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悪神兄の裏話
☆悪神兄の追憶 疫神編③
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ピクンと肩が跳ねた。ああやはり、と思う。灰緑の目に宿っているのは恐怖だ。
『内緒にしたい? なら、誰にも言わない。我とラミルファだけの秘密、する』
『……本当に他言しませんか? 一の兄上にも、父上にも、他の神にも?』
『ラミルファ、そう望むなら』
『秘密にしていただきたいです』
『良いよ。我の神性、誓う』
あっさりと告げる。これで弟を安心させてやれるなら安いものだ。
『もっかい、座る。ゆっくり話す。心配するない、この領域、時間止める。そうすれば、アイとセラ、待たせない』
パキンと指を鳴らすと、疫神の神域内限定で時間が停止した。外に出れば、瞬き一つ分の時も経っていない。それを説明し、先程の質問をもう一度繰り返す。
『どうした?』
灰緑の目が泳ぐ。圧をかけないよう、雰囲気を和らげて返事を待っていると、やがてポツンと言葉が落とされた。
『怖いのです』
『そう。何、怖い?』
『荒神の神威が』
『――へ?』
一拍後、疫神は音程を外した声を上げた。どういうことかと一瞬考え、推測を弾き出す。
『……ああ、我の神威? 荒神の中でも別格、超絶凶暴。アレクとハルア、同じくらい。でも、あの二神より抑えてない。荒神同士でも、少し怖いかも。じゃあ、これからは、もっと抑えて……』
『違います。いえ、違わないのですが正確ではありません』
『んん?』
『同格の荒神全員の力が怖いのです。彼ら自身のことは愛しく慕わしく思っていますが、猛り狂うあの御稜威が心底恐ろしいと感じるのです』
『…………』
疫神の口がポカンと開いた。元から真ん丸な目がさらに真円を描いている。
『全員? アイも? セラも? フレディとツォルは?』
『全員です。フレイムの力にも、実は時々恐ろしさを覚えます。平時や軽く手合わせする時、冗談混じりに威嚇や口論をする時は大丈夫ですが、本気で怒った時は怖いです』
『……待つ、ちょっと待つ。何で? おかしい。荒神、荒れる力に耐性あるはず』
『僕は確かに生来の荒神です。耐性もあります。魂の最奥には、間違いなく獰猛な気性も潜めている。……ですが、どう表現すれば良いのか――神威自体は荒神のそれなのですが、感覚は和神に近いのです』
神威と心が一致していないのだという。かといって、一度荒神として顕現してしまった以上、後天的に和神に転化することはできない。心の方で調整するにしても、本能の部分の感性は意思や理性で変えられるものではない。
『ですから、普通の神が荒神に気圧されるように、僕も荒神の気に呑まれてしまいます。今言ったように、神威は荒ぶる神のものなので力の面では対抗できますから、あくまで精神面の……内面の話です』
『……感覚、普通の神、なら……』
そんな特殊な荒神がいるのか。最古神たる疫神をして、初見と言える超レアケースだ。
『我、寝起きの運動した時、すごくすごく、怖かった……?』
覚醒時、この子の神威を読み、荒神だと見抜いた。ゆえに、荒神を基準に耐えられる範囲を予測し、それに応じた気迫をぶつけていた。だが、もし感性が一般的な神と同じであったなら、自分がこの子に向けていた力は、耐性最大値を遥か彼方に超えている。一体どれほどの恐怖と絶望だったか。
『荒神の神威を相手取っても、その気になれば我慢できます。しつこいですが力は荒神ですし、耐性もあり、心の奥底には荒れ神に相応しい凶暴性も秘めていますから。普通の神に近くとも、全く同じではないのです』
さすがに恐怖で廃神になることはないだろう。そうであるならば自分の状態を申告しているだろうし、葬邪神たちもさすがに気付いているはずだ。そこまではいかず、気合いを入れれば我慢できる、耐えられる。だからこそ誰にも悟られず今まで来られた。そして、耐えられてしまうからこそ厄介なのだ。
『ただ、我慢して平気そうに振る舞えるのですが、心の中では本当に怖いのです』
『それ、誰か知ってる? アレク、知らないよね』
ラミルファがそんな特異な状態だと知れば、葬邪神は覚醒時の疫神と対峙させなかった。フルードとて、暴神を止めて下さいとは頼まなかったはずだ。
『誰にも言っていません。そもそも、自分自身がどういう状態であるかを掴めたのが、ごく最近なのです。僕は顕現してから、まだ220年と少ししか経っていません。そう毎日荒神の気に触れるわけではありませんし、一の兄上とて普段はとても温厚ですから』
視線を下に落とした末弟は、呟くように言葉を繋ぐ。
『ですが、セインを宝玉にし、ヴェーゼとも知り合って以降、その繋がりで狼神様や鬼神様、怨神様と関わる機会が増えました。それに伴い、荒神の力に恐怖を感じることに気付きました』
通常の神が同席していれば、荒神たちは神威を抑える。萎縮させてしまわないように。だが、ラミルファも含め同類しかいなければ、少しくらい良いだろうと抑えを緩める。その度に内心では慄いて来た。愛する同胞の前なので、理性と根性を総動員して態度には出さなかったが。
『内緒にしたい? なら、誰にも言わない。我とラミルファだけの秘密、する』
『……本当に他言しませんか? 一の兄上にも、父上にも、他の神にも?』
『ラミルファ、そう望むなら』
『秘密にしていただきたいです』
『良いよ。我の神性、誓う』
あっさりと告げる。これで弟を安心させてやれるなら安いものだ。
『もっかい、座る。ゆっくり話す。心配するない、この領域、時間止める。そうすれば、アイとセラ、待たせない』
パキンと指を鳴らすと、疫神の神域内限定で時間が停止した。外に出れば、瞬き一つ分の時も経っていない。それを説明し、先程の質問をもう一度繰り返す。
『どうした?』
灰緑の目が泳ぐ。圧をかけないよう、雰囲気を和らげて返事を待っていると、やがてポツンと言葉が落とされた。
『怖いのです』
『そう。何、怖い?』
『荒神の神威が』
『――へ?』
一拍後、疫神は音程を外した声を上げた。どういうことかと一瞬考え、推測を弾き出す。
『……ああ、我の神威? 荒神の中でも別格、超絶凶暴。アレクとハルア、同じくらい。でも、あの二神より抑えてない。荒神同士でも、少し怖いかも。じゃあ、これからは、もっと抑えて……』
『違います。いえ、違わないのですが正確ではありません』
『んん?』
『同格の荒神全員の力が怖いのです。彼ら自身のことは愛しく慕わしく思っていますが、猛り狂うあの御稜威が心底恐ろしいと感じるのです』
『…………』
疫神の口がポカンと開いた。元から真ん丸な目がさらに真円を描いている。
『全員? アイも? セラも? フレディとツォルは?』
『全員です。フレイムの力にも、実は時々恐ろしさを覚えます。平時や軽く手合わせする時、冗談混じりに威嚇や口論をする時は大丈夫ですが、本気で怒った時は怖いです』
『……待つ、ちょっと待つ。何で? おかしい。荒神、荒れる力に耐性あるはず』
『僕は確かに生来の荒神です。耐性もあります。魂の最奥には、間違いなく獰猛な気性も潜めている。……ですが、どう表現すれば良いのか――神威自体は荒神のそれなのですが、感覚は和神に近いのです』
神威と心が一致していないのだという。かといって、一度荒神として顕現してしまった以上、後天的に和神に転化することはできない。心の方で調整するにしても、本能の部分の感性は意思や理性で変えられるものではない。
『ですから、普通の神が荒神に気圧されるように、僕も荒神の気に呑まれてしまいます。今言ったように、神威は荒ぶる神のものなので力の面では対抗できますから、あくまで精神面の……内面の話です』
『……感覚、普通の神、なら……』
そんな特殊な荒神がいるのか。最古神たる疫神をして、初見と言える超レアケースだ。
『我、寝起きの運動した時、すごくすごく、怖かった……?』
覚醒時、この子の神威を読み、荒神だと見抜いた。ゆえに、荒神を基準に耐えられる範囲を予測し、それに応じた気迫をぶつけていた。だが、もし感性が一般的な神と同じであったなら、自分がこの子に向けていた力は、耐性最大値を遥か彼方に超えている。一体どれほどの恐怖と絶望だったか。
『荒神の神威を相手取っても、その気になれば我慢できます。しつこいですが力は荒神ですし、耐性もあり、心の奥底には荒れ神に相応しい凶暴性も秘めていますから。普通の神に近くとも、全く同じではないのです』
さすがに恐怖で廃神になることはないだろう。そうであるならば自分の状態を申告しているだろうし、葬邪神たちもさすがに気付いているはずだ。そこまではいかず、気合いを入れれば我慢できる、耐えられる。だからこそ誰にも悟られず今まで来られた。そして、耐えられてしまうからこそ厄介なのだ。
『ただ、我慢して平気そうに振る舞えるのですが、心の中では本当に怖いのです』
『それ、誰か知ってる? アレク、知らないよね』
ラミルファがそんな特異な状態だと知れば、葬邪神は覚醒時の疫神と対峙させなかった。フルードとて、暴神を止めて下さいとは頼まなかったはずだ。
『誰にも言っていません。そもそも、自分自身がどういう状態であるかを掴めたのが、ごく最近なのです。僕は顕現してから、まだ220年と少ししか経っていません。そう毎日荒神の気に触れるわけではありませんし、一の兄上とて普段はとても温厚ですから』
視線を下に落とした末弟は、呟くように言葉を繋ぐ。
『ですが、セインを宝玉にし、ヴェーゼとも知り合って以降、その繋がりで狼神様や鬼神様、怨神様と関わる機会が増えました。それに伴い、荒神の力に恐怖を感じることに気付きました』
通常の神が同席していれば、荒神たちは神威を抑える。萎縮させてしまわないように。だが、ラミルファも含め同類しかいなければ、少しくらい良いだろうと抑えを緩める。その度に内心では慄いて来た。愛する同胞の前なので、理性と根性を総動員して態度には出さなかったが。
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