すっぽんじゃなくて太陽の女神です

土広真丘

文字の大きさ
37 / 101
本編

37.未来へと続く

しおりを挟む
(あれ?)

 何かと思い、天威で遠視すると、狼の姿をした神が天高くを高速で飛んでいる。翠色の法衣の少年が、『う――わ――!』と情けない絶叫を上げてその背にしがみついていた。

『ほれほれセイン、もう降参か?』
『い、いえ! がが、がんばりますぅぅ!』
『そうかそうか、それもう一丁。今度は一回転だ』
『ぎゃー!』

 気のせいか、楽しそうにぴょんぴょんと尾を振っている狼神。

「……高嶺様、あれフルード君ですよね」
「ああ。狼神の機嫌が思わしくなかったゆえ、愛し子として遊び相手をつかまつっている。聖威師の大切な役目の一つだ」
『おい落ち着け、体勢を整えて目を開けろ!』

 別の声が天から降って来た。真っ青なフルードが息も絶え絶えに声を絞り出す。

『うぅ……焔神えんしん様ぁぁ……! 高いぃ、速いぃ、怖いぃ……――あれぇ? ……何か意識が……』
『おおぉい! しっかりしろここで気絶すんな、落っこちたらそのまま昇天しちまうぞ! 地上で立派な聖威師になって、神官と人間を守るんだろ!』
『はっ! はいぃ……!』

 涙目になりながらも、意識を引き戻したフルードが狼神にしがみつき直した。狼神が速度と高度を落としつつ、チッと舌打ちした。

『む……昇天させられれば天界でずっと共にいられるというのに……』

 無念そうな呟きを聞きつつ、日香はパチパチと目を瞬かせる。

「今の声は――」
「フルード神官が先日の祭祀で交信した、火神に属する高位神だ。相当緊張している様子を見て気にかけたらしく、祭祀の後も時折助言を降ろしてくれているそうだ」
「へぇ、世話焼きな神なんですね」
「焔神は神々の中でも相当に面倒見が良い。加えて、比較的人間に好意的でもある」

 人間を見限りかけている神々が少なくない中で、貴重な存在である。

(フルード君……人間を守りたいって思えるようになってくれたんだね)

 佳良によると、日香が神器を修復した際、一般の神官や国民に事態が察知されていないか確認するため、聖威師たちも神官府や国の様子を視認していたらしい。もちろんフルードもだ。

 そこで、輝く朝日に照らされながら懸命に生きる人々の姿を目の当たりにして、フルードは滂沱ぼうだのごとく涙を流したという。佳良や当真を始めとする聖威師たちが心配して声をかけると、彼はぽつりと、『この人たちを守りたい』と呟いたそうだ。

(取りあえずは良かった、のかな)

 日香はあの後、フルードの生い立ちについて少しだけ調べてみた。そして、彼の生育環境に相当な問題があったことを知った。

 地方の山村にある極貧家庭に一人息子として生まれ、両親から壮絶な虐待を受けながら地獄のような日々を送っていたらしい。
 現在は狼神の寵を得て自由と安定を手に入れているが、そこに至るまでの過程は紆余曲折にして苦難の連続。まさに茨の道だった。

(あんな環境で育ってよく良い子のままでいられたよね。きっとこれから、また厳しい道が待ってるだろうけど……)

 神官たちをまとめ上げ、我が身を投じて神と対峙する聖威師は、優しいだけでは務まらない。彼はこれから、辛く苦しい判断をしなければならない状況に幾度も接し、否応無く非情さを身に付けていくことになる。
 あの気弱で怖がりな彼にとって、それは良いことなのだろうか。あるいはこのまま昇天した方が幸せなのかもしれない。
 だが、それでも――

「フルード君がこのまま次代を担う存在になってくれたらいいな。当真君も」

 フルードと当真は年が近く、大人しく温厚な性格も似ている。気が合うのか、よく二人でいると聞いていた。

(頑張って、フルード君。……君ならきっとなれるよ)

 必死に片目を細く開け、半泣きで狼神にへばりついているフルード。その姿は、やがて空の向こうに消えた。
 高嶺が難しい顔になる。

「狼神はこれで機嫌を直すだろうが、他の神々は難しいかもしれぬ。現在対処に当たっている他にも、荒れる兆候を見せている神々が他にもいる」

 神の機嫌は僅かなことで変貌する。きっかけさえあれば一瞬で臨界点を超えるため、事前の予防や対応をし切れないのが現状だ。
 しかも天威師は、極力地上のことには関わらないという原則上、一定以上の被害が出る目処が立たなければ動いてはいけないという制約がある。従って、神が怒り出す前に先回りして宥めることが難しい。

(ああ、今日もきっと神鎮めだ)

 また今までと同じ日々が始まる。心身共に切り刻まれ、傷付き続ける苦痛の毎日が。
 それでも、その中でも笑うことができている。だから、もう少しだけ頑張れる。

「だが、まだどうなるかは分からぬ。まずは献上品の確認だ。私も共にする。一緒に行こう」
「はい」

 手を差し伸べられ、すぐに応じる。指と指が触れ合った瞬間、鬱屈とした気分は和らぎ、愛する者が隣にいるという幸福に満たされた。

(明日も明後日も、私たちの暮らしは続いていく。でも大丈夫。私の横には高嶺様がいる。一緒に歩いていく。ずっとずーっと)

 そう考えただけで、日香の唇から極上の笑みが零れ落ちた。
 太陽の煌めきが具現化したようなその笑顔に、一瞬見惚れた高嶺がうっすらと頰を染めていたことには、ついぞ気が付かなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...