30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。

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特別な存在

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 ごく普通のビジネスホテルの一室で俺はガンちゃんと向き合っていた。隣にある清潔な白いセミダブルのベッドが今は異質な光を放っているように感じる。しわ一つないそのベッドに俺はどうしても座れなかった。
 俺は椅子にガンちゃんはベッドに腰掛けて先ほどからどちらから話を切り出そうか窺っている。
 時々合う視線にどきりとして逸らしたりまた合わせたりを繰り返して、そんな時間がしばらく続いた。
 何度目かの視線が絡み合った時、ついにお互い顔を見合わせて笑った。一度笑ってしまうと笑いが止まらなくて仕方なかった。
 笑いの波を引きずりながら最初に口を開いたのはガンちゃんだった。




 「こんな所にまできて俺たち何してんだよ」





 「うん、本当だね。何しに来たんだろ」




 自然と怖くはなかった。まだ俺の体にはガンちゃんの温もりが残っている。抱きしめられて初めて俺はこれを求めていたのだと思った。

 ずっと、人と人が離れてしまう理由を考えている。永遠なんてなくて、それでもずっと一緒にいることを誓う。本当はみんな怖いんじゃないだろうか。その人との別れが怖くて仕方ないから誓わずにはいられないのだ。薄い紙の上、教会で愛を誓う式もそれは全て愛への恐怖の形かもしれない。


 俺はそんなものいらない。そう思っていた。一人でずっと生きていく方が楽だと思っていた。
 でもガンちゃんに抱きしめられて、ガンちゃんの気持ちに触れて俺は分かったんだ。
 ガンちゃんの隣にいるのは俺がいい。ガンちゃんに触れるのもガンちゃんの温もりを知るのも俺だけがいい。俺以外は絶対に嫌だ。だから、怖くても別れの日が来るかもしれなくても俺はもう手放さない。手放したくない。




 「ガンちゃんが好きです。すごく好きです。俺はガンちゃんと生きていきたい。ガンちゃんのそばにいたいです」




 ガンちゃんは静かに俺の話に耳を傾けてくれる。




 「いつか離れてしまうかもしれないって怖くなるほどガンちゃんのこと好きなんだって気付いたんだ。今も想像しちゃうんだ。ガンちゃんの隣に居られない日が来るのかなって。でもそんな起こるかも分からない日のためにガンちゃんと離れるなんてできない」




 声が震える。鼻の奥が痛い。涙が出そうだ。さっきも泣いたのに俺の涙腺は壊れてしまったのかもしれない。でも最後まで伝えないといけない。




 「こんな臆病な俺でも一緒にしてくれますか?」





 きっと今の俺はすごくかっこ悪い。涙で顔はぐしゃぐしゃだろうし声は裏返ってしまう。でもこんなかっこ悪い姿もガンちゃんにだったら見られてもいいと思える。ガンちゃんだけに俺を知ってほしい。




 「樹」




 腕を引かれて、俺はガンちゃんの膝の上に腰を下ろした。ガンちゃんの顔がすぐ近くにある。俺の胸にガンちゃんが顔を埋めた。




 「好きだ。ずっとずっと大好きだ。どんなお前でも俺の気持ちは変わらない。だから一緒にいてくれ。俺はお前を離す気なんてないから」




 ガンちゃんの熱が俺の胸に直接訴えかけてきた。涙は止まらなくて俺はただ「うん」としか言えず、ガンちゃんの頭を撫でた。
 ふと顔を上げたガンちゃんの目元は少し赤くていつもより子どもっぽいその表情に俺は少し笑ってしまった。





 「笑うな、お前もひどい顔だ」





 「ひどくないし」




 俺は目元を擦りながらガンちゃんを見た。
 真剣な表情をしたガンちゃんと目が合って、俺はガンちゃんの次の言葉を待った。





 「樹、俺と結婚してくれ」





 30歳の誕生日、唐突にプロポーズされてから全てが変わった。恋や愛なんかに振り回されて、本気で人を好きになることを知った。ガンちゃんが教えてくれた。ガンちゃんのそばはいつだって苦しくなるほど幸せで居心地がいい。
 これからもきっとガンちゃんの隣なら大丈夫だと今は根拠なんてないのにそう思えてしまう。


 俺はガンちゃんに笑いかけた。





 「よろしくお願いします」




 そう言った瞬間、痛いほどに抱きしめられた。



 
 「痛いってガンちゃん」




 そう言って背中を叩くとそっとガンちゃんは顔を上げて、お互い顔を見合わせて笑った。
 ガンちゃんは照れくさそうに尋ねる。




 「キス、していいですか?」





 「何で敬語?」




 俺は苦笑しながら、ガンちゃんに顔を近づけ、「キスしたい」と小さくつぶやいた。
 ガンちゃんが恐る恐る顔を近づけてくる。
 唇が触れた部分から愛しさが込み上げて仕方なかった。好きな人と初めてキス。ただ唇を触れ合うだけでこんなにも幸せな気持ちになれるのだ。
 触れ合うだけのキスの合間にお互い馬鹿みたいに好きを繰り返した。だんだんと深くなる口だけに息が詰まって、俺はガンちゃんの背中をたたく。



 「息、できない」




 「下手くそ」




 「うるさい、これから上手くなるからいい」





 「下手でよかった。もしキスが上手かったらそれを教えた相手に嫉妬してたと思うから」




 ガンちゃんが俺の耳を触りながらつぶやいた。それを聞いて俺は顔が熱くなるのを感じながらキスをねだった。
 ガンちゃんはそれに応えてキスをしてくれる。




 幸せな夜だった。触れる指先、唇、体温。相手のすべてが愛おしくて仕方ない。この夜が永遠に続いてほしい。俺はそんなことを考えていた。
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