71 / 71
授かりもの顛末
願いの縦糸 其の三
しおりを挟むうー……。
金の鼠が、ふわふわした苔の寝床で身じろぎをしている。
福鼠になって以来、長い眠りについていた頃をのぞき、この鼠は毎朝きっちり起きるようになった。
が、しかし、今日に限って寝汚い。
……いいよもう、おいら、福鼠じゃなくって普通の鼠でさ。おいらより凄い名前の奴がふたりもいるし……片っぽなんか元神様じゃんか。おいらの出る幕なんかないよーだ。
いじけている。
いじけついでに短い手脚をぐんと伸ばして、金の鼠は横へ転がった。
ころころころころ……。
ふーんだふーんだ……。と、と、あれぇ?
ぼやきながら転がるうちに、寝床にしているほこらの端まで転がってしまった。いつもなら、途中で巨大化したご神体の俵にぶつかり止まるはずなのだ。
金の毛玉は周囲を見渡した。
えっ。
俵が縮んでいた。
座敷童が孕んで以来、どデカくなってたご神体が、ちい福の抱き枕にぴったりなかわゆい大きさに戻っている。福鼠は駆け寄って、桃色の小さな手で俵をなで回した。元通りだ、よだれ染みも健在である。
またこれを抱えて眠れるようになったのは嬉しいけれど。
なんでまた元に、い、いぃ!?
独り言の途中、今度は外に異変を感じ、ちい福は後ろ脚で立ち上がり、鼻先を天へと向けた。ヒゲで周囲の気配を探る。
胡桃堂の家屋へ流れ込み続けていた、お山の力が減っていく。流れの元が閉じるらしい。しばらく鼻をひくつかせて様子をみていたちい福は、目を閉じてうん、と頷いた。
……そっか。お七夜だからか。
今日はお糸のお七夜だ。
産まれてすぐの赤ん坊は、儚くなることが多い。無事に七日を迎える事ができたとき、名を与えられ祝われる。
座敷童の旦那は子が産まれたその日に名付けていたが、ちい福はそこに、普段穏やかなこの男に似合わぬ『絶対にこの子を儚くなどするものか!』という意地と熱を感じたものだ。
その意地は、お山も同じであったろう。
この日まで母子を守ろうと、水の質を持つ遠い湊町まで強い力を注いできたのだ。無事お糸が七日を迎え、子守の精も付き一段落がついたと、ようやく無理をやめたに違いない。
よくもまあ今日まで、鎮守様もこんな無茶を許していたものである。
ま、鎮守様は産土神に甘いからなぁー……。
この湊町の鎮守神は、土地の神――産土神ではなく来訪神だ。ここより西に住まう古き女神である。
小さな漁村が湊に変わり、ひとびとが集まり、暮らしが変わった頃。土地の神では叶えにくい祈りも増えた。
「奉公人が長く務めてくれますように」
「利益がもっとあがりますように」
「うちの商売が当たりますように」
「流行れ! うちの団子!」
素朴な願いばかりを叶えてきた産土神に、雇い人がどうの利益がどうのと言ったところで無理な話だ。神だって困る。そんなとき、商人たちが西から神を勧請した。
分かたれたものをくくり和合する、それにより契約や商売の神として信仰される女神だった。
ひとは女神に湊町の守護を願い、広い神苑と立派な社を贈った。産土神は、変わりゆくひとびとの祈りを受けてくれるよう女神に願った。
そうして千年の昔に、ひとや物の結びつきを司るこの女神は、希われてはるか西から、この湊町へと守りの手を伸ばしたのだ。
それが鎮守様だ。
そんな鎮守様は、おおらかで寛容な女神である。そして特に、元々いた産土神に甘い。
水の質である湊町へ、お山の力が長々注がれるのは障りもあったろうに、お山の女神の望みを叶えたのもそのせいに違いない。
鎮守様がおおらかなおかげで、掟破りをしていた元貧乏鼠も、こうしてのんきにしていられる訳だが。
んん?
ぴん、とちい福のヒゲが伸びた。
注がれていたお山の力が完全に止まったと同時、ほこらの周りに気配が生まれた。その正体を察し、金の鼠はヒゲをしごいてひとりごちる。
うーん……。お山は、座敷童とお糸に、甘すぎるんじゃないのかねえ?
◇
寝起き姿のまま厠へ向かいながら、足は晴れやかな気分でいた。
今日はお糸のお七夜だ。
ありがたいことだ、無事にこの日を迎えられた。
お七夜は、誕生して無事に七日を迎えた子どもを祝う行事だ。普通、父方の祖父が音頭を取り、子どもを授かった夫婦の肉親たちなど、縁者を祝いの席へ招待する。
しかし、足は不義理をして世渡家から出された者だ。むしろ、祝言をあげ独り立ちしてからの方が家族とうまも合うようになったのだが、仲がいい様子をおおっぴらにするのは障りがあった。
だから、祝いの席は足の祖母と両親だけを招く気楽な席にしよう。そう夫婦で決めた。
近所に配る赤飯も、店のお客に配る紅白の飴も手配済み。準備は万端、くるみのために髪結いも頼んである。
お産の後、体を癒すため床についていたくるみが、久しぶりに髪を結って着飾るのだ。
子を産んでもなお変わらぬ初々しさへ、人妻らしい色香も加わった、愛しい愛しい足の大事な御新造だ。それが華やかに装えば、どれほどきれいになることか。
残念ながら、今日のための晴れ着は誂えられなかったけれど―――。
晴れ着といえば、お糸の着物だ。お宮参りに間に合うように用意しないとならない。
足は三兄弟なので、実家にある子どもの晴れ着は男児用だけ。お糸があやかれるよう、あのちいちゃな可愛い体へ着せる一つ身、掛ける四つ身、元気な娘がいるところからどちらも借りたらどうだろう。
大事な妻子のことをあれこれ考えながら廊下を歩いていた足は、「ひえっ」と押し殺した悲鳴を耳にした。
見れば、女中のお蔦が中庭を見て固まっている。
「うん?」
なんだか、前にもこんなことがあった気がするなぁ、と眺めていると、女中はこちらへ気付いてあわあわと手招きをしてくる。
「あっ、旦那様っ、大変です! これっ、こっ、こっ、こっ、これ!」
「こっこっこってお蔦さん、鶏じゃないんだから……」
きっとそうだろうな、と思いながら、足はお蔦の指さす先、中庭の畑やほこらを避けつつ置かれたものを見る。
「わあ」
やっぱり。
予想はしてたが、それでも驚かずにはいられない。
「昨日はこんなのなかったんですよ! 夜中に運び込んだなら、判りそうなものなのに。こんな、立派な……」
「誰か鬼退治にでも行ってきたんじゃないのかい」
「えっ」
軽口を叩いたら、信じられないという顔で見上げられたので慌てる。
「あっ、嘘です、冗談ですすみません……」
「もう、旦那様、真面目に聞いてください! さてはこれ、旦那様の仕業ですね!?」
「違う違う、俺じゃなくてお山だよ」
「奥様のお里からですか!」
賑やかなやりとりをよそに、中庭には、米俵と酒樽が向きを揃えてでんと積まれ、朝の光を浴びていた。おまけに俵の上には、朱塗りのつづらまでちょこんと載っている。
福鼠も呆れるほど、豊穣の祝福に満ちた品であるのだが――ひとである足に知るよしもない。
「お客様もいらっしゃる日なのに。届いたのなら、もう少し早めに教えてくださいまし! あああ、ひとを頼まなきゃ! 番頭さーん! 番頭さーんッ!」
「いや、まだ来てないんじゃないかと思うよ。ねぇ、お蔦さん。ちょいと、お蔦さん、ねえったら」
「番頭さーん!」
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
毎回、楽しみに待ってます。
生まれてくる子は
男の子かなぁ……。
女の子かなぁ……。
元気な子が
出てきます様に♡
ふもふも 様
法花鳥屋でございます。楽しみに待ってくださっているとのこと、感激です! ありがとうございます。
次話はくるみのお産に骨を折る、ひとならぬものたちの出番です。そう遠くないうちに、足とくるみへ増える家族も、お目にかけたいと思います。
どうぞ今後とも、胡桃堂の面々を可愛がってやってくださいませ。
この小説とても好きです。また読み返せるようお気に入り登録もしました(^^♪
座敷わらしのくるみがかわいい〜、しかも大人の女性になるとか最っ高です。足も男前ですね〜
異類婚姻譚のお話が元々好きで、こういうとことん相手の男性に愛される溺愛がすっごく好きです!ストーリーも文体もしっかりしていて読みやすく、愛ある行為がこれまたずっーときゅんきゅんでした(o´艸`)
このお話ほんとに好きなので、書いてくださってありがとうございました。また読み返しますね!
きり 様
法花鳥屋でございます。
読んでいただけて嬉しいです。感激です!
異類婚姻譚、いいですよね! さびしんぼうなひとならぬものが、しょんぼりしている間もないほどに溺愛される話が読みたくて、自分で書いてみた話です。とりあえず好きなものをみんな混ぜ込んでみたという……。
時間はかかるかもしれませんが、少しずつ、番外編を書きたしていくつもりでおります。
きり様、どうぞ今後とも、くるみと足を可愛がってやってくださいませ。
ご感想をありがとうございました!