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悪神兄の裏話
☆悪神兄の追憶 葬邪神編
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【はじめに】
お読みいただきありがとうございます。
悪神兄たちが知っている末弟の姿とか、その末弟の裏設定とかを書いた話です。
葬邪神編は一話だけで(書くとすればフルードの番外編の方で書くので)、疫神編が長めです。
黒い神炎が燃えている。ただの黒ではない。悪神が放つドス黒い業火だ。
葬邪神が駆け付けた先で見たのは、胸を抑えた状態で目を閉じ、地面にぐったりと横たわるフルードと、宝玉を庇う形でその前に立つ弟の背。
顕現してからたった200年と少ししか経過していない末弟ラミルファ。生来の荒神とは思えぬほど大人しく、神々の基準では驚くほど温厚な性格をしている。
その末弟の姿が、陽炎のような虹を纏って揺らいでいた。怒りを変換した神威が、黒き炎となって場を席巻している。
『ラミ、やめろ!』
呼びかけるも、返事はない。常であれば、兄が一言呼びかければ、すぐに振り向いて嬉しそうに飛んで来るのに。
ダラリと下げた細腕に黒炎が渦巻き、両刃の剣と化す。
『ラミ!』
葬邪神の耳には、絶叫のような甲高い軋み音が木霊している。神にしか聴こえないこの音は、世界が上げている断末魔だ。末弟が放つ神威に耐え切れず、全ての次元、全ての宇宙にある森羅万象が消滅しようとしている。普段は世界を壊さぬよう抑えている力が、ごく僅かだが解放されかかっていた。
『ちっ……』
葬邪神は舌打ちした。可哀想だが、声が届かないならば力ずくで止めるしかない。神を宥める天威師はすぐに来られない。この場所は地上ではなく別の次元にあり、高位神の神威で隔絶されているためだ。いかな天威師とて、神性を抑えた状態では容易には来られない。
周囲に漆黒の蔓が出現すると、掲げた掌中に収束して長杖となった。獲物を一回転させて下向きに構え、斜に斬り上げるようにして上方向へ薙ぐ。鈍黒を纏う神威が放射され、ラミルファへ襲いかかり――
ひょん、と間の抜けた音が大気をくすぐった。こちらに背を向けたままの末弟が、流し目すら寄越さず立ち尽くしたまま、携える剣を無造作に背後へと振ったのだ。
フルードだけは綺麗に避けながら、圧巻の御稜威が迸る。葬邪神の神威が消し飛ばされ、握った杖が根本から消失した。
『っ』
圧倒的と表現することすら愚かしい、絶対者の気迫。背筋が凍る。全身を爆速で駆け巡る、本能的な恐怖。気付けば後方へと跳躍し、末弟から距離を取っていた。
『……生来の、荒神』
無意識に呻きが漏れる。この戦慄を知っている。自身と同格の存在と対峙した時に感じる、畏怖と身震いだ。双子の片割れや狼神と対峙した際、同じ感覚を抱いたことがある。
直感が告げる。目の前の弟は、とてつもなく強い怪物である。顕現よりいくらも経たぬよちよち歩きの雛は、しかし、紛れもなく自分に匹敵する神だ。
『俺と対等な存在――』
呟いた言葉は、そのまま葬邪神の魂に刻み込まれた。ラミルファは、その気にさえなれば自分と全く互角にやり合える存在であると。
認識を改めなくてはならない。雛扱いも子ども扱いもするべきではない。そんな余裕などない。眼前の化け物を止めるには、こちらも本気でかからなくてはならない。
『…………』
末弟を一睨すると同時、葬邪神の目付きと気迫が豹変した。再びかざした手に漆黒が凝る。鋭い刃状の側面を持つ蔓が、三叉の戟となって具象化した。先ほどの杖とは違う、紛れも無い攻撃用の武器だ。
ラミルファが振り返る。感情の全てを根こそぎ彼方へ置き去った無表情。獣のごとく見開かれた双眸がこちらに据えられた。だが、葬邪神ももう圧されない。言葉は不要とばかりに足を踏み込む――寸前。
『ラミ様! ラミ様、おやめ下さい!』
悲鳴混じりの声が場を切り裂き、灰緑の目が感情と温度を取り戻す。少年神の身を包んでいた朧げな虹が消失した。
フルードが目を開け、胸を抑えているのとは逆の手でラミルファの裾を掴んでいた。
――結論を言えば、フルードが行った間一髪の神鎮めによりラミルファは鎮火し、世界はどうにか存続した。
この時、フルードは16歳。フレイムの領域での修行を終え、神官府に戻ってからおよそ一年ほどが経過していた。レシスの神罰という存在が発覚し、対処しようと神々や聖威師たちが東奔西走していた中、それに関連して起きた一件であった。
この出来事は、葬邪神に一つの絶対不動の事項を根付かせた。
末弟の本性は自分と同等に強大な神であり、どこまでも自分と対等な存在なのだと。
お読みいただきありがとうございます。
悪神兄たちが知っている末弟の姿とか、その末弟の裏設定とかを書いた話です。
葬邪神編は一話だけで(書くとすればフルードの番外編の方で書くので)、疫神編が長めです。
黒い神炎が燃えている。ただの黒ではない。悪神が放つドス黒い業火だ。
葬邪神が駆け付けた先で見たのは、胸を抑えた状態で目を閉じ、地面にぐったりと横たわるフルードと、宝玉を庇う形でその前に立つ弟の背。
顕現してからたった200年と少ししか経過していない末弟ラミルファ。生来の荒神とは思えぬほど大人しく、神々の基準では驚くほど温厚な性格をしている。
その末弟の姿が、陽炎のような虹を纏って揺らいでいた。怒りを変換した神威が、黒き炎となって場を席巻している。
『ラミ、やめろ!』
呼びかけるも、返事はない。常であれば、兄が一言呼びかければ、すぐに振り向いて嬉しそうに飛んで来るのに。
ダラリと下げた細腕に黒炎が渦巻き、両刃の剣と化す。
『ラミ!』
葬邪神の耳には、絶叫のような甲高い軋み音が木霊している。神にしか聴こえないこの音は、世界が上げている断末魔だ。末弟が放つ神威に耐え切れず、全ての次元、全ての宇宙にある森羅万象が消滅しようとしている。普段は世界を壊さぬよう抑えている力が、ごく僅かだが解放されかかっていた。
『ちっ……』
葬邪神は舌打ちした。可哀想だが、声が届かないならば力ずくで止めるしかない。神を宥める天威師はすぐに来られない。この場所は地上ではなく別の次元にあり、高位神の神威で隔絶されているためだ。いかな天威師とて、神性を抑えた状態では容易には来られない。
周囲に漆黒の蔓が出現すると、掲げた掌中に収束して長杖となった。獲物を一回転させて下向きに構え、斜に斬り上げるようにして上方向へ薙ぐ。鈍黒を纏う神威が放射され、ラミルファへ襲いかかり――
ひょん、と間の抜けた音が大気をくすぐった。こちらに背を向けたままの末弟が、流し目すら寄越さず立ち尽くしたまま、携える剣を無造作に背後へと振ったのだ。
フルードだけは綺麗に避けながら、圧巻の御稜威が迸る。葬邪神の神威が消し飛ばされ、握った杖が根本から消失した。
『っ』
圧倒的と表現することすら愚かしい、絶対者の気迫。背筋が凍る。全身を爆速で駆け巡る、本能的な恐怖。気付けば後方へと跳躍し、末弟から距離を取っていた。
『……生来の、荒神』
無意識に呻きが漏れる。この戦慄を知っている。自身と同格の存在と対峙した時に感じる、畏怖と身震いだ。双子の片割れや狼神と対峙した際、同じ感覚を抱いたことがある。
直感が告げる。目の前の弟は、とてつもなく強い怪物である。顕現よりいくらも経たぬよちよち歩きの雛は、しかし、紛れもなく自分に匹敵する神だ。
『俺と対等な存在――』
呟いた言葉は、そのまま葬邪神の魂に刻み込まれた。ラミルファは、その気にさえなれば自分と全く互角にやり合える存在であると。
認識を改めなくてはならない。雛扱いも子ども扱いもするべきではない。そんな余裕などない。眼前の化け物を止めるには、こちらも本気でかからなくてはならない。
『…………』
末弟を一睨すると同時、葬邪神の目付きと気迫が豹変した。再びかざした手に漆黒が凝る。鋭い刃状の側面を持つ蔓が、三叉の戟となって具象化した。先ほどの杖とは違う、紛れも無い攻撃用の武器だ。
ラミルファが振り返る。感情の全てを根こそぎ彼方へ置き去った無表情。獣のごとく見開かれた双眸がこちらに据えられた。だが、葬邪神ももう圧されない。言葉は不要とばかりに足を踏み込む――寸前。
『ラミ様! ラミ様、おやめ下さい!』
悲鳴混じりの声が場を切り裂き、灰緑の目が感情と温度を取り戻す。少年神の身を包んでいた朧げな虹が消失した。
フルードが目を開け、胸を抑えているのとは逆の手でラミルファの裾を掴んでいた。
――結論を言えば、フルードが行った間一髪の神鎮めによりラミルファは鎮火し、世界はどうにか存続した。
この時、フルードは16歳。フレイムの領域での修行を終え、神官府に戻ってからおよそ一年ほどが経過していた。レシスの神罰という存在が発覚し、対処しようと神々や聖威師たちが東奔西走していた中、それに関連して起きた一件であった。
この出来事は、葬邪神に一つの絶対不動の事項を根付かせた。
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