334 / 602
第4章
50.フレイムとお散歩
しおりを挟む
◆◆◆
穏やかな午後の昼下がり。昼休憩の合間に、神官府の庭園を進む。聖威師としての楚々とした歩き方ではなく、プライベートのややリラックスした歩幅だ。青い空を見上げれば、僅かに灰色がかった羽を持つ小鳥が数羽飛んでいた。
「エイリーさんもああして飛びたかったのかしら」
独白のつもりで呟いたが、律儀に返しが来た。
「ずっと籠の鳥だったんだろ。自由に憧れてたんじゃねえか」
あの後、目を覚ましたエイリーは、初め夢の内容を覚えていなかった。だが、落ち着くと徐々に記憶が蘇って来たのか、半狂乱になって慟哭し、体を抱え込むようにして震え始めた。精神衛生上の観点から、現在は記憶封印を施され、夢のことを忘れている。忘却措置はフルードが行った。
神罰に――つまり神威により刻み付けられた苦痛を聖威で忘れさせることは、通常であれば不可能だ。しかし、現在は神罰がラミルファとアリステルの力で押さえ込まれているため、辛うじて可能になったという。
自分たちの周囲を結界で覆い、話を聞かれないようにした上で、アマーリエは続けた。
「調査担当の神官から聞いた話では、娼館ではそれなりに丁重に扱われていたみたいだから、そこだけは救いだと思うけれど」
エイリーは娼館の次代を担う稼ぎ手にするため、衣食住を保証されて大事に育てられていた。高い地位の者を相手にすることを想定し、彼らの前で粗相をしないよう、勉学や教養、歌舞音曲にマナーなども高水準のものを教え込まれていたようだ。
もちろん失敗すれば注意されたが、飲み込みが早く性格も従順で慎ましかったため、厳しい叱責を受けたことはなかったという。
ただし本人は、教養の一環で読んだ本に出て来た自由恋愛に憧れ、いつか見知らぬ男に体を許さなければならない自分の境遇を嘆いていた。それが今回の脱走に繋がったのだ。
「元をたどれば、エイリスト先代国王の王妃が、赤子のエイリーさんを人買いに売り飛ばしたのが発端よ。立派な犯罪だわ。エイリーさんは人身売買の被害者という立場になるから、娼館に帰らなくても良いって」
この件に関して、聖威師であるアマーリエは報告を受けるだけで、直接関与してはいない。対応しているのは人間たちだ。だが、定期的に上がる進捗連絡で、概要は把握できていた。
「娼館からすれば、チビの頃から仕込んでた金の卵なんだ。是が非でも取り戻したいだろうけどな」
「そうでしょうね。けれど、エイリーさんを保護の名目で預かっているのは中央本府よ。うちを相手に食ってかかる真似はできないと思うわ」
「そりゃそうか。何せ、裏ルートで売買された子をさらに買うような所だしな」
「ええ。後ろ暗い行為をたくさんしていたでしょうし、叩けばいくらでもホコリが出るでしょう。先方もそれは分かっているから、あまり強気には出られないわよ」
まだ調査中だが、件の娼館は、有力な貴族や神官たちが裏取引をする際の密会所も兼ねていた線が濃厚だそうだ。そんな場所であれば、本来はセキュリティ体制も厳重であるはず。にも関わらず、エイリーが逃走を図った時だけザル警備で首尾よく脱走できたのは、まさしく高位神の神器が起こした奇跡なのだろう。
「娼館側も、まさか王家の子どもが流されて来たとは思ってなかったんだろうな」
「エイリーさんが娼館に又売りされる前、王妃からエイリーさんを買った組織のリーダーが急死して、新しい人に変わったそうなの」
エイリーを娼館に又売りした人買いの組織は、既に調べが付いており、調査が入っていると聞く。
「その時に引き継ぎが上手くいかなくて、エイリーさんが王家の子だということがうやむやになったのかもしれないわ」
そうでなければ、エイリーを要人が訪れるような場所に売ったりしないだろう。その娼館が高位者たちの密会場になっていることは、裏世界の者ならばきっと認知していた。高位の貴族の中には、先代国王はもちろん、サビーネやエイールの顔を知っている者もいる。成長したエイリーを見て、似ていると勘ぐられるリスクもあったのだ。同じ理由で、娼館の方も、エイリーの出自を知っていれば買っていなかったはずだ。
「もしくは、人買いたちは最初から何も知らなかったか。王妃がエイリーさんの素性を偽って売ったのかもしれないわ」
これを機に娼館を調べていけば、エイリスト国王とその周囲も含めた者たちの闇が暴けそうだという。そうなれば、国王の交代が一気に現実味を帯び、腐敗した人員を総入れ替えできる可能性も高まる。
穏やかな午後の昼下がり。昼休憩の合間に、神官府の庭園を進む。聖威師としての楚々とした歩き方ではなく、プライベートのややリラックスした歩幅だ。青い空を見上げれば、僅かに灰色がかった羽を持つ小鳥が数羽飛んでいた。
「エイリーさんもああして飛びたかったのかしら」
独白のつもりで呟いたが、律儀に返しが来た。
「ずっと籠の鳥だったんだろ。自由に憧れてたんじゃねえか」
あの後、目を覚ましたエイリーは、初め夢の内容を覚えていなかった。だが、落ち着くと徐々に記憶が蘇って来たのか、半狂乱になって慟哭し、体を抱え込むようにして震え始めた。精神衛生上の観点から、現在は記憶封印を施され、夢のことを忘れている。忘却措置はフルードが行った。
神罰に――つまり神威により刻み付けられた苦痛を聖威で忘れさせることは、通常であれば不可能だ。しかし、現在は神罰がラミルファとアリステルの力で押さえ込まれているため、辛うじて可能になったという。
自分たちの周囲を結界で覆い、話を聞かれないようにした上で、アマーリエは続けた。
「調査担当の神官から聞いた話では、娼館ではそれなりに丁重に扱われていたみたいだから、そこだけは救いだと思うけれど」
エイリーは娼館の次代を担う稼ぎ手にするため、衣食住を保証されて大事に育てられていた。高い地位の者を相手にすることを想定し、彼らの前で粗相をしないよう、勉学や教養、歌舞音曲にマナーなども高水準のものを教え込まれていたようだ。
もちろん失敗すれば注意されたが、飲み込みが早く性格も従順で慎ましかったため、厳しい叱責を受けたことはなかったという。
ただし本人は、教養の一環で読んだ本に出て来た自由恋愛に憧れ、いつか見知らぬ男に体を許さなければならない自分の境遇を嘆いていた。それが今回の脱走に繋がったのだ。
「元をたどれば、エイリスト先代国王の王妃が、赤子のエイリーさんを人買いに売り飛ばしたのが発端よ。立派な犯罪だわ。エイリーさんは人身売買の被害者という立場になるから、娼館に帰らなくても良いって」
この件に関して、聖威師であるアマーリエは報告を受けるだけで、直接関与してはいない。対応しているのは人間たちだ。だが、定期的に上がる進捗連絡で、概要は把握できていた。
「娼館からすれば、チビの頃から仕込んでた金の卵なんだ。是が非でも取り戻したいだろうけどな」
「そうでしょうね。けれど、エイリーさんを保護の名目で預かっているのは中央本府よ。うちを相手に食ってかかる真似はできないと思うわ」
「そりゃそうか。何せ、裏ルートで売買された子をさらに買うような所だしな」
「ええ。後ろ暗い行為をたくさんしていたでしょうし、叩けばいくらでもホコリが出るでしょう。先方もそれは分かっているから、あまり強気には出られないわよ」
まだ調査中だが、件の娼館は、有力な貴族や神官たちが裏取引をする際の密会所も兼ねていた線が濃厚だそうだ。そんな場所であれば、本来はセキュリティ体制も厳重であるはず。にも関わらず、エイリーが逃走を図った時だけザル警備で首尾よく脱走できたのは、まさしく高位神の神器が起こした奇跡なのだろう。
「娼館側も、まさか王家の子どもが流されて来たとは思ってなかったんだろうな」
「エイリーさんが娼館に又売りされる前、王妃からエイリーさんを買った組織のリーダーが急死して、新しい人に変わったそうなの」
エイリーを娼館に又売りした人買いの組織は、既に調べが付いており、調査が入っていると聞く。
「その時に引き継ぎが上手くいかなくて、エイリーさんが王家の子だということがうやむやになったのかもしれないわ」
そうでなければ、エイリーを要人が訪れるような場所に売ったりしないだろう。その娼館が高位者たちの密会場になっていることは、裏世界の者ならばきっと認知していた。高位の貴族の中には、先代国王はもちろん、サビーネやエイールの顔を知っている者もいる。成長したエイリーを見て、似ていると勘ぐられるリスクもあったのだ。同じ理由で、娼館の方も、エイリーの出自を知っていれば買っていなかったはずだ。
「もしくは、人買いたちは最初から何も知らなかったか。王妃がエイリーさんの素性を偽って売ったのかもしれないわ」
これを機に娼館を調べていけば、エイリスト国王とその周囲も含めた者たちの闇が暴けそうだという。そうなれば、国王の交代が一気に現実味を帯び、腐敗した人員を総入れ替えできる可能性も高まる。
2
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました
水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。
求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。
そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。
しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。
ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが……
◆なろうにも掲載しています
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
ねぇ、それ、誰の話?
春風由実
恋愛
子爵家の三男であるアシェル・イーガンは幼い頃から美しい子どもとして有名だった。
その美貌により周囲の大人たちからは、誰からも愛されて育つ幸福な子どもとして見られてきたが、その実態は真逆。
美しいが故に父親に利用され。
美しいが故に母親から厭われて。
美しいが故に二人の兄から虐げられた。
誰も知らない苦悩を抱えるアシェルは、家族への期待をやめて、早く家を出たいと望んでいたが。
それが叶う日は、突然にやって来た。
ウォーラー侯爵とその令嬢ソフィアが、アシェルを迎えに現れたのだ。
それは家に居場所のないアシェルの、ちょっとした思い付きから始まった行いが結んだ縁だった。
こうして王都を離れ侯爵領でのびのびと健やかに成長していったアシェルは、自分が美しいことも忘れていたくらいだったから、自身の美貌の余韻が王都の社交界にて壮大な物語を創生していたことに気付けなかった。
仕方なく嫌々ながら戻ってきた王都にて、大事な人を傷付けられて。
アシェルは物語を終わらせるとともに、すっかり忘れ去っていた家族たちとも向き合うことにした。
そして王都に新しい物語が創生する。それは真実に則った愛の物語──。
※さくさく更新して完結します。
最初からここに私の居場所はなかった
kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。
死なないために努力しても認められなかった。
死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。
死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯
だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう?
だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。
二度目は、自分らしく生きると決めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。
私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~
これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m
これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる