を再開した。だが、明らかにこちらを意識している。当然のことだが。
「嵐神様、エイールはこちらにございます」
大精霊が先導して歩きながら言う。中央本府にいる神官の名は全て暗記しているアマーリエは、すぐに該当の人物を弾き出した。
(エイールさん……星降の儀の本祭で、嵐神様に選ばれていた神官だわ。確か、出自はエイリスト王国だったわよね)
それを読んだように、フレイムが言った。
「あー、エイールか。星降の儀で嵐神様が選んだんだろ? あの神官なら納得だ。俺ももう一回よく顔を見とこうかな。嵐神様のお使いとかで俺の領域に来るかもしれねえし」
「もちろん、ぜひ会っていってくれ」
嵐神が快諾したため、二柱は連れ立って大精霊の後を付いていく。必然的に、アシュトンとアマーリエも同じ方へと進むことになった。
《今の言い方……フレイムはエイールさんを知っているの?》
フレイムは本祭の場には不在だったはずだが、と思いながら念話すると、ポンと応えが来た。
《母神の神使を選定してる時に確認してたんだ。中々良い魂を持ってる娘だったぜ。ただ、母神の好みとはちょっと違うから、惜しいなぁと思いながらリリースしたんだ。アレなら他の神がいくらでも見初めるだろうと思ってたぜ》
《ああ、なるほど。そうだったのね》
《しっかし、思い返せば神使選定には苦労したなぁ。俺はラモスとディモスを見付けたし、嵐神様はエイールをゲットできたが……ま、ミスティーナみたいな逸材は中々いないってことだな》
チラと大精霊を一瞥したフレイムが、苦笑しながら漏らした名は、かつて地上にいた女性霊威師のものだ。
ミスティーナ・メア・ファンデル。強い霊威を持っていたわけではないため、主任神官や副主任神官に就任することはなかった。だが、聡明さと謙虚さ、品性と慈愛を併せ持ち、交信した神々から賞賛の言葉を賜ったこともあり、後代まで名が知られている存在だ。
《神官ミスティーナが現代にいたら、神々の取り合いになっていたかもしれないわね》
(もうとっくに昇天して、今は神使になっているはずだけれど)
こっそり話している内に、丸テーブルの一つに付いた。飲み物を片手に話していた男女が、迅速に会話を止めて礼を取る。
「嵐神様、焔神様、並びに聖威師様にご挨拶申し上げます」
緊張を孕んだ声で告げたのは、女性の方だ。柔らかな金髪を後頭部で結い上げて垂らしている。一方の男性は無言のまま、その言葉に合わせてより深く低頭した。
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