座敷童、嫁に行く。

法花鳥屋銭丸

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座敷童、嫁に行く。

4、三男坊は……。

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 土間で食事の後始末をしている娘を、寝転がって囲炉裏のそばから眺める。

 確かに小柄であるが、年の頃は十五、六に見える。はじめに十くらいの子どもだと思ったのが嘘のようだ。けれどしっかりと面影はある。黒目がちの愛らしい、色白の顔。何より――うなじに付けた赤い跡。
 寸法の合わぬ童の着物から、にょっきり出た白い手足がまぶしい。くるくると働く娘の尻が可愛い。美味しそうだなあなんて考えているおのれは、ずいぶんと罰当たりなのかもしれなかった。

 昼のことだ。

『旦那、そりゃあ座敷童じゃねぇですかね』

 十くらいのおかっぱの子ども、または小柄なおかっぱの娘を見なかったかと問うたら、一度下山し、仲間を引き連れて戻ってきた久郎兵衛が、鼻にシワを寄せて言った。
 どうも以前に、そんな話を聞いたことがあったらしい。

『座敷童が出てったから滅びたか。……いや、座敷童でもどうしようもなかったのかもしれねえ。山の向こうじゃ、流行病が大きく広がった所もあるってぇ話で』

 たりはしばらく娘を眺め、声をかける。

「くるみ、ありがとう、後は明日にすればいいよ。土間は冷えるだろう、ここに来て一緒に火に当たらないかい」

 顔をあげて少し考えると、娘は土間から上がりこちらへ来た。隣にちょこんと正座する。たりは怪我をかばいながら起き上がった。

「突然来た厄介者をこんな風に大事にしてくれて、何から何までありがたいよ」

 指の背で白い頬をなでると、はにかんで目を伏せた。その初々しさがまた男をくすぐる。
 帰ってきてからというもの娘は生娘の、男に戸惑い恥じらう様子を見せている。これだけ見ればただの愛らしい娘だし、ついその姿見たさに触れてしまうのだが、たりは意を決して問うた。

「くるみ、おまえさんは座敷童かい」

 うん、とこともなげに頷かれてたりは拍子抜けする。隠すようなことでもないのか、そうか。でもそれなら、ひとが死に絶えたこの集落で、味噌や雑穀が手に入った不思議も理由がつく。

「じゃあ、ずーっとここでひとと一緒だったのかい」

 うん。

「流行病は、おまえさんじゃ、どうにもならなかった?」

 座敷童はうなだれて、頷いた。

「そうか、そうか。じゃあ……この一年は、本当にひとりぼっちでここにいたんだねえ。おまえさんがどんなに長く生きてるのかわからない。一年なんて瞬きするほど一瞬なのかもしれない。それでもやっぱり、辛かったんだねえ」

 可哀想に、とたりがつぶやくのと、座敷童の頬に涙がこぼれるのは同時だった。たりは昨日と同じくその小さな体を抱き寄せる。ぽろぽろと涙をこぼす娘に何度も、いいこだ、いいこだねえ、と声をかけ、背中をなで、袂で涙をぬぐってやる。
 座敷童はたりにしがみつきながら声も出さずに泣いて、泣いて、泣き続けた。

 家の外では風が強まりはじめたが、囲炉裏の中では炭が赤々と燃え、頬があぶられるように暖かい。背中の方こそひんやりとしているが、腕の中には小さなぬくもりがあって、それがひどくたりには愛おしかった。いじらしく小さな、ひとならぬ娘が可愛い。
 いいこだ、なんて、よそでは神として崇める所もあるという座敷童には不敬だろうか。

「くるみは泣き虫だねえ」

 ようやく泣き止んだ娘に微笑めば、黒く濡れた目がたりを見あげる。

「この家はこれから、俺みたいに、山を下りられない人間が出たときに使うそうだよ。完全には寂しくならないだろうね。でも、もし、ずっとひとのそばにいたいなら、くるみ、一緒に山を下りないかい?」

 じっと聞いていた娘は、戸惑うように瞬きをする。

「今じゃなくていい、よく考えてみておくれ。このお山を下りられない事情があるんなら、それでもかまわないから、ね?」

 座敷童は男の腕の中で、うん、と小さく頷いた。その素直さといとけなさに、身の空洞が埋まっていく気がする。

「おまえさんに比べたら、俺なんて赤ん坊みたいなもんだろうね。でも実際、その通りなんだよ。割り切れないことばっかりさ。二十を過ぎているくせに、恥ずかしいねえ」

 小さな頃。他愛ないことだったと思う。はじめて会ったひとに親切にされ、喜んで兄に話した。兄は、たりの察しの悪さを笑ったものだ。

『金持ちの三男坊を冷たくあしらうやつはそういないさ。しかも家は材木屋だ、力自慢がたんといる。敵にしたくはないだろうね』

 あのひとたちの親切は、たかだかそんな理由だったのか。気付かぬ自分が情けなく、そして、たりはそう考えさせる金というものに対して嫌悪を覚えた。

 商家だから、金勘定は当たり前。なのにそれはずっとたりに、わだかまりとして残った。世の中をまっすぐ見たくても、思い出すのは兄の言葉。金のために好きでもない自分に愛想を振りまき、優しくする人間。自分に向けられる優しさはみな計算ずくとしか思えない。
 金がなければ生きていけないのに、金に関わることが辛かった。無理をして、言われたとおりに振る舞うたびに、言葉にできぬものが体の中を食い荒らしていくようだった。

 商売に向かぬ落ちこぼれの三男坊、役に立つのは柱の目利きだけ。家族の評価はそんなものだ。身の回りは豊かで不自由のない生活だったが、家族の中で自分だけが異質だった。
 仕方ないと思っていた。それでいいと思っていた。結局そんなのは甘えで、自分が幼いだけなのだろうと。
 とてもなじめぬ商売の仕方をしている家へ、婿に行けと言われたときも。

 じっと自分をみあげる娘の体をもう一度、抱きしめ直す。ひとならぬものに触れているのに、恐怖も畏怖も驚きもない。ただ愛らしく愛おしい。
混じりけのないまっすぐな信頼のまなざしに、これほど救われるとは。

 ああ、けれどこの娘は自分のものにはならない。ひとならぬものだから。
 自分のものにはしてはならない。たりは婿にいくのだから。
 もっと抱きしめていたいのを振り切って、たりは腕を離す。

「ようし、くるみ、話は終わりだよ。寝る支度をしよう」


 ◇


 運び入れられた夜具はひと組だけだった。ふたりで一緒に支度をはじめ、たりは敷き布団を整える。

「ああ、今日は冷えるねえ。こんな日は、女の肌が一番だよ」

 ふと、冗談を口にのぼらせてしまってから我に返る。年頃の娘の前で言う言葉ではない。娘じゃなくて座敷童か。いや、もっと悪いんじゃないか?

 材木を商う家には力自慢の男たちが仕事をしていた。幼かったたりはそんな男たちに憧れて、話し方をまねた揚げ句、母の不興を買って話し方を矯正された。俺、というたりに似合わない一人称は昔の名残だ。
 下品な冗談、艶事話などもしみこんでいて、だからちょくちょく、こんな風に漏れ出てしまう。

 娘の方を盗み見ると、座敷童は特に反応もなく淡々と夜具を整えていた。ほっとして、最初から何も言わなかったように振る舞うことにする。

「夜具はひとつしかないから一緒に寝よう。くるみ、ふたりならきっとあったかいよ」

 掛け布団代わりのかいまきを整えて、うん、と娘は頷いた。そのままちょこんと布団の上へ座る。たりが怪我をかばいながらその前に座ると。

「えっ」

 娘はおもむろに帯をほどきはじめた。

「いやその、くるみ、待って、待っとくれ、俺はそんなつもりじゃあなくて!」

 泡を食うたりの前で帯がしとねに落ち、白い胸元があらわになる。

「ああああ、ごめん、ごめんよくるみ、俺がわるかったよ」

 さらには小さな肩をはだけて、娘は不思議そうにたりをみあげる。何も知らぬ娘に、ひとならぬものになんてことを。たりはおのれの顔を覆った。
 ああ。

「俺はろくでもないやつだ……」

 膝のあたりに触れる感触。小さな指の細さとくすぐったさに煽られる。顔から手を外すと、娘がたりの膝に手を突いてこちらをのぞき込んでいた。柔らかそうなふたつの膨らみがはっきり見える。腰のあたりに重たい熱を感じた。

「ごめんよ、くるみ。悪かったね。ただの冗談だったんだ。女のひとは、好いた男にしか肌を許しちゃあいけないんだよ……」

 情けない顔で手を伸ばし、はだけた着物を着せかける。座敷童は首をかしげ、男の手に小さな手を重ねた。男は窮地に、深い深いため息をつく。

「おまえさん、男を知らないだろう。体を許すのは、真面目で優しい男じゃあなきゃあだめだ。まかり間違っても、俺みたいに、婿に行くのが決まっていながら、生娘のうなじを吸うような男はだめなんだよ」

 娘はじっと聞いていたが、小さくかぶりを振った。重ねたままの手を取って、愛おしげに頬ずりする。

 くは。

 たりの口から、熱い息が漏れた。男の、労働の痕こそ少ないが、大きい手が開いて、娘の頬を包む。

「俺は今日から、罰当たりな、正真正銘のクズだねぇ……」

 そんな言葉を吐きながら男は娘を目を細めて見やる。腹を決めたまなざしだった。顔を近づけ唇を重ねる。

 それを合図に、男と娘の体が、しとねへゆっくりと沈んでいった。

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