短編・中編置き場

土広真丘

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悪神兄の裏話

☆悪神兄の追憶 疫神編②

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『――僕のことをお嫌いだったから、会って下さらなかったわけではなかったのですね』
『そんなはずない。弟、大好きだよ。初めて会った時だって、言ったはず』

 可愛い弟だと言って、よぉしよぉしと頭を撫でたはずだ。

『それは分かっています。ですが、こうして直接聞くまでは安心できなかったのです』

 葬邪神も、俺を拒絶しただけでお前を拒んだのではないはずだとフォローしてくれたらしいが、あの出来事はずっと心に刺さっていたのだという。

『……良かった……二の兄上に嫌われていなくて』

 全身から安堵を滲ませ、ラミルファは顔を綻ばせる。今までとは違う、素のままの生きた笑顔で。

『ないない、嫌うない!』

 全力で手を振って否定すると、末の弟は一気に気配を和ませた。今までの強張りが淡雪のように消えていく。

『実は、それをお聞きしたくて来たのです。兄上に疎まれているかもしれないと考えたら、気が気ではなかったものですから』

 どうやら相当不安にさせてしまっていたらしい。同胞に忌まれることは神にとって地獄だ。急いで手を伸ばし、背をトントンと叩いてやる。

『ごめんね。弟、不安にさせちゃった。我、超絶反省中』

 そこに、ウザい奴からウザい念話が入った。

《ディス、聞こえるか》
《……何、アレク?》

 内心で舌打ちする。せっかく弟と話しているのに、空気の読めない堅物だ。ほぼ八つ当たりの心情で返す。

《お前と話すこと、皆無。切る》
《待て待て切るな、俺の方はあるんだな~話すこと!》
《我にはない》
《あーもう、話が平行線だなぁ! 切られる前に言うぞ、これからセラとアイが、ラミと運動する。荒神の気がぶつかるが、それを嗅ぎ付けて乱入しようとするなよ。お前が暴れ始めたら収拾が付かんからな》

 鬼神アイレーン。怨神セラルド。共に悪神であり、生まれながらの荒神だ。それぞれ、アリステルの主神と包翼神でもある。

《セラとアイ、遊びたい?》
《少しだけな》

 生来の荒神は多くが寛容で大らかな性格をしているが、その内には荒ぶる神に相応しい獰猛な気性を秘めている。平穏な生活をしていると、その部分が疼くことがあるのだ。そうなれば、他の荒神を相手に発散する。

《二神で遊べば良いのに》
《数億年ほど前も、そう言ってちょうど運動欲が高まってたリオとセラをぶつけたら、互いに熱くなってほんの少し力が入りすぎて、宇宙次元が全部消し飛んだだろ。それからは冷静な荒神が相手をすることになったじゃないか》
《あぁ~、そうだった、そうだった。我、ちょっと寝てる間に、色々忘れ中。アレク、我も遊びたい。遊ぼ、遊ぼ》
《言うと思ったぞ! お前はいつでも運動欲全開だな、付き合ってられんわ!》
《ちぇっ、堅物。つまらない》

 唇を尖らせながらふと横を見れば、先ほどまで屈託無い笑みを浮かべていた末弟が、沈んだ顔色で俯いている。こちらの視線に気付くと、すぐに表情を繕った。だが、疫神の目から見れば繕い切れていない。泣きたいのを必死に堪えているような顔だ。

《……アレク、もう切る。バイバイ》

 言い捨て、返事も待たず念話をぶった切ると、弟に向き直った。

『ラミルファ』
『申し訳ありません、所用ができましたのでお暇いたします』
『アイとセラ、遊び相手する?』

 尋ねると、灰緑の目が瞬いた。

『ご存知だったのですか。はい、つい今しがた一の兄上から念話がありました。相手をしてやって欲しいと』
『我にもあった。アレク、きっと我とラミルファに多重念話してた。アイとセラ、ラミと遊ぶ。乱入するな、言われた』

 荒神同士でも、性格や気性の差により苛烈さの度合いが違う。一線を画している葬邪神、疫神、狼神は、互い以外の発散相手になることは少ない。疫神のすぐ下の弟である、禍神の第三子の相手をすることはあるが、例外はそれくらいだ。
 他の荒神たちが発散する際、疫神はこれ幸いと相手になりたがるのだが、お前が遊び出したら大変なことになるから駄目だと堅物から止められている。

『焔神様、特別降臨中。レイとリオ、寝てる。フレディ、不在。ツォル、超絶面倒くさがり。今、天界にいて起きてて活動可能なの、ラミルファだけ』

 なるほどと呟きながら末弟を見ると、彼はこちらの言葉を聞いていない様子で黙然と下を向いていた。

『どうした?』

 呼びかけると、ハッと顔を上げて立ち上がり、貼り付けた微笑みで礼をする。

『僕はもう行かなくては。本日はお時間をいただきありが――』
『行くない。我の質問、まだ答えてない』

 辞去しようとする弟を止め、首を横に振る。葬邪神の念話を受けた途端、ラミルファの様子は明らかに変化している。

『何もありませんが……』
『あーダメダメ。嘘、ダメ。お兄ちゃんに嘘吐くない。何もない、神性誓える?』

 小さな邪神は動きを止めて一呼吸の間黙り込み、白髪をサラリと揺らすと、何事もなかったように小首を傾げる。

『神性に誓うほどでも――』
『それ、もう少し早く言わなきゃ。それか、もっと不思議そうな顔、しないと。顔も体も一瞬固まっちゃった、今の反応、そのまま答え』

 ちっちっちと指を振って言うと、今度こそ沈黙が返って来た。幼くとも高位の神格を持つこの子は、普段であればそんなヘマはしないはずだ。きっと、兄神が相手なので気が緩んでいた。

『言いたくない、なら、無理には聞かない。でも、今のラミルファ、すごく苦しそう。――何か怖い?』
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