30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。

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特別な存在

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 「なんか調子が狂うな。いつも逆だから」




 「俺も」




 いつもは玄関で俺がお見送りをされるのに今日は違う。ガンちゃんはキャリーケースの荷物を持って玄関にいる。
 金曜日。今日はガンちゃんのサイン会のために早めに現地に行くようだ。だから今日は俺がガンちゃんをお見送りする。




 「いってらっしゃい。気をつけてね」






 「うん、樹も。ちゃんと飯は食えよ。あと、戸締りはしっかりして、あとーー」




 
 「あーもう、分かったから早く行きなよって」





 最後まで世話を焼くガンちゃんに俺は苦笑しながら言った。




 「じゃあ、行ってくる」





 「うん」





 玄関でガンちゃんの後ろ姿を見るなんて初めてだ。扉が閉まる。


 別に永遠の別れでもなくて、またすぐに会えるのに寂しい気持ちになる。人を見送るってなんか寂しいものなんだなと俺は思った。ガンちゃんは毎朝俺を送りながらこんな気持ちになったりしたのだろうか。




 あーもう会いたい。めっちゃくちゃ会いたい。さっきまで一緒にいたのに。そんな自分に思わず笑ってしまう。
 親友だとこだわっていたのは自分だろ。なのにガンちゃんが親友だと言うたびに胸が苦しくなる。親友じゃない。親友だったらこんな気持ちになったりしない。


 ガンちゃんが帰ったらちゃんと言おう。ガンちゃんが好きだって。ちゃんと言って、言って……



 あれ?俺はガンちゃんとどうなるのだろう?恋人?家族?
 ガンちゃんが特別だ。でもその後はどうする?途端に分からなくなる。特別って何だろう。

 
 俺はガンちゃんとどうなりたいのだろうか。








 定時まで後10分。周りの同僚たちは自分の荷物をまとめ出している。金曜日だからか心なしか空気が柔らかい。
 俺はというとまだデスクには資料を広げて、パソコンに向き合っていた。




 「どうしたんですか?金曜日なのにそんな浮かない顔して」




 俺の顔を覗き込んで声をかけてきたのは後輩の前田だ。




 「別に浮かない顔なんてしてない」





 「もしかして振られました?」





 「は?」




 前田の発言が他の社員に聞かれていないかと心配になり周りを見るが幸い俺たちの会話を気にしている人はいないようだ。




 「振られてなんていない。まだ気持ちすら伝えていないのに」





 「なーんだ。振られたのかと思ったのに」





 前田は悪びれもせずに言い、そっぽを向く。



 
 「なーんだとはなんだよ」




 俺はムッとした表情で前田を見上げる。





 「立花さん、帰らないんですか?もう定時ですよ?」




 「ああ。まだ少し仕事をやってから帰るよ」





 「急ぎの仕事ですか?俺手伝いますよ」



 

 「いや、急ぎではないんだ。ただ、早く帰ってもやることがないからな」





 前田が首を傾げる。俺はいつもの調子でガンちゃんが家を空けることを話してしまった。
 こいつは不思議だ。生意気で意地悪な後輩なのになぜか話してしまう。そして話すと気持ちが楽になる。聞き上手なのだと思う。




 
 「へえ、つまり家に帰っても誰もいなくて寂しいからそれを誤魔化すために仕事詰め込んでるんですか。立花さんって可愛いとこありますね」
      



 「可愛い?お前な、一応俺先輩なんだけど」




 
 「分かってますよ、先輩」




 意地悪な笑みを浮かべる後輩に俺はため息をついた。絶対に俺をからかって楽しんでいる節がある。先輩に向ける顔じゃない。
 



 「立花さん」




 ふと、前田は笑みを消して、真剣な瞳を俺に向けてくる。




 「何だよ」





 「会いに行ったほうがいいですよ。寂しい時に、その人に会いたいって思ったらすぐに会いに行くべきです」





 「会いに行くって、そんな簡単にーー」





 「そうしないと後悔しますよ」




 普段、ひょうひょうとした話し方の前田がきっぱりと言い切る。俺は思わず前田の顔を見た。




 「どれだけ遠くにいても、会いたい時に会いに行かないと後悔します。ちゃんと気持ちも伝えていないんでしょ?近くにいても気持ちを伝えられなくて後悔することだってあります。だから、ちゃんと会いに行って気持ちを伝えるべきです」




 ガンちゃんに会いたい。今日ずっとそう思っていた。会って気持ちを伝えたい。でも…




 「俺、ガンちゃんとどうなりたいとかまだ分からなくてどうしたらーー」」




 
 「好きだけでいいんですよ。恋人とか親友とか形にこだわりすぎです。面倒くさい。どうなるかなんて分かんないんだから今、自分がどうしたいかで決めるんです」





 今、自分はどうしたいか。いつも複雑に考えて、考えすぎて先に進めなかった。先の未来のことばっかり考えて俺はずっと自分の気持ちからもガンちゃんの気持ちからも逃げてきた。


 でも、今俺はガンちゃんに会いたい。好きだからちゃんと伝えたい。

 ただ、それだけなんだ。





 「ここで仕事してる場合ですか?」





 俺は我に帰り、急いでデスクの周りを片付け始めた。頭ではもうガンちゃんに会いに行くための手順を考えている。




 「前田」



 
 「はい」





 「いつもありがとな。いっぱい相談に乗ってくれて。お前のおかげで自分の気持ちとも向き合えた」





 後輩は目を丸くして俺を見る。そして、いつも浮かべる意地悪な笑みとは違う顔で俺に笑いかけた。それは何だか寂しそうで泣いてしまう直前の表情にも見えた。





 「世話が焼ける先輩で後輩はとっても大変です」





 やっぱり生意気な言葉で俺に笑いかける前田に俺は思わず笑ってしまう。やっぱりこの後輩は生意気で意地悪で、でも可愛い後輩だ。



 俺は荷物を手に会社を後にした。自然と足は早くなる。自覚すればずっと押さえ込んでいた気持ちが溢れて止まらない。


 ガンちゃんに会いたい。ただその一心で俺は足を動かしていた。




 
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