健康優良男子が不健康女子に片思い中です。

法花鳥屋銭丸

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高校編

高一・清明の次候③

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 具合の悪いイコを抱きかかえている割に緊張感のない会話になったのは、保健室の札が在室表示になっていたからじゃないかと思う。
 今日は眼科検診があるから、養護教諭は準備で別のところにいる可能性もあったのだ。

 イコはたぶん貧血か立ちくらみ、しかしそれは素人判断にすぎない。様子は秋に倒れたときよりも悪いし、校内で頼るなら養護教諭以上の存在はない。
 イコを頼める大人がいることにほっとしたのは、俺だけじゃなかったのだろう。

「1の2の世渡さん? あらまあ、ベッドへ運んであげて。倒れるとき一緒にいた? じゃあ話聞かせてほしいからいてくれる? あなた靴脱がしてあげて」

 保健室の押止野おとめのこころ先生は孫がふたりいる割に若く見える人だ。俺がドアからベッドまでイコを運ぶ横を、問診票と紙ばさみ、ペンに体温計をひょいひょい手にしながら歩き指示を出してくる。

 都出がイコの足から上履きを脱がしたのを確かめて、俺は抱えていた小さな体をベッドへ降ろす。力なくされるがままの細い体は、あっけないほど簡単に横たえられた。
 左耳の上辺りに付けられた、グログランリボンのヘアピンが目に入る。御守りだと嬉しそうだったイコを思い出して、何の役にも立っていない自分が歯がゆくなる。
 役に立つどころか、もしかしたら―――。

 血の気のない頬、苦しげに寄せられた眉根、震えるまぶた、小さく冷たい手、折れそうな手首。
 ベッドの上のイコが痛々しい。
 先生がいる手前、その頬をなでることも、手を握ることもできない。
 当然、くちづけることも。

 イコ。
 やっぱり俺のせいなのか。
 俺が浮かれすぎたせいで、こんな風に倒れるまでイコを疲れさせたのか。

 押止野先生はベッドの横へつき、壁側へ寄せられていたカーテンを勢いよく引いた。端をつかんだまま俺に差し出す。

「ふたりとも、カーテン外から閉めてくれる? あと記入用紙テーブルにあるから書いてね」

 イコのそばにいたいのは山々だったが、様子を診るのに他人の目はよくないということなのだろう。都出とベッドを囲むための淡いグリーンのカーテンを引き、少し離れたテーブルへ移る。

 テーブルには、来室者記入票が挟まった紙ばさみと鉛筆がおいてあった。記入票に近い俺から書いていく。
 年、組、名前、来室時間。理由は……。
 どう書けばいいのかわからず手を止めると、カーテンのむこう、ベッドから先生の声がした。

「わかる? ん、自分の名前言える? そう世渡さんね。どうしたのか言える? めまい、そう、そうなの、視界がねー。足にもきた? あらら」

 よかった、受け答えはできるようだ。
 イコ本人の声は聞こえないまでも、病人相手にはっきりと話す押止野先生の声で会話の予想が付く。

「つきそいでいいんじゃない?」
「……ああ」

 書いていた票をのぞき込んだ都出に言われ、来室理由を埋めると、票と鉛筆を隣へ渡す。渡しながらも、耳が先生の声を残らず拾おうとする。

「どこも打ってない? そう。今はどんなふう? 話せるけど起き上がれない、くらくらする。うんうん、無理にしなくていいから。吐き気は? ないのね。おうちのひとは連絡つきそう? 大丈夫? 了解」

 先生の声が柔らかく穏やかになった。さしあたって危険な状態ではないらしい。少し安堵する。

「念のために体温測ってね。おうちのひとに来てもらうから、それまで休んでいらっしゃい。新入生の新学期だもの、緊張しっぱなしだったかしらねぇ?」

 シャッ、とひとり通ることができるだけカーテンを開け、先生が出てきた。記入票をのぞき込みながら早口で話す。

「ふたりともありがとう、ええと、都出さん? お話聞かせて。岩並君は戻って朝会出てね」

 戻れと言われ言葉を失う。

 ああ、でも確かに、イコが倒れた後駆け寄っただけの俺から先生に説明できることは何もない。途中からでも全校朝会へ出るべきなのだ。そんなことはわかっている。
 わかっているけれど。
 心配だからここにいさせて欲しいのだと騒ぎそうな自分を抑えたくて、ぎゅっとこぶしを握りしめる。

 体の弱いイコは、望む望まないにかかわらず、これからも頻繁にここへお世話になるのだろう。いま俺が押止野先生へ騒ぎ立てれば、イコの居心地だって悪くなる。
 わかりました、と答える自分の言葉が遠い。
 踵を返してドアへ向かい都出の横を通ると、都出はこちらを向かず小さくつぶやく。

「後で話してあげる」
「頼む」

 失礼しました、とドアを閉めつつも、視線はカーテンに隠れてしまったベッドの方へ向かう。見えないと分かっていながら目がイコを探す。

 イコ。
 いまお前のそばにいられないことが、辛い。


 ◇


『玲子ちゃんはねえ、かわゆいのですよ。若女将のお仕事頑張って、ふさわしい見た目とか話し方とか身に付けてて、でも中身は優しいお世話好きな泣き虫さんなんだよー。情にもろいっていうか、情に篤いっていうか』

 俺は午前中を何も手につかず過ごし、昼休み、学食の端でイコの言葉を思い出していた。
 来週あたり、申請した学食無料カードが届くので、それまでは弁当だ。昨日の夕飯と朝の残りをもらって詰め込んできたランチジャーを袋から出す。

「私もイコちゃんが倒れる前後について話してから、すぐ朝会へ行くよう言われたのよ。だから、イコちゃんが早退したってことくらいしか分からないの」

 俺の前の席でロコモコ丼(ミニサイズ)を食べている都出が、手を止めて俺を見る。

「体調を崩しやすいって聞いていたけど、まさかあんな大事おおごとになるとは思わなかったわ」
「うん……。最初、イコちゃん言ってたね。迷惑かけるかもしれないって困った顔で……」

 同じテーブルにはもうひとり、イコが倒れる時に都出と一緒にかばった、面映おもはゆ、という変わった名字の女子もいる。
 ちなみにチョイスは親子丼(ミニサイズ)。都出の隣に座って食べながら、ためらたいがちに話している。今日会ったばかりの俺との食事が落ちつかないのかもしれない。

「ねえ、イコちゃんはよくああなるの? 気を付けておいた方がいいことはあるのかしら」
「そうだな……」

 話がてら一緒に昼食を、と半分連行されるように都出に学食へ連れてこられた俺は、ランチジャーを広げながら、思いつくままイコの体のことについて話す。

 元々体が弱くて、季節の変わり目や感染症の流行時にはすぐ寝込んでしまうこと。
 体力がないため、疲れがたまるとてきめんに体調を崩すこと。
 立ちくらみや貧血は、その場で休憩できれば後に引きずらないが、倒れてしまった場合、体がショックに過剰反応するのか、しばらく寝込んでしまうこと。
 イコと一緒にいるなら、感染症をうつさないようマスクや手洗いなどに気を配ってほしいこと。

 ついでにイメージしやすいよう、小、中学と、イコについて俺が見たり聞いたりしたエピソードも話してみる。

 面映も都出も、聞きながら困った顔をし、途中で額をおさえ、最後には両手で顔を覆ってしまった。

「インフルエンザの予防接種に負けて寝込んで、その後またインフルのAになってBになって、さらにマイコプラズマまで……? 予防接種の意味は……?」
「プールの授業、水着になって校舎からプールに出ただけで唇真っ青でリタイアって……。それ、水までたどり着いてないじゃないの……」

 弱々しく呟くふたり。

「本人が悪いわけじゃないけれど、体調を崩すと結果的に周りへ迷惑をかけてしまうって、イコはよく気にやむんだ。変に遠慮をして、無理することがあるかもしれない。できる範囲でいい、イコのことを見ていてやってくれないか」

 俺の嘆願に、両手で顔を覆った女子ふたりは、そのまま同時にこっくりと頷いた。
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