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高校編
高一・清明の次候②
しおりを挟む廊下へ出てすぐにイコの横へしゃがむ。青ざめた顔、力の入らない体。塾で見た貧血の時よりも辛そうだ。
「イコ」
呼びかけると、小さくうめいた。意識はあるようだ。イコの華奢な肩を抱き寄せながら、まだ床に尻を付いている女子ふたりに訊ねる。
「誰も頭を打たなかったか、怪我は?」
「い、イコちゃんは、ふたりでかばったから大丈夫です」
「私たちは尻もちついただけよ」
はじめて見る女子と、若女将だという、入学式イコと一緒にいた都出が起き上がりながら言う。
学校の廊下はコンクリートの上に直接床材を貼っている。勢いよく倒れ頭を強打すれば衝撃も大きい。とっさにふたりがイコをかばってくれたおかげで、負傷はまぬがれたらしい。
身を起こしたものの、まだひざをついているふたりを見る。
「イコはこのまま保健室に連れて行く。ふたりとも、すぐ動けるか」
「ええ、なんともないわ」
「だい、じょうぶ、です」
都出ももうひとりも声をかけるとすぐに立った。
俺は小さく細い体を横抱きにし、できるだけイコが辛くないようそっと立ち上がった。いつかと同じ軽さに、そんな場合ではないのに胸が苦しくなる。
「ならどちらか来てくれ。保健の先生に経緯を説明できる人がいる」
「私が。ゆゆちゃんは田頼内先生に伝えて」
都出の言葉に頷いたひとりが講堂へ走っていく。
俺も急いでイコを保健室に連れて行かないと。歩き始めようとすると「岩並君!」と名前を呼ばれる。
1組廊下側の窓を開け小柄が手を振っていた。他の人間も窓へ群がってこちらを眺めている。
イコは見世物じゃない、野次馬は元々好きじゃないが、今日はひどく苛立つ。つい険しい顔をしてしまったのだろう、俺を見た窓のそばの数人がたじろいで後ろへ下がった。
「先生には僕が伝えとく。いってらっしゃい」
「ああ」
小柄へ短く返事をして、早足で保健室に向かう。
気がせいて都出を置いていきそうになるも、都出は小走りでついてきてくれた。
イコ。
そんなに体調が悪かっただろうか、今朝は普通に歩いていたはずだ。通学時のイコの顔色を思い出そうとして、くちづけの後の、上気した頬しか思い出せない自分に腹が立つ。
朝一番に大好きなこいびとと会え、一緒に学校へ向かう日々。
きっと俺は、新しく始まった毎日に浮かれすぎていたんだ。
「イコちゃん、イスから立とうとして立てなくて。それからずっと顔色も悪いし、歩くにもふらふらしていたの」
極力感情的になるのを抑えているのだろう、少し低い声で都出が教えてくれた。
「それまでは普通だった?」
「ええ。全校朝会って聞いて、立ち上がろうとしてからよ」
立ちくらみか貧血か。
軽いものなら座って休んでいれば大丈夫、と以前言っていた気がする。秋の時とは違い病み上がりでもないのに、こうして倒れてしまうなんて一体何があったんだ、イコ。
「先生に休んでいたいって言ったけれど、イコちゃん、取り合ってもらえなかったの」
「そうか」
俺の思考を読んだように、懸命に小走りで俺と並んで歩きながら都出が付け加えた。声に少しだけ憤慨がにじむ。
面倒だから全校朝会なんか行きたくない、そういう人間と間違われたのか。
イコは体調で嘘をつかない。
体の具合が悪いのを隠して動けば、誰かに迷惑をかけることに繫がるからだ。
よく体調を崩しみんなに迷惑をかけるからと気にしていたイコだ。冗談のネタにこそすれ、体の弱さをサボる口実にするなどありえない。
そんなイコを、ここでは俺以外知らない。
『あいつはこれから大変だ』
イコの泣き顔をはじめて見た日。伊井先生が口にした言葉を思い出す。
『小中9年間は、周りがみんなあいつを知っていて、体のことに説明なんか要らなかっただろうが、学舎にあいつを知ってる奴はいない。ひとつひとつ、自分で説明して、理解や了解を求めて、自分で自分の居場所をいちから作らないといけない』
これか、こういうことなのか。
教師にないがしろにされ廊下で倒れ、見世物みたいに眺められる。
安定した自分の居場所ができるまで、イコはこんな目に遭わないといけないのか。
腕の中に抱えた細い体が痛々しい。せめて苦しくないようにと抱えなおすと、イコが身じろぎした。
「た……く、ん」
「イコ」
小さく不明瞭、でも確かに俺の名前を呼ぶ声。
「保健室に行く、もう少しの我慢だからな」
「……ん」
弱々しい返事を最後に、それきりイコは口をつぐんだ。
俺の大事なお姫様、壊れやすい宝物。
少しでも楽にしてやりたいのに、どうしたらいいのかわからない。
学舎の校舎は生徒数の割に床面積が広い、贅沢な造りをしている。それがこんな時には歯がゆい。保健室は生徒玄関の向こう、来客用玄関の近くだ。
ようやく生徒玄関の辺りにさしかかる頃、都出がぽつりとこぼす。
「ただのストーカーもどきのゴリラじゃないのね」
「!?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。なんだって、ストーカー?
「あなた入学式の印象最悪だったのよ? イコちゃんへの熱視線は酷いし、その割にエスコートもまともにできないし」
入学式、都出に『気の利かないエスコート』と言われた。俺の周りに知らない人間がいて、イコが近づけず困っていた、ということに気づけなかったのだ。
「あれは確かに気が利かなかった、イコが困っているのに気づけないなんて」
いつも笑っていてほしい。
困っているなら助けになりたい。
心の底からそう思うのに、自分がイコを困らせたのを指摘されるまで気づかなかった。
「あなたを彼氏だって口にしたイコちゃん、照れながら嬉しそうだったけどね」
「え」
聞き捨てならない言葉を訊き返す間もなく、都出は保健室のドアをノックする。
「失礼します、急病の生徒を連れてきました!」
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