すっぽんじゃなくて太陽の女神です

土広真丘

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本編

38.次世代が咲く

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 ◆◆◆

 統一暦3001年5の月、上旬。

「お父様、お母様、今年も綺麗な花が咲きました」

 切れ長の双眸を宿す端正な顔立ちの少年が言い、摘みたての花を差し出して来る。日香は彼の手を包み込むようにして受け取り、優しく頷いた。

「ありがとう、秋凛しゅうりん
「お父様もどうぞ」
「ああ、ありがとう。……春麗しゅんれいはすっかり緑に夢中だな」

 小さな手から花を渡された高嶺が、柔らかな笑みで傍らを見遣る。父と手を繋ぎ、愛嬌のある瞳を動かして皇宮の庭園を眺めていた少女は、兄の真似をして足元にある花を摘み始めた。

「はい、お兄様にあげます!」

 ぱっと華やいだ笑みで放たれた言葉に、秋凛が穏和な眼差しを浮かべる。

「嬉しいよ、春麗」

 にこりとして礼を言う長男の頭を、高嶺は優しく撫でる。1年前――統一暦3000年を迎える節目の時期に、皇帝位の代替わりが行われた。息子たちに地位を引き継いだ白珠たち先代は、今はまだ上皇として地上に残り、天威師の務めを続けている。だが、機を見て天へ還り、祖神の列に加わるだろう。

「そなたも今年で5歳だ。このまま天威師として、太子としての務めに邁進まいしんせよ。私も負けないよう頑張ろう。そなたたちが少しでも多く母と過ごせるように」
「はい」

 心地好さそうに目を細める秋凛を見ている春麗に気付き、日香は次子を撫でた。

「春麗も頑張ってるよねー」
「はい。神鎮めをたくさんしています。この前は落ち込んでいる神様を慰めて来ました」

 一歳違いの兄妹である秋凛と春麗は、ただ人ではない。既に天威師として覚醒している。
 家族でのんびりと笑い合っていると、レイティがやって来た。左右の手で二人の子どもと手を繋いでいる。
 一人は金髪碧眼の少年、今一人は黒髪黒眼の少女。色の差異を除けば、そっくり同じ容貌を持つ子どもたちは、秋凛と同じ歳に生まれた双子だ。

「おはようございます、父上」
「ああ、おはよう」

 跪拝しようとする高嶺たちを視線で制したレイティが、鷹揚に破顔した。それを静観していた黒髪の少女が口を開いた。

「謹んでご挨拶申し上げます、叔父上、叔母上、秋凛、春麗」
「ご機嫌いかがでございますか」

 金髪の少年も追随する。高嶺がそれに応えようとした時、澄んだ声が響いた。

「マナ、桔梗!」

 秀峰と月香が歩いて来る。月香は、固い顔をした黒髪黒目の少女の手を引いていた。

「父上、母上!」

 金と黒の子どもたちが顔を輝かせ、異なる色の頭髪を揺らしながら駆け寄った。

「そなたたちはまたここに来ていたのか」
「もう、お祖父じい様に甘えてばかりなんだから」

 困ったように言い、申し訳なさそうな顔でレイティを見るが、当人は至って平然としている。

「全く構わんさ。孫に会えるのは嬉しいものだ」

 秀峰と月香が授かった双子の兄妹の内、兄の方は金髪碧眼で帝家の特性を持っていた。そのため、皇家ではなく帝家の太子となっている。
 これは珍しいことではない。皇家と帝家は同体と言えるほど血を重ね合わせて来ているため、皇家同士の夫婦から帝家に属する者が生まれこともある。むろん、その逆もまた然りだ。

 アスター・マナという帝国式の名を授かった兄と、桔梗の名を授かった妹は、二人とも覚醒しており、一人前の天威師として神鎮めに出ている。

菖蒲あやめ、おはよう」

 レイティが膝を付き、月香と手を繋いでいる少女に向かって微笑みかけた。

「お、はよう、ございます」

 どこか沈みがちに返す少女――菖蒲は秀峰と月香の長子だが、まだ天威に覚醒していない。天威師の子の中で未覚醒なのは菖蒲だけだ。本人にも焦りが出始めているのだろう、最近はいつも思い詰めた暗い顔をしている。幼い頃の秀峰と同じ顔だと、高嶺が呟いていた。

「ほら、お前の花だ」

 レイティが庭園に咲いていた菖蒲の花を摘み取って渡す。幼い手がそろりと受け取った。皇国と帝国が創建3000年の節目を迎えた際の大祭で、天威師と聖威師が総出で寿ことほぎの力を放ってから、皇宮と帝城の庭園には四季折々の草花が年中咲き誇るようになった。今ではもう、冬に桜が咲く光景も珍しくない。

「ありがとうございます、お祖父様……」
「そんな顔をしないで、元気を出してくれ。下ばかり見ていては幸せが逃げてしまう。菖蒲は虹の花。皇帝の子たるお前に相応しい。お前がこれからどのような選択をしようとも、俺は愛しい孫の味方であり続ける」

 温かな手が、少女の頭を優しく撫でる。小さな胸にわだかまっているであろう不安を、日だまりの熱で溶かしてやるように。

「はい」

 菖蒲がほのかに笑う。少しはにかんだように頰を染めて、面映そうに。レイティの顔も柔らかく綻んだ。

「俺の父……お前の曽祖父上も、同じように仰せだ」
「曾お祖父様にはこの前お会いしました。すごく優しいお顔で、お祖父様と同じように頭を撫でて下さいました」
「ああ、そうだったな。父上は曽孫が可愛くて堪らんらしい。僕の曽孫ちゃんは可愛いねぇ可愛いねぇと何度も繰り返しておられる。ちょくちょく一時降臨なさるのも、お前たちの顔が見たいからだ」

 ふふ、と唇を緩めたレイティが、真っ直ぐに孫娘を見つめた。果ての無い愛しさを宿した目で。

「顔を上げて堂々と生きろ。その先で、どうか幸福になってくれ」

 こくん、と菖蒲が頷く。仮に彼女が覚醒しなかったとしても、秀峰の二の舞にならぬよう、十分に成長するまでは天威師の近くに置いて守ることになっている。レイティと白珠、超天にいるルーディと黒曜も、菖蒲のことは大切な孫ないしひ孫として、目に入れても痛くないほど可愛がっていた。

(どうかこの子たちの未来が、少しでも明るく幸せに満ちたものになりますように)

 次代を背負っていく子どもたちを眺め、日香は内心で呟いた。

(覚醒してもしていなくても、天威師であってもそうでなくても……皆、自分が選んで進む道の先で幸せになればいい)

 できればそれを見届けたい。

「父上、母上、こちらにも綺麗な花があります」
「こっちに来て下さい!」

 小さな手を振り、秋凛と春麗が顔を輝かせて呼んでいる。

「はいはい」

 花びらが舞う庭園の中、高嶺と顔を見合わせた日香は、そっと微笑みながら足を踏み出した。
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