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第5章
66.一歩を踏み出す
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◆◆◆
「どうかしら? 今日は少し髪型を変えてみたのだけれど」
『主、とても似合っている』
『素晴らしくお似合いです』
神官府への出勤前、自邸にて。自室で身なりを整えてクルリと一回転すると、精緻な外套が空気を孕んで翻る。両の手首には豪奢なブレスレット、胸には首飾り。軽く結った頭には髪飾り。大神官の正装だ。ラモスとディモスが感激した声を漏らした。
『先日の継承の儀でも、実に堂々となさっていて』
『ランドルフ様にも引けを取らぬお姿でしたよ、ご主人様』
次代への継承が成ったことを見届け、アシュトンだけでなく佳良たちまで茫洋とした顔をしていた。地上にいながら地上を見ていない、既に天へと意識が昇っているような、どこか浮世離れした気配。彼らは本当に、もうすぐ還ってしまうのだと実感した。
『今日は神々へのご挨拶だとか』
「そうよ、ラモス。役職への就任祝いの御言葉を賜るのは一人ずつだから、リーリア様やランドルフ君たちとは時間が別なのよ」
アマーリエ、リーリア、ランドルフ、ルルアージュで、番号付きのくじ引きをして順番を決めた。アマーリエは一番最後だ。
『きっと焔神様もいらっしゃいますよ。私とラモスはご一緒できませんが、どうぞよろしくお伝え下さい』
「もちろん。きっとフレイムも喜ぶわ」
聖獣たちに手を振って大神官室に転移する。姿見の前で最後の調整を行い、一息吐いたところで、二番手だった新神官長のリーリアが呼びに来た。彼女も正装している。
「アマーリエ様、現在ランドルフがご挨拶中です。もうすぐですわよ」
「ありがとう、リーリア様。どうだった?」
「フロース様のお姿を拝見できましたわ。とても嬉しゅうございました」
「良かったわね」
はにかんだように相好を崩すリーリアは、近く父ヘルガと食事に行くらしい。神官長就任の祝いをさせて欲しいとヘルガから連絡があり、承諾したそうだ。父娘の交流は、細いながらも確実に続いている。
「アマーリエ様も焔神様とお会いできますわよ。フルード様もお出ででしたから、ランドルフとルルアージュも今頃は大層喜んでいるでしょう。さ、早くお行きになって下さいまし」
「ええ、ありがとう」
実を言えば、かなり緊張していた。だが、どうにでもなれという心境で首肯する。お目見えの場は天堂だ。例の騒動があった棟へ入り、天堂の前まで行くと、やはり大神官の正装姿のランドルフが出て来た。
「あ、アマーリエ大神官―。ちょうど終わったトコですー」
神官府の長となってから、ランドルフとルルアージュは、業務中はアマーリエやリーリアをお姉様と呼ばなくなった。そして、時折見せていたあどけなさを綺麗さっぱりかき消した。もう幼い面を出していられる期間は終わったと判断したのだろう。
当利と祐奈も含め、大公家や一位貴族の者として特殊な教育を叩き込まれている彼らは、スイッチを切り替えるようにあっさりと子どもの自分を引っ込め、大人になった。――だが今、ランドルフの瞳には、ほんの僅かだがかつての頑是なさが蘇っていた。
「お父様と会えましたー。お元気そうでしたよー」
「お話はできた?」
「はい、少しだけ」
「それは良かったわね。私も行って来るわ」
ふふっと笑みをこぼし、アマーリエは天堂に足を踏み入れた。
◆◆◆
天堂の内部は、会議室状であった以前とは様変わりしていた。卓も椅子もなく、絨毯の敷かれた床と、奥に数段高くなった場所だけがある。段上には貢物を捧げる巨大な台座があり、山海の珍味に酒、菓子、花、宝飾品、絹などが山と積まれていた。星降の儀の祭壇に似ている。
「大いなる神々に奏上申し上げます」
段上に昇り、台座の前で跪拝して両手を組む。
「このたび大神官を継承いたしました、アマーリエ・ユフィー・サードと申します。いずれ大神様方の身許に還りゆく時まで、この身に抱きし務めを粉骨砕身の覚悟で果たしていく所存にございます」
彩り豊かな光が降り注いだ。無数の色が流星のように場を流れていく。神威の煌めきだ。場に圧倒的な波動が満ち満ちた。例えようもなく大きく深く、限りがない。広大無辺の御稜威の波に浚われ、魂が翻弄される。
『面を上げよ』
凛とした声が鼓膜を震わせ、攪拌されかけていた意識が引き戻された。この声は聞き覚えがある。義姉ブレイズだ。
(お義姉さ――)
反射的に笑顔になり、パッと顔を上げたアマーリエは、そのまま凍り付いた。
天堂の天井が消え、遥か上空には奇跡と神秘に彩られた神の園が見えていた。そして、さらに高い位置に、ただただ圧巻の光がある。
虹、赤、青、緑、黄、涅を始め、あらゆる色彩の神威が瞬いていた。まるで、星々が踊る天空を投影したようだ。
「どうかしら? 今日は少し髪型を変えてみたのだけれど」
『主、とても似合っている』
『素晴らしくお似合いです』
神官府への出勤前、自邸にて。自室で身なりを整えてクルリと一回転すると、精緻な外套が空気を孕んで翻る。両の手首には豪奢なブレスレット、胸には首飾り。軽く結った頭には髪飾り。大神官の正装だ。ラモスとディモスが感激した声を漏らした。
『先日の継承の儀でも、実に堂々となさっていて』
『ランドルフ様にも引けを取らぬお姿でしたよ、ご主人様』
次代への継承が成ったことを見届け、アシュトンだけでなく佳良たちまで茫洋とした顔をしていた。地上にいながら地上を見ていない、既に天へと意識が昇っているような、どこか浮世離れした気配。彼らは本当に、もうすぐ還ってしまうのだと実感した。
『今日は神々へのご挨拶だとか』
「そうよ、ラモス。役職への就任祝いの御言葉を賜るのは一人ずつだから、リーリア様やランドルフ君たちとは時間が別なのよ」
アマーリエ、リーリア、ランドルフ、ルルアージュで、番号付きのくじ引きをして順番を決めた。アマーリエは一番最後だ。
『きっと焔神様もいらっしゃいますよ。私とラモスはご一緒できませんが、どうぞよろしくお伝え下さい』
「もちろん。きっとフレイムも喜ぶわ」
聖獣たちに手を振って大神官室に転移する。姿見の前で最後の調整を行い、一息吐いたところで、二番手だった新神官長のリーリアが呼びに来た。彼女も正装している。
「アマーリエ様、現在ランドルフがご挨拶中です。もうすぐですわよ」
「ありがとう、リーリア様。どうだった?」
「フロース様のお姿を拝見できましたわ。とても嬉しゅうございました」
「良かったわね」
はにかんだように相好を崩すリーリアは、近く父ヘルガと食事に行くらしい。神官長就任の祝いをさせて欲しいとヘルガから連絡があり、承諾したそうだ。父娘の交流は、細いながらも確実に続いている。
「アマーリエ様も焔神様とお会いできますわよ。フルード様もお出ででしたから、ランドルフとルルアージュも今頃は大層喜んでいるでしょう。さ、早くお行きになって下さいまし」
「ええ、ありがとう」
実を言えば、かなり緊張していた。だが、どうにでもなれという心境で首肯する。お目見えの場は天堂だ。例の騒動があった棟へ入り、天堂の前まで行くと、やはり大神官の正装姿のランドルフが出て来た。
「あ、アマーリエ大神官―。ちょうど終わったトコですー」
神官府の長となってから、ランドルフとルルアージュは、業務中はアマーリエやリーリアをお姉様と呼ばなくなった。そして、時折見せていたあどけなさを綺麗さっぱりかき消した。もう幼い面を出していられる期間は終わったと判断したのだろう。
当利と祐奈も含め、大公家や一位貴族の者として特殊な教育を叩き込まれている彼らは、スイッチを切り替えるようにあっさりと子どもの自分を引っ込め、大人になった。――だが今、ランドルフの瞳には、ほんの僅かだがかつての頑是なさが蘇っていた。
「お父様と会えましたー。お元気そうでしたよー」
「お話はできた?」
「はい、少しだけ」
「それは良かったわね。私も行って来るわ」
ふふっと笑みをこぼし、アマーリエは天堂に足を踏み入れた。
◆◆◆
天堂の内部は、会議室状であった以前とは様変わりしていた。卓も椅子もなく、絨毯の敷かれた床と、奥に数段高くなった場所だけがある。段上には貢物を捧げる巨大な台座があり、山海の珍味に酒、菓子、花、宝飾品、絹などが山と積まれていた。星降の儀の祭壇に似ている。
「大いなる神々に奏上申し上げます」
段上に昇り、台座の前で跪拝して両手を組む。
「このたび大神官を継承いたしました、アマーリエ・ユフィー・サードと申します。いずれ大神様方の身許に還りゆく時まで、この身に抱きし務めを粉骨砕身の覚悟で果たしていく所存にございます」
彩り豊かな光が降り注いだ。無数の色が流星のように場を流れていく。神威の煌めきだ。場に圧倒的な波動が満ち満ちた。例えようもなく大きく深く、限りがない。広大無辺の御稜威の波に浚われ、魂が翻弄される。
『面を上げよ』
凛とした声が鼓膜を震わせ、攪拌されかけていた意識が引き戻された。この声は聞き覚えがある。義姉ブレイズだ。
(お義姉さ――)
反射的に笑顔になり、パッと顔を上げたアマーリエは、そのまま凍り付いた。
天堂の天井が消え、遥か上空には奇跡と神秘に彩られた神の園が見えていた。そして、さらに高い位置に、ただただ圧巻の光がある。
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