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番外編-焔の神器とフルード編-
2.天より戻って 後編
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(食事か……)
過保護なライナスたちは、しっかりとフルードの面倒を見るよう形代に指示しているらしい。断れば無理強いはしないだろうが、せっかく用意してくれた物を食べないのももったいない。
「分かりました。食事はこの部屋に運んで下さい。到来の菓子も少し持って来てくれれば食べます」
「承知いたしました」
実を言えば、別れ際にフレイムが軽食を持たせてくれていた。ドライフルーツを練りこんだパンやクッキーなど日保ちのする物が中心で、好きな時に食べるように言われている。それは後日に取っておこうと考え、続き部屋にあるダイニングスペースに移動して給仕を受ける。
配膳されたのは、湯気の立つコンソメスープ、瑞々しいサラダ、バター香るスクランブルエッグ、肉汁でコーティングされたベーコン。全て出来たてだ。ほかほかのパンと艶やかなジャム、色彩豊かなドリンクはどれも数種類ずつ用意されている。デザートにフルーツヨーグルトやプリンもあった。
「いただきます」
食事の作法もフレイムがみっちり教えてくれた。カトラリーを取り、音を立てず卵料理を口に運ぶ。
「…………!」
たっぷりのバターと砂糖が混ざり合った馥郁たる香りに、舌の上でホロホロと解けるように崩れる柔らかな黄身。少しだけディップしたオニオントマトソースの酸味がちょうど良いアクセントになっている。
国王の食事として出されてもおかしくない絶品の料理に、フルードは目を見開いた。美味しさに驚いたのではなく、その逆で。
(…………あんまり美味しくない)
信じがたい事実に言葉もない。これほどの逸品、滅多に食べられるものではない。天界に行く前の自分ならば感動で涙していたはずだ。聖威師になる前の――両親や貴族に虐げられていた頃であれば、この匂いを嗅いだだけで魂を飛ばしてしまっていただろう。だが、今はもう違う。
(お兄様方の料理の方がずっとずっと美味しい)
フレイムや、自分を見初めてくれた大いなる神が手ずから作ってくれるあの天上の味に慣れてしまった今、地上の料理人が作る物など大したことはないと感じてしまう。スープも、サラダも、ベーコンも。パン、ジャム、ドリンクでさえ。デザートも物足りない。
兄のお手製朝食を王室ご用達の超高級レストランに例えるならば、この朝食は街中の格安小売店で半額セールしている売れ残りの弁当並の味だ。
祝品の中にあったチョコレートやマドレーヌをつまんでみても同じだった。世界に誇る名店が腕によりをかけて作ったフルオーダー品であるはずなのに、美味しいと思わない。
日照りと埃と雨水に晒されて腐り果てた生ゴミすらも漁って食べ、傷付けられた体に湧いた蛆虫や庭の昆虫まで口に入れていた昔からは、想像も付かない状況だ。
(お兄様方の料理が食べたい)
つい昨日まで当たり前のように口に入れていたあの料理は、今度はいつ食べられるのだろうか。下手をすれば、自分が昇天するまでお預けだ。
(天界に還りたい)
そんな思いが胸を突いて湧き上がった。早い話がホームシックである。フルードにとっての我が家は、もう天界になっていた。
食事の後、仮眠を取ろうとベッドに横たわり、その寝心地にも驚愕した。もちろん良くない意味でだ。
(固い……)
地上で手に入る中ではこれ以上ないほど上質な寝台、掛布、枕。だが、全てが物足りない。天界で使っていたベッドの心地良さに比べれば、粗末な木の板にごろ寝しているようなものだ。自分は一体、どれほどの贅沢に慣れてしまったのだろうか。
実の両親と貴族から凄惨な扱いを受けていたフルードは、元々、食事も寝床もどん底の環境にあった。ゆえにこの程度の落差には十分耐えられる。だが、普通の者であれば順応するまで苦労するかもしれない。
(一度生活の質が上がってしまうと、落とすことは難しい。できるとしても辛い)
劣悪な紛争地帯で生まれ育った貧困層の子どもが、戦争のない平和な国に保護されて豊かな衣食住を支給され、安寧と幸福を知ってそれに慣れたところで、『元の紛争国に帰って元の生活環境に戻れ』と言われて耐えられるか、という話だ。耐えられる子もいるだろうが、相当苦しいだろう。
(天上の暮らしを知ってしまえば、後が大変なんだ)
しみじみと実感しながら、フルードはいつの間にか眠りに落ちていた。
過保護なライナスたちは、しっかりとフルードの面倒を見るよう形代に指示しているらしい。断れば無理強いはしないだろうが、せっかく用意してくれた物を食べないのももったいない。
「分かりました。食事はこの部屋に運んで下さい。到来の菓子も少し持って来てくれれば食べます」
「承知いたしました」
実を言えば、別れ際にフレイムが軽食を持たせてくれていた。ドライフルーツを練りこんだパンやクッキーなど日保ちのする物が中心で、好きな時に食べるように言われている。それは後日に取っておこうと考え、続き部屋にあるダイニングスペースに移動して給仕を受ける。
配膳されたのは、湯気の立つコンソメスープ、瑞々しいサラダ、バター香るスクランブルエッグ、肉汁でコーティングされたベーコン。全て出来たてだ。ほかほかのパンと艶やかなジャム、色彩豊かなドリンクはどれも数種類ずつ用意されている。デザートにフルーツヨーグルトやプリンもあった。
「いただきます」
食事の作法もフレイムがみっちり教えてくれた。カトラリーを取り、音を立てず卵料理を口に運ぶ。
「…………!」
たっぷりのバターと砂糖が混ざり合った馥郁たる香りに、舌の上でホロホロと解けるように崩れる柔らかな黄身。少しだけディップしたオニオントマトソースの酸味がちょうど良いアクセントになっている。
国王の食事として出されてもおかしくない絶品の料理に、フルードは目を見開いた。美味しさに驚いたのではなく、その逆で。
(…………あんまり美味しくない)
信じがたい事実に言葉もない。これほどの逸品、滅多に食べられるものではない。天界に行く前の自分ならば感動で涙していたはずだ。聖威師になる前の――両親や貴族に虐げられていた頃であれば、この匂いを嗅いだだけで魂を飛ばしてしまっていただろう。だが、今はもう違う。
(お兄様方の料理の方がずっとずっと美味しい)
フレイムや、自分を見初めてくれた大いなる神が手ずから作ってくれるあの天上の味に慣れてしまった今、地上の料理人が作る物など大したことはないと感じてしまう。スープも、サラダも、ベーコンも。パン、ジャム、ドリンクでさえ。デザートも物足りない。
兄のお手製朝食を王室ご用達の超高級レストランに例えるならば、この朝食は街中の格安小売店で半額セールしている売れ残りの弁当並の味だ。
祝品の中にあったチョコレートやマドレーヌをつまんでみても同じだった。世界に誇る名店が腕によりをかけて作ったフルオーダー品であるはずなのに、美味しいと思わない。
日照りと埃と雨水に晒されて腐り果てた生ゴミすらも漁って食べ、傷付けられた体に湧いた蛆虫や庭の昆虫まで口に入れていた昔からは、想像も付かない状況だ。
(お兄様方の料理が食べたい)
つい昨日まで当たり前のように口に入れていたあの料理は、今度はいつ食べられるのだろうか。下手をすれば、自分が昇天するまでお預けだ。
(天界に還りたい)
そんな思いが胸を突いて湧き上がった。早い話がホームシックである。フルードにとっての我が家は、もう天界になっていた。
食事の後、仮眠を取ろうとベッドに横たわり、その寝心地にも驚愕した。もちろん良くない意味でだ。
(固い……)
地上で手に入る中ではこれ以上ないほど上質な寝台、掛布、枕。だが、全てが物足りない。天界で使っていたベッドの心地良さに比べれば、粗末な木の板にごろ寝しているようなものだ。自分は一体、どれほどの贅沢に慣れてしまったのだろうか。
実の両親と貴族から凄惨な扱いを受けていたフルードは、元々、食事も寝床もどん底の環境にあった。ゆえにこの程度の落差には十分耐えられる。だが、普通の者であれば順応するまで苦労するかもしれない。
(一度生活の質が上がってしまうと、落とすことは難しい。できるとしても辛い)
劣悪な紛争地帯で生まれ育った貧困層の子どもが、戦争のない平和な国に保護されて豊かな衣食住を支給され、安寧と幸福を知ってそれに慣れたところで、『元の紛争国に帰って元の生活環境に戻れ』と言われて耐えられるか、という話だ。耐えられる子もいるだろうが、相当苦しいだろう。
(天上の暮らしを知ってしまえば、後が大変なんだ)
しみじみと実感しながら、フルードはいつの間にか眠りに落ちていた。
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