すっぽんじゃなくて太陽の女神です

土広真丘

文字の大きさ
88 / 101
番外編-焔の神器とフルード編-

3.迫る何か①

しおりを挟む
 ◆◆◆

 〝何故お前は幸せになっているんだ?〟

 声なき思念が脳裏に木霊する。明確な言葉として届いているわけではない。相手に自我や個我あるわけでもない。ただ、本能の塊のような何かの意思が、ひっきりなしにこちらを責め苛んでいる。

 〝お前は不幸になるために生まれた。だというのに、どうして希望に満ち溢れている?〟
 〝道を正さねば。お前が歩むべき本来の未来へ。芥子粒ほどの光もない暗がり、そこにしかお前の居場所はないと知れ〟

 ◆◆◆

 顔面が冷たく濡れる感覚と息苦しさが走り、僅かに遅れてバシャッという音が鼓膜を叩く。咳き込みながら目を開くと、体中が痛んだ。隙間風が吹き込む粗末な家の床に転がった自分を、亡くなったはずの両親が見下ろしている。

『やっと起きたのね。手足を折られたくらいで長々と気絶するなんて、お前はどこまでグズなの!? お前がさっさと起きないせいであたしがお父さんに殴られたのよ、ねぇどうしてくれるの、どうやって償うの!?』

 ヒステリックな怒声が耳をつんざく。

『お、かあ、さん……?』
(どうして、この人はもう)

 呆然と目の前の女性を見上げるフルードに、鬼女のごとく目を吊り上げた相手が叫ぶ。

『何なのその目は!? 洗い物一つまともにできないお前が悪いんでしょう! 殴られて当然よ、皿を割った罰なのよ。それをいつまでも寝ているなんて、使えない無駄飯食らいのくせに良いご身分だこと』

 床に投げ出していた手を、女の足が踏み付ける。体重をかけられると、指の骨が折れるバキボキと音がした。背が仰け反り、喉の奥から絶叫が迸る。

『ねえ、出来損ないの分際で随分と幸せそうにニヤケていたけど、一体どんな夢を見ていたの?』
(寝ている? 夢? ……今までのことは全部夢だった?)

 神に見初められたことも、狼神の愛し子になったことも、フレイムに導いてもらったことも、ライナスたちに優しくしてもらったことも、アシュトンとデートをしたことも。全て、幸せな夢を見ていただけだったのだろうか。

 激痛を訴える手指を自覚し、反射的に治癒の聖威を発動しようとするが、全く力が使えない。

『お前は馬鹿ねぇ。本当に馬鹿。世界中で一番馬鹿だわ。お前ごときが幸せになれるはずないでしょう。何の希望も有りはしない。お前が生きる世界はここなのよ。未来永劫ずっとね』

 セイン、と、温かな声が胸中に灯った。


 ――お前は偉い。こんなにチビなのに耐えて来たんだな


 自分を全霊で抱きしめてくれた、かけがえのない存在。


 ――頑張ったな、本当に頑張った。けど、もう頑張らなくていいからな。ここにクソ家族はいねえから


 わんわんと泣きじゃくる自分を、ただ力強く抱擁してくれた。


 ――もう二度と地獄には戻らなくていいんだ。好きなだけ泣いて笑って安心していいんだぜ


 そう言ってくれたのに。
 あれは夢だったのだろうか。手に入れたと思っていたものは、全部、全部、掴んでは消えてしまう泡沫の幻影だったのだろうか。

 女があらぬ方を見遣り、目を輝かせて1オクターブ高い声を上げた。

『あなた、あなたー! 早く来てー! やっとグズが起きたわよ! さ、あたしじゃなくてコイツを殴ってちょうだい!』

 ドスドスと地面が揺れ、太い鉄の棒を持った大柄な男が踏み入って来た。その目は悪意と害意に爛々と輝いている。彼の足音だけでボロい床が抜けてしまいそうだ。

『お、おとう、さ……』

 恐怖の象徴に、心が悲鳴を上げる。逃げようと思っても体が動かない。聖威も使えない。こうなると、天界で神々に受けた修行も意味をなさない。何故だか分からないが、今の自分は、内面も含めて、聖威師になる前の無力な子どもに戻ってしまっているようだった。

(助けて、助けて、誰か……助けて!!)

 振り上げられる鉄棒と脚を瞳に映し、声にならない絶叫を身の内で上げる。脳裏に自分が心から慕う数柱の神々を強く思い浮かべかけた、その寸前。


『……ぅ……ん……』


 聞き覚えのある声が耳をかすめ、紅蓮の炎が視界を横切った。両親とボロ家が一瞬で燃え散らされて消え、見えるもの全てが赤に塗り潰される。神々へ向きかけていた意識が散じ、宙に舞うパズルピースのようにバラバラに砕け、悪夢から遠ざかっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...