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第2章 旅立ち
夜の不安②
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部屋に入ってきたサフィラスは一度窓の外に視線を投げると、窓枠のそばにかかっていた、光を遮るための布に近寄りサッと引いて窓をおおった。
それはまるで、僕たちの存在を何かから隠すかのように素早かった。そして、ニゲルたちが川の字に寝ていた広い寝台の端に、こちらを一度も見ずに腰をかけたのである。
なぜか、何か…誰にも言えないようなことで思い悩んでいるのか、あまり元気もなく、物静かにうつむいている。話しかけるのもためらわれるほど、その横顔は暗く、沈んでいた。ウエンさんはというと、薄い上着にあたたかそうな毛皮のベストを着て、左手には昼間ニゲルが割ってしまったほたるいしを持っていた。それをわざと見えるように、右の指でつまんで胸の前に出した。
「スマルから聞いた。…これは、ニゲル、君が本当に割ったのかな?」
ニゲルはウエンさんにまだ石を割ってしまったことを謝っていなかったことを思い出し、その石を穴が開くほど凝視しながら、心臓が止まりそうなほど青ざめた。暗がりでどんな表情をしているのか細かく知ることは出来ないけれど、声を聴く限り、簡単に許してもらえるような雰囲気ではない気がした。
あわてて寝台から降りると、ふるえる指を体の前にそろえて頭を下げる。
「ごめんなさい!!本当です、僕が割ってしまいました。…触ったのは、僕だけです。マリウスとアーラは触ってないです…」
それをきいて、寝台に腰かけていたサフィラスが両の腿に置いていた腕で、なぜか頭を抱えた。
ニゲルは自分がきっととんでもないことをしてしまったのだと、それを見て、息が止まりそうになったのだった。
「ごめんなさい…!僕、どんな罰でもうけます!どうか、マリウスとアーラは許してください!本当に触っていないんです!」
ウエンさんは大きなため息をつくと、サフィラスを威嚇するような低い声でもって、振り返った。
「おい。これはどういうことだ。聞いてないぞ」
「…私も知らなかった」
ニゲルもマリウスも、そしてアーラも、眼をうろうろさせて大人の2人を交互に見たけれど、何のことを言っているのかよく分からない。
「ニゲル、君は、今までこのように石を割ったことがあるとスマルに言ったそうだが、それはいつ頃のことだ?」
ウエンさんはほたるいしを再び握りしめると、右のポケットにしまい込んだ。そして、寝台前で立ちすくむニゲルの傍まで来る。
「…え、え、っと…つい最近です。お母さんの箱の中のほたるいしを触った時です…」
「その時、同じように割れたのか?」
「…いや、もっと小さい奴だったからか、粉々に…なりました」
そういえば、サフィラスに箱の中身を聞かれたとき、ほたるいしが入っていたことは言っていなかった。そんなに高価なものだと思っていなかったのもあるけれど、粉々になってしまったから、小瓶に入れてしまいこんだらすっかり忘れていたのだ。それに、忘れたのはある意味、腕輪の方が気になっていたせいもある。
「その時、どんなことが起きた?」
「え?」
「粉々になった時、なにか異変はなかったかな?」
「あ…。あの、今日もだけど、その時もすごく熱くなって。やけどするくらい…マリウスは信じていなかったけど…」
「そうか。困ったな…おい、サフィラス。お前、どうする」
腰を掛けたまま相変わらずうつむいているサフィラスに、ウエンさんは声をかける。
「どうするもこうするも、このままではまずい」
サフィラスは頭を抱えてぼやいた。
「この石は、なにかすごいものなの…?」
おそるおそるニゲルは言葉を口にした。こんなにサフィラスが落ち込むなんて、そのことがすごく悲しかった。失望されたのかもしれない。何か自分が差し出せるものがあればよかったけど、今のところお母さんが残してくれたお金しか、この石の弁償を出来るものが見当たらない。サフィラスやウエンさんに迷惑をかけているのが自分だと思うと、情けなくてくやしくて、ただただ、悲しい。
「僕は、お母さんが残してくれたお金しか、ありません。だから、それをあげます!」
しかし、ウエンさんがどういう訳か、違う違うと首を振った。
「そうかんちがいするんじゃない。私たちはおどろいているんだ」
「?…なにに?」
「…君が、稀にみる…いや、と言うより、おそらく、君に並ぶものは今の世でサフィラスを除いて他にいないだろう。それくらい、その小さな体にとてつもない強い力が秘められていたことにね」
ポカン、とニゲルもアーラも、あのマリウスでさえ、口を開けて呆気にとられた。
「…ちからって、何の?」
「アダマの吸収力だ」
それはまるで、僕たちの存在を何かから隠すかのように素早かった。そして、ニゲルたちが川の字に寝ていた広い寝台の端に、こちらを一度も見ずに腰をかけたのである。
なぜか、何か…誰にも言えないようなことで思い悩んでいるのか、あまり元気もなく、物静かにうつむいている。話しかけるのもためらわれるほど、その横顔は暗く、沈んでいた。ウエンさんはというと、薄い上着にあたたかそうな毛皮のベストを着て、左手には昼間ニゲルが割ってしまったほたるいしを持っていた。それをわざと見えるように、右の指でつまんで胸の前に出した。
「スマルから聞いた。…これは、ニゲル、君が本当に割ったのかな?」
ニゲルはウエンさんにまだ石を割ってしまったことを謝っていなかったことを思い出し、その石を穴が開くほど凝視しながら、心臓が止まりそうなほど青ざめた。暗がりでどんな表情をしているのか細かく知ることは出来ないけれど、声を聴く限り、簡単に許してもらえるような雰囲気ではない気がした。
あわてて寝台から降りると、ふるえる指を体の前にそろえて頭を下げる。
「ごめんなさい!!本当です、僕が割ってしまいました。…触ったのは、僕だけです。マリウスとアーラは触ってないです…」
それをきいて、寝台に腰かけていたサフィラスが両の腿に置いていた腕で、なぜか頭を抱えた。
ニゲルは自分がきっととんでもないことをしてしまったのだと、それを見て、息が止まりそうになったのだった。
「ごめんなさい…!僕、どんな罰でもうけます!どうか、マリウスとアーラは許してください!本当に触っていないんです!」
ウエンさんは大きなため息をつくと、サフィラスを威嚇するような低い声でもって、振り返った。
「おい。これはどういうことだ。聞いてないぞ」
「…私も知らなかった」
ニゲルもマリウスも、そしてアーラも、眼をうろうろさせて大人の2人を交互に見たけれど、何のことを言っているのかよく分からない。
「ニゲル、君は、今までこのように石を割ったことがあるとスマルに言ったそうだが、それはいつ頃のことだ?」
ウエンさんはほたるいしを再び握りしめると、右のポケットにしまい込んだ。そして、寝台前で立ちすくむニゲルの傍まで来る。
「…え、え、っと…つい最近です。お母さんの箱の中のほたるいしを触った時です…」
「その時、同じように割れたのか?」
「…いや、もっと小さい奴だったからか、粉々に…なりました」
そういえば、サフィラスに箱の中身を聞かれたとき、ほたるいしが入っていたことは言っていなかった。そんなに高価なものだと思っていなかったのもあるけれど、粉々になってしまったから、小瓶に入れてしまいこんだらすっかり忘れていたのだ。それに、忘れたのはある意味、腕輪の方が気になっていたせいもある。
「その時、どんなことが起きた?」
「え?」
「粉々になった時、なにか異変はなかったかな?」
「あ…。あの、今日もだけど、その時もすごく熱くなって。やけどするくらい…マリウスは信じていなかったけど…」
「そうか。困ったな…おい、サフィラス。お前、どうする」
腰を掛けたまま相変わらずうつむいているサフィラスに、ウエンさんは声をかける。
「どうするもこうするも、このままではまずい」
サフィラスは頭を抱えてぼやいた。
「この石は、なにかすごいものなの…?」
おそるおそるニゲルは言葉を口にした。こんなにサフィラスが落ち込むなんて、そのことがすごく悲しかった。失望されたのかもしれない。何か自分が差し出せるものがあればよかったけど、今のところお母さんが残してくれたお金しか、この石の弁償を出来るものが見当たらない。サフィラスやウエンさんに迷惑をかけているのが自分だと思うと、情けなくてくやしくて、ただただ、悲しい。
「僕は、お母さんが残してくれたお金しか、ありません。だから、それをあげます!」
しかし、ウエンさんがどういう訳か、違う違うと首を振った。
「そうかんちがいするんじゃない。私たちはおどろいているんだ」
「?…なにに?」
「…君が、稀にみる…いや、と言うより、おそらく、君に並ぶものは今の世でサフィラスを除いて他にいないだろう。それくらい、その小さな体にとてつもない強い力が秘められていたことにね」
ポカン、とニゲルもアーラも、あのマリウスでさえ、口を開けて呆気にとられた。
「…ちからって、何の?」
「アダマの吸収力だ」
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