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しおりを挟むライブ会場の熱い空気が俺は好きだ。この日のためだけにおしゃれをしてまっすぐに好きの気持ちを伝えてくれるファンの人たち。
熱い視線が舞台にいる俺に向けられる。その気持ちを全力でパフォーマンスに込める。
俺はある一人の視線に気づいた。他の人が聞いたら笑うだろうか。何万人のファンがいる会場でただ一人を見つけることは不可能だと。でも、俺は見つけられた。この世で一人俺の視線を釘付けにするあの男を。
「ゆきくん、おかえりなさい」
ライブ終わりで既に夜の11時を回っていた。だが、この男は律儀にいつも玄関まで来て「おかえり」を言ってくれる。本当はすごく嬉しいのだが、それを言葉にできず、つい可愛げのないことを言ってしまう。
「ただいま」
不機嫌な声になってしまった。目の前の男、朝宮透も不穏さを感じたのか「どうしたんですか?」と聞く。
「あんた、また俺のライブに来てただろ」
「ど、どうして」
「一緒に暮らしてんだから分かるよ。変装してたみたいだけどすぐあんただって分かった」
全く気付かれていないと思っていたらしい透は驚いている様子だ。
「何回も言ってるけど、ライブには来んなよ。そもそも付き合ってるわけだし今は同棲までしていて、そんなに俺ばっかり見てても飽きるんじゃーー」
「飽きるわけないでしょ」
透は信じられないという顔で俺を見る。
「ゆきくんはかっこよくて可愛くて最高なんですよ。僕の隣にいるゆきくんも可愛いですが、アイドルをしているゆきくんにはまた別の魅力がありましてーー」
「あーもう、分かった、分かったから。それよりお腹すいた」
半強制的に透の話を終わらせた。じゃないといつまでも経っても終わらないだろう。
透は少し残念そうな顔をしながらも「食事を用意しますね」と言って部屋に引き上げた。
俺の彼氏は小説家だ。天才小説家だと呼ばれるこの男だが、普段はただの地味な男だ。自分の外見に無頓着でいつも髪はボサボサ。黒縁メガネがより全体を野暮ったく見せていた。
この男のどこを好きなんだと聞かれてもうまく説明できない。だけど、相当透に惚れ込んでいる自覚はある。
付き合っているのにライブにまで俺を見にくる透が可愛いと思ってしまう。俺の前だと語彙力が破滅して「可愛い」ばかり繰り返すこの男がどうしようもなく好きなんだ。
俺も結構な重症だ。
「あのさ、そんな見られると食べにくいんだけど」
リビングの座り慣れたソファーで俺が食事をしている間、隣に座った透はずっと俺を見つめている。
「す、すみません。さっきまで舞台で踊っていたゆきくんが僕の隣で僕が作ったご飯を食べているのが感動的で」
それ、完全にファンの心理だろ。お前は俺の彼氏だろ。だったら疲れている俺に恋人っぽく甘い言葉をかけたり抱きしめたりしろよ。なに、そこで見つめてるんだよ。
俺はそれを素直に口に出せず一人でもやもやしていた。
小説家だろ。こういう時恋人にどうするのか分からないのか。
透のよくわからない熱い視線を受けながら俺は咀嚼していた。
「もう遅いですし寝ましょうか」
……は?
「今日はかっこいいゆきくんを見られて本当に満足です。ライブお疲れ様でした」
食事も風呂を済ませ、今はソファーで透と寛いでいた。
最近はライブのリハでなかなか二人の時間が作れなくて今日、やっとライブが終わったのだ。
今日はするだろうと思っていたんだよ、俺は!
なのに、この男は寝ると言う。信じられなかった。
俺だけがしたいと思っていたのだろうか。この男に俺の気持ちを考えることはできないのか。小説家なんだから少しは分かれよ。
いや、何も伝えずに相手に理解を求めるのは傲慢かもしれないと気付く。
だったら今は俺が透に伝えよう。俺の気持ちを。
俺は透の膝に跨り、座った。この男に俺の気持ちを思い知らせてやろう。
透の顔は情けないほど間抜けだった。
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