健康優良男子が不健康女子に片思い中です。

法花鳥屋銭丸

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中学編

中三・雨水の末候①

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「今日、この、佳き日に」

 定型句を耳にしながら、ひたすら前を向いて立つ。
 第一中いっちゅうの卒業式は対面式で、ステージの前に卒業生達が座る。真ん中に講演台、台の向こうに保護者と在校生が座る形だ。話す人は卒業生に話しかけたと思ったら次は後ろを向いて在校生と保護者に話す、という形でせわしないが、主役の卒業生達が全員からよく見えるというのが対面式の特徴である。
 油断してあくびなどしようものなら、在校生に卒業生保護者に来賓、教職員の語り草になるだろう。ギャラリーで保護者たちが撮っている動画でもきっと残る。

「私たちは」

 昨日の夜から粉雪が断続的に降っていて、体育館はとても冷える。指の先まで凍るようだ。
 そこここに大型の石油ストーブが置かれぼんぼんと火がたかれているが、この冷たい空間には儚い抵抗だ。ただ、身を正させる力を持つ清冽な空気は、確かにこの場にふさわしいのかもしれなかった。

 町内の中学は全て今日、3月5日が卒業式である。イコも第二中にちゅうで同じように、定型句を聞いて歌を歌っているのだろう。寒さに震えていなければいいと思う。
 きっとイコはあの、3年間大きめで丁度よくなることのなかった制服の下に、たくさん着込んでカイロを持っているに違いない。本人は『寒い日はタイツ2枚重ねで、毛糸のパンツも穿いてるんだよ』と言っていたし。
 それだけ着込んでも、外から見て違和感がないのだから凄いと思うが、歩きにくそうだ。まあ『動きやすさは度外視!』なんて言いそうな気もする。

「この第一中学校から」

 イコ。
 愛しい相手の体中、全て触れることを許されたあの日、最後には夢中になりすぎてイコに無理をさせてしまった。少し休んで回復したなけなしの体力を入浴で使い果たしたイコを膝に乗せ、食事をさせた。
 開く小さな赤い唇、整った歯並びながら、まだ乳歯じゃないのかと疑いたくなる程可愛らしい歯。口の端についたソースを舐め取りたくてたまらなくて、俺はやっぱり変態だったのだろうかと不安になった。
 細身ながら柔らかい風呂上がりの体は、抱えているだけでも気持ちいい。乾かしたばかりのふわふわした髪に何度もくちづけを落とした。
 素直に俺から食べさせられる、小さな可愛いただひとりの女の子を、心の底から愛しいと思った。

「新しい世界へと」

 後ろ髪を引かれる思いでたどった帰り道、ふっとイコの甘い声や白くなめらかな肌を思いだして体温が上がった。風呂上がり、うちの石けんとは違うにおいをさせ、どんな顔をして家族に会えばいいのか考えながら歩けば、自然と顔がうつむいた。
 うちに着けばやはり様子がおかしかったらしく『もうすぐ卒業式なのにどこか悪いのか、さっさと寝ろ!』と病人扱いされた。うちはたいていのことは寝れば治ると思ってる人間が多い。
 1人でいられてありがたかったが、布団の中に入れば否応なしにイコの肢体を回想し、自分でも恥ずかしい、ゴミ箱がひどいことになった。
 次の日の燃えるゴミのゴミ出しに立候補して処分した。

『旅立ちます!』

 卒業生全員で叫べばピアノの前奏が始まる。旅立ちの歌は毎年変わらない。
 歌いながら目がいくのは、ほんのりと色のついた儚い花だ。講演台の横に、用務員さんが調整して咲かせた満開の桜の枝が飾られている。確かに綺麗だけれど、同じ薄紅の花ならば俺は、あの日贈ったようにイコへ桃の花を贈りたい。弱い体のイコにこそ、長寿の象徴の桃を。『わたしはあなたの虜』の花言葉とともに。

 イコ。俺とお前の門出の日は今日じゃない。
 あの、ためらいながら触れあった、2人だけの時間こそが、きっと俺たちの門出だった。

 ああ。
 お前のことが、心底好きだ。


 ◇


「岩並君ー! 第二ぼ、ぅあ!?」

 教室へ向かう途中、証書入れの筒を振り騒がしくこちらに寄ってきた女子が奇声をあげた。耳を打つかん高い声に俺は反射的に眉をひそめる。

「うわ嘘だー!?」
「なんで!? なんで上ジャージなの!?」
「第二ボタンどころか! ボタンがない!?」
「信じらんない!」
「さっきまで式だったじゃん!!」

 速攻でジャージ姿になっていた俺の周りで、名前もわからない同学年の女子が騒ぐ。俺は式が終わって退場した直後、体育館の出口すぐに待っていた母さんへ上着を脱いで渡したのだ。

 育ち盛りだからといって、制服を大きめに作るにも限りがある。体がぐんぐん育てばサイズが合わなくなることだってあるわけで、3年間で6センチ伸びた俺も例外ではなかった。
 卒業生の好意でもらった上着は、俺の手を離れ、同じように制服が合わなくなった在校生の元に行く。第二ボタンがどうとかいう、女子の騒ぎで損なうわけにはいかない。
 俺の着ていた制服は予約済み、すでに俺のものではないのだ。

「やだぁ、岩並君のボタン欲しかったあ」
「ジャージのチャックじゃありがたみないしぃ」
「え、チャック!? 無理じゃね? 引きちぎるの、力要りそうだよー」
「シャツのボタンでいいよぉちょうだい」
「あ、そっちがあったかー」

 ぶーたれる女子に、少し離れたところにいる幼なじみを示す。

「いいのか、ライカのボタン争奪戦が始まりそうだぞ」
「ヤバい、行かなくちゃ!」
「あーもー出遅れたぁ」

 モテる幼なじみを生贄にすれば、はた迷惑な女子たちはそちらへ突進していった。何をしたわけでもないのに疲れを感じて、証書入れで肩をぽんと叩く。

「お前それで昼食会出んの」
「保護者と合流するだろ、その時着る」
「そこまでするかぁ普通」
「サイズの大きな制服は貴重なんだよ」

 クラスメイトに呆れられながら答える。
 たとえサイズが合わなくなっても、そう何度も制服なんて買えやしない。大きいサイズの制服は二代目用にひとの間をぐるぐる回っているのだ。借り物だと思えば神経質にもなる。

 神経質と言えば。
 みな変に無口だ。毎年代わり映えのしない式に感動したのでなければ、やはり明日のことが気になっているのだろう。
 3月6日は公立高校の一般入試だ。
 卒業式に進路が決まっているのは私立組と、書道で公立の特色化選抜に受かった1人だけ。半数以上はまだ進学先が決まっていない。どうしてこんな日に卒業式をするようになったのかわからないが、落ちつかなくて当たり前だ。
 明日、仲良たちが実力を出せればいいと思う。

「えーやだぁ、ライカくんの第二ボタンじゃなきゃやだあ!」

 ライカの周りの騒ぎがここまで聞こえてくる。半分をけしかけたのは俺とはいえ、あんなのよく相手にできるなライカ。

 第二ボタン。
 誰が言い出したか知らないが、ずっと心臓ハートの真上にあったボタンだから、これを渡すのはハートを渡すことになるのだとか。

『なんかありがたみがわからなくて、もらってもなくしそうな気がするからいいや』

 どのみち制服のボタンは渡せないけれど、欲しいと思うかと訊いたら、イコは首をひねりながら答えた。
 ありがたみがわからない、には同感だ。
 ボタンを渡すまでもない。俺の心はもうすでに、まるごとイコに渡してある。昼食会の後にでも、夜に電話をしてもいいか、イコにLINEで訊いてみよう。

 お前の声が、聞きたくてしょうがない。
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