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悪神兄の裏話
☆悪神兄の追憶 疫神編①
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『二の兄上、改めてご挨拶申し上げます。禍神が末子、ラミルファと申します』
『うん。顔、上げる』
目の前で一礼する少年姿の神に、長椅子に足をぶらぶらさせて座る疫神は上機嫌で頷いた。自分がほんの一億年ほど眠っている間に顕現していた弟。身の内に秘める神威は獰猛だが、肝心の気性は驚くほど大人しい。
『ラミルファ、良い名前。由来の一つ、多分、神々の大聖地ルーファ』
『はい。僕の名の後半は、ルーファから取ったと聞いております。今では使われていない古語で、至高という意味を持つそうですね』
『そう。ずっと、ずっと昔の言葉。古い宇宙にあった文明が、使ってた言語。その文明、我が眠る前からあった。神々、遊びで、それ取り入れてた』
とっくの昔に滅び去った、太古の惑星で使用されていた言葉だ。最大にして最上級の賛辞の意味を持つため、神々の中でも別格で扱われる聖域にその語が充てられた。
『ルーファ、超天にある。虹の絶域の一角。それ、もじった名前付けられるの、色持ちの神だけ。名付けとしては、最高格。ルーファに匹敵するの、最楽園ティーヴァくらい』
『ルファリオン様の御名も、前半はルーファが由来だそうですね』
『そう。昔々、ブレイが付けてあげてた。ラミルファは、父上に付けてもらった?』
『はい』
『ふぅん、やっぱり』
眠りから覚醒し、新しい弟の存在を知った時は驚いた。自分たちの父たる禍神は、長く御子神を生み出していなかった。これ以上は子をもうける気がないのだろうと考えていたのだが、何か心境の変化でもあったのかもしれない。
『ほら、ここ、おいで』
ポンポンと自分の隣を叩くと、面を上げたラミルファは素直に従った。側から見ればそつのない流麗な動作だが、相当に緊張している。きちんと話すのは初めてだからだろうか。
『父上にはもうお目通りさなれましたか』
『うん。おはよう言って、ギュッ、してもらった。頭もよしよし、撫でてもらった』
『それは良うございました。――いきなり炎の槍が飛んで来て驚かれたでしょう』
『あっはっは、アレ、面白かった。今度、あっちの焔神様と遊びたい』
あちらはどうも相当にぶっ飛んでいるようだ。自分と良い勝負かもしれない。だが、ラミルファは笑顔で首を横に振った。
『難しいでしょう。セインが止めます』
『ちぇっ、つまんない』
長椅子の背にポフンともたれて唇を尖らせると、横に座した末弟が話題を変えた。
『二の兄上も人間のお姿を取っておられるのですね』
『アレク、アイ、セラ、皆そうしてる。我も真似っこ』
『アリステル・ヴェーゼが……奇跡の聖威師が顕現し、ヴェーゼの義弟サーシャ・シスも悪神になりました。ですがシスは怖がりで、異形を見ると泣いてしまうのです。ですから、悪神たちの多くは人に近い姿を取るようになりました』
アリステルが寵を受けた際、サーシャも鬼神の従神として神性を与えられた。得た神格は放言。相手の心を抉りまくる言葉を無邪気に連発し、その精神を悪意なく破壊する失言の神である。鬼神直々に従神にと見込まれた彼もまた、悪神の素養を秘めていたのだ。人としての寿命を放棄して昇天する道を選んだため、聖威師にはならず、既に神の一柱として天界にいる。
『我もそう聞いた。納得。同胞、すごく大事。同胞のため、姿くらい変える。我も真似っこする』
『サーシャとはお会いに?』
『会った。だから我の領域、一部模様替え済み。こうして、人間仕様、してる。我の姿も、人間っぽくしてる。サーシャ、可愛い子だった。かなり緊張してたけど。新しい子たち、会えるの嬉しい』
目を輝かせて言った疫神はぴょんと長椅子の上に立ち、横に座った末弟の頭を撫でた。
『ラミルファも、来てくれた。念話あってビックリ』
疫神の領域に参じたいと連絡があった時は驚いた。何かあったのかと聞いたが、兄弟で顔合わせをしたいだけだと言う。断る理由はないので即座に了承したのだ。
『突然の打診で驚かせてしまい、申し訳ありません。きちんとご挨拶した方が良いと思ったのです。……最初の対面はあのような形になりましたので』
『あはっ。我、寝起きは運動したい派。気にするない。ビックリ、嬉しいビックリ。ラミルファ来てくれる、嬉しい』
当たり前のことを告げると、末弟は何故か一瞬押し黙った。確認するように言う。
『喜んで下さっていますか?』
『うん。当然』
『……では、僕のことがお気に召さないわけではないのですね』
『え?』
唐突な言葉の意図が掴めない。きゅるんと瞳を回し、ラミルファを見上げる。外見上は自分よりずっと年上の姿をしているはずの弟は、しかし、小さな子どもが不安がるような表情を浮かべていた。
『何で? 大事な弟、来てくれる、嬉しい。当たり前』
『ですが、夢での対面は拒否されました』
『夢? 何の話?』
『一の兄上が僕を紹介しようと、眠っているあなたに接触を試みたことがあります。その時は拒絶されたと言っていました』
『そういえば、あったかも。アイツの気配感じる、ウザい思て、夢の回路、ソッコー遮断した』
『その後、一の兄上は幾度も、自分たちの弟が顕現したから会わせたいだけだと呼びかけていましたが、音沙汰なしでした』
『それ、聞こえてなかった。回路、完全に切ってたから。開けてたの、緊急用だけ』
有事の際に緊急連絡を飛ばすための専用網なので、弟を会わせたいという理由では使えないだろう。
『……聞こえていなかったから、返事を下さらなかったのですか?』
『うん。聞こえてたら、夢、繋いでた。アレク、ウザい、会いたくない。けど、可愛い弟、会いたい』
そう言った瞬間、末弟は目に見えて肩の力を抜いた。
『うん。顔、上げる』
目の前で一礼する少年姿の神に、長椅子に足をぶらぶらさせて座る疫神は上機嫌で頷いた。自分がほんの一億年ほど眠っている間に顕現していた弟。身の内に秘める神威は獰猛だが、肝心の気性は驚くほど大人しい。
『ラミルファ、良い名前。由来の一つ、多分、神々の大聖地ルーファ』
『はい。僕の名の後半は、ルーファから取ったと聞いております。今では使われていない古語で、至高という意味を持つそうですね』
『そう。ずっと、ずっと昔の言葉。古い宇宙にあった文明が、使ってた言語。その文明、我が眠る前からあった。神々、遊びで、それ取り入れてた』
とっくの昔に滅び去った、太古の惑星で使用されていた言葉だ。最大にして最上級の賛辞の意味を持つため、神々の中でも別格で扱われる聖域にその語が充てられた。
『ルーファ、超天にある。虹の絶域の一角。それ、もじった名前付けられるの、色持ちの神だけ。名付けとしては、最高格。ルーファに匹敵するの、最楽園ティーヴァくらい』
『ルファリオン様の御名も、前半はルーファが由来だそうですね』
『そう。昔々、ブレイが付けてあげてた。ラミルファは、父上に付けてもらった?』
『はい』
『ふぅん、やっぱり』
眠りから覚醒し、新しい弟の存在を知った時は驚いた。自分たちの父たる禍神は、長く御子神を生み出していなかった。これ以上は子をもうける気がないのだろうと考えていたのだが、何か心境の変化でもあったのかもしれない。
『ほら、ここ、おいで』
ポンポンと自分の隣を叩くと、面を上げたラミルファは素直に従った。側から見ればそつのない流麗な動作だが、相当に緊張している。きちんと話すのは初めてだからだろうか。
『父上にはもうお目通りさなれましたか』
『うん。おはよう言って、ギュッ、してもらった。頭もよしよし、撫でてもらった』
『それは良うございました。――いきなり炎の槍が飛んで来て驚かれたでしょう』
『あっはっは、アレ、面白かった。今度、あっちの焔神様と遊びたい』
あちらはどうも相当にぶっ飛んでいるようだ。自分と良い勝負かもしれない。だが、ラミルファは笑顔で首を横に振った。
『難しいでしょう。セインが止めます』
『ちぇっ、つまんない』
長椅子の背にポフンともたれて唇を尖らせると、横に座した末弟が話題を変えた。
『二の兄上も人間のお姿を取っておられるのですね』
『アレク、アイ、セラ、皆そうしてる。我も真似っこ』
『アリステル・ヴェーゼが……奇跡の聖威師が顕現し、ヴェーゼの義弟サーシャ・シスも悪神になりました。ですがシスは怖がりで、異形を見ると泣いてしまうのです。ですから、悪神たちの多くは人に近い姿を取るようになりました』
アリステルが寵を受けた際、サーシャも鬼神の従神として神性を与えられた。得た神格は放言。相手の心を抉りまくる言葉を無邪気に連発し、その精神を悪意なく破壊する失言の神である。鬼神直々に従神にと見込まれた彼もまた、悪神の素養を秘めていたのだ。人としての寿命を放棄して昇天する道を選んだため、聖威師にはならず、既に神の一柱として天界にいる。
『我もそう聞いた。納得。同胞、すごく大事。同胞のため、姿くらい変える。我も真似っこする』
『サーシャとはお会いに?』
『会った。だから我の領域、一部模様替え済み。こうして、人間仕様、してる。我の姿も、人間っぽくしてる。サーシャ、可愛い子だった。かなり緊張してたけど。新しい子たち、会えるの嬉しい』
目を輝かせて言った疫神はぴょんと長椅子の上に立ち、横に座った末弟の頭を撫でた。
『ラミルファも、来てくれた。念話あってビックリ』
疫神の領域に参じたいと連絡があった時は驚いた。何かあったのかと聞いたが、兄弟で顔合わせをしたいだけだと言う。断る理由はないので即座に了承したのだ。
『突然の打診で驚かせてしまい、申し訳ありません。きちんとご挨拶した方が良いと思ったのです。……最初の対面はあのような形になりましたので』
『あはっ。我、寝起きは運動したい派。気にするない。ビックリ、嬉しいビックリ。ラミルファ来てくれる、嬉しい』
当たり前のことを告げると、末弟は何故か一瞬押し黙った。確認するように言う。
『喜んで下さっていますか?』
『うん。当然』
『……では、僕のことがお気に召さないわけではないのですね』
『え?』
唐突な言葉の意図が掴めない。きゅるんと瞳を回し、ラミルファを見上げる。外見上は自分よりずっと年上の姿をしているはずの弟は、しかし、小さな子どもが不安がるような表情を浮かべていた。
『何で? 大事な弟、来てくれる、嬉しい。当たり前』
『ですが、夢での対面は拒否されました』
『夢? 何の話?』
『一の兄上が僕を紹介しようと、眠っているあなたに接触を試みたことがあります。その時は拒絶されたと言っていました』
『そういえば、あったかも。アイツの気配感じる、ウザい思て、夢の回路、ソッコー遮断した』
『その後、一の兄上は幾度も、自分たちの弟が顕現したから会わせたいだけだと呼びかけていましたが、音沙汰なしでした』
『それ、聞こえてなかった。回路、完全に切ってたから。開けてたの、緊急用だけ』
有事の際に緊急連絡を飛ばすための専用網なので、弟を会わせたいという理由では使えないだろう。
『……聞こえていなかったから、返事を下さらなかったのですか?』
『うん。聞こえてたら、夢、繋いでた。アレク、ウザい、会いたくない。けど、可愛い弟、会いたい』
そう言った瞬間、末弟は目に見えて肩の力を抜いた。
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