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中学編

不健康女子の中三・立春の末候③

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 岩並君は、固まってしまった私に熱っぽい視線を注いだまま微笑む。

「好きだ」

 至近距離から告げられて、もうきっと私はゆでだこなのだけれど、それを楽しむように眺めてから、彼はもう一度顔を近づけてくる。

 下唇を親指でなでられながら目を閉じれば、指が離れたと同時に彼に唇をまれた。先ほどよりも吸いつくようなキス。
 唇を柔らかく甘やかされ、服の下の肌がぞくぞくと粟立つ。嫌じゃない、じっとしてられないような嬉しさ。
 気持ちいい。

「んっ、ふ、んう」

 ちゅくり、ちゅく、と濡れた音に混じって、自分の鼻にかかった吐息が聞こえて恥ずかしい。でもやめて欲しくない、何もかもわからなくなるまでずっとこうしてたい。
 好き、好き、岩並君大好き。

 唇が離れていく。さみしくて、彼の胸元の服を握りしめてしまう。彼の唇で敏感にされた私の唇は、至近距離の吐息にくすぐられて溶ける。
 ああ。
 唇が、こんなに気持ちいいなんて初めて知った。

 目を開けば、何もかも釘付けにする琥珀色の熱いまなざしに焼かれる。体の奥までちりちりしてくる。

「イコが好きだ」

 吐息混じりの声に、ふるり、と体が震えた。

「返事をくれ。嫌なら抵抗してくれ。でないとやめてやれない」

 そう言って、また彼はついばむようにくちづけてくる。

 ちゅ、ちゅく、ちゅくり、ちゅ。

 好きだ、好きだ、イコが好きだ。
 そう呼びかけられるような優しいキスの後、ようやく私は息をついて彼を見つめた。

「へん、じ?」

 ああ、私の舌まで、岩並君のキスに抜けになってる。彼は苦笑すると、ちゅっと音を立てて鼻にキスした。
 少し身を離して1度深呼吸。真剣な顔で私を見降ろす。

「俺は、世渡イコが誰より好きです。俺と、付き合ってくれませんか」
「ふぁ……」

 誰より好き。
 きっぱり言われて魂が抜ける。もう腰なんかさっきから抜けてる。私は呆けたまま岩並君を見上げ続けた。
 眉目秀麗、凛々しいお顔。大好きな岩並君は、きゅっと口を引き結んで私の返事を待っている。

「いわなみくん」
「うん」

 彼へきちんとした返事をしたかったのに、思ったことをポロッと言っちゃう私の口が動いてしまう。

「だいすき」

 視界が滅茶苦茶になった。
 襲いかかる凶暴なキス。私は太い腕に抱え込まれ、後頭部を大きな手で固定され、そのすべてを受け入れるしかない。

「ふぐ、ぐ、むう、うー!」

 苦しい、鼻で息をするのもやっとだ。
 イコ、イコ、可愛い、好きだ、大好きだ、キスの間に浴びせられる言葉に頭がふわっととろける。くちづけの奔流ほんりゅうに文字通り溺れそうになる。
 ふうっと気が遠くなって―――気付いた。

 これ酸欠じゃね?

 ときめきでくらくらかと思ったら、酸素足りなくて頭動いてないだけじゃね? ヤバいヤバいヤバい、岩並君ギブギブ!
 彼の服を握りしめていた手を広げ、ぺしぺしと広い胸を叩く。
 苦しいから! 私窒息しかけてるから! 死んじゃう死んじゃう!
 いーわーなーみーくーん!!

 私の無言の訴え(手だけ雄弁)に、ようやく嵐か吹雪か暴風雨みたいなくちづけが止んだ。
 ふっは!! 死ぬかと思った!!
 岩並君の腕の中で深呼吸すれば、彼の香りに満たされて昇天しそうになる。ああもう、私今日命日かしら、それともこれ夢かな?

 腕の中で私がぐんにゃりぐったりしたのに岩並君も慌てたらしい。両腕で抱きかかえてくれる。その顔は眉が下がっていて、叱られたわんこみたいだ。

「悪い、嬉しくて、つい」
「殺す気ですか……」
「悪かった!」

 私は両手で顔を覆う。

「ファーストキスから数分で、もう何回キスしたかわかんなくなっちゃったよぉ……」

 大人への階段どころか、これは高速エレベーターではなかろうか。しかも勢いづくとあの世まで(窒息で)ノンストップ。
 怖い。
 っていうか、異性とのくちづけが初めての人間にやりすぎじゃあありませんか岩並君。オセロも将棋も実力差がある場合はハンデってものがですね……?

「そうだな、俺もそうだ。初めてだった」
「嘘だぁ!」

 びっくりして顔を覆っていた手を引っ込める。

「あんなにちゅっちゅちゅっちゅしてきておいて、初めてとかどの口が言うのだ!」
「嘘じゃない、初めてだ。ただ」

 脇の下に手を入れられて抱えられたと思ったら、ベッドの端に腰掛けさせられた。岩並君は私の前に片膝をついてしゃがみ、こちらの唇に手をのばす。
 長く太い指に下唇を優しくなでられて、もう1度キスが欲しくなる。

「頭の中で何度も、この唇と練習したから」

 イメトレ済みでしたー!!
 なんかもう、びっくりすることありすぎて、ちょっとのことでは動じなくなりそうだ。私が遠い目をしている間も、彼は物欲しげなまなざしを私の口元にそそぎながら唇をくすぐる。
 岩並君、そんな色気にゅくにゅくさせながら触れないで。そわそわしちゃうから……。

「今日は、もう帰る。これ以上一緒にいたら、本当に止まらなくなりそうだ」

 帰っちゃうの岩並君。お夕飯ご一緒にどうぞって言ってたのに。
 嫌だな、まだ帰ってほしくない。ここに一緒にいてほしい。
 私は、彼を見つめながら唇をなでるその人差し指をくわえた。好き、好き、一緒にいて、そう言葉で伝えるかわりに舌先で指をくすぐる。
 いつも優しくなでてくれる大きな手。きれいな字を書く手。大好きな岩並君の指。その爪の形を舌で探る。

「ん……」

 夢中になって、鼻にかかった甘い吐息がこぼれてしまう。岩並君の喉仏のどぼとけが動いた。

「イコ」

 ちゅう、と指を吸う。好き、好き、岩並君大好き―――。

「イコ。このままじゃ俺はイコにひどいことをする。俺は、イコを大事にしたいんだ、だから今日は帰る」
「ひどいこと」

 呟いて、私は岩並君の指を解放する。何かをこらえるように苦しげな岩並君へ、笑いかける。

「ひどいことで、岩並君が一緒にいてくれるなら、そんなにひどいことじゃないよ」
「イコ」

 岩並君がうめいた。
 両手で私の頬を包み、おでこ同士をくっつけて言い聞かせてくる。

「俺を、あおるな。頼むから」
「そんなことしてないよ?」
「イコが可愛い過ぎて、襲いかかりそうだから、刺激しないでくれ」
「うわ」

 やっぱり気を抜いたら襲われるようですよ、知世ちゃんの言ってた通りだ! 私が驚くと、彼はおでこを離してため息をつく。

「『イコの体調が優れないようだから、今日のお誘いはご遠慮します』とイコのお母さんに伝えてくれ」
「私体調、よくないの?」
「ゆでだこだ」

 私の頬を両側からむにっとつまんでから、岩並君は手を離して立ち上がった。勉強道具をしまい、コートを羽織る彼を、ぼんやり見つめる。
 おっきくて、かっこいいなあ、岩並君。

「じゃあ帰るよイコ、また塾で。何かあれば電話してくれ」

 ちゅっ、とおでこにキスを残して、岩並君は部屋を出ていった。ドアが閉まった瞬間、耐えられなくてベッドへ横倒しになる。

 ぼふん!

「ええ……なんだこれ……」

 岩並君にちゅーされて告白されてちゅーされて、付き合ってくれって言われてちゅーされて、酸欠しかけて指ペロペロして、最終的にまたちゅーされた。

「ううううう」

 じたばたしながら、回らない頭で、思う。

「もう、ほんと、ほんとに……もう! 岩並君の、キス魔!!」
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