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第2章 旅立ち
サイドストーリー ウエン①
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「…どうして兄ちゃんだけ僕たちから離したのさ」
ウエンの今の態度に、マリウスは布団をはいで寝台から降りると、上目でにらみつけるようにして敵対心をあらわにした。
小さな身体を精一杯伸ばして前に出てくる。
兄を、彼は彼で守ろうとしているのだとウエンは思った。不審そうな眼差しが、ひとつもそらされることなく、小さな動作も見逃さないとばかりにこちらに向けられているからだ。そして、妹にどんな危害も加わらないようにと、彼女の動きも強く意識しているのがわかる。
彼らの強い警戒心の備えは、おそらく母親のしつけもあったのだろう。ウエン自身には、《大人を信じない、誰も信じない》その気持ちが彼ら兄弟に会った時から感じられていた。とくにこのマリウスはそうだ。サフィラスがニゲルをどうにかしようと内心でたくらんでいるとでも思っているのかもしれない。
それがもし親の教育であったならば、子供達を守る上では間違いなく正しい判断であったと言える。だが同時に、かつて魔法士であった自分と同じ彼女が、1人で子供達を抱えてそうする事しか出来なかったのだという事実が、ウエンの心を引きちぎらんばかりに悲しく、辛い気分にさせた。どうして仲間を頼らなかったのか。どうして自分達も助けられなかったのか。彼女の、愛する夫の無念を晴らしたい気持ちはわかるけれど、どう考えたって、1人で立ち向かえるわけがないのだ。
本当ならきっと、もっと自由に育てたかったに違いない。やりたい事を好きに学ばせたり、あるいは友達と沢山遊べる生活を、そしてゆくゆくはこの子達には目標に向かって歩む輝かしい人生を謳歌してほしいと。
しかしそれを叶える事は出来なかった。
愛する人と愛する子供達に囲まれて、当たり前に暮らすことはおろか、最愛の人をなくしてから、この3人の健気な愛し子達と生きる事さえ、困難になってしまったのだから。
「…マリウス、アーラちゃん。私は言ったはず。王様でもなんでもないと。君たちに危害を加えるつもりは全くないんだ。どうか安心してほしい」
「じゃあ、兄ちゃんをどこに連れていったのかおしえてよ」
「サフィラスと2人で話があるだけだよ」
「…僕たちには聞かせられないんだ」
「いや、そうではない」
「じゃあなんで!」
ウエンは返答に詰まって寝台から黙ってこちらのやりとりを見つめる女の子の方を見た。
兄の姿に、眼を見開いて固まっている。
その顔が、ウエンの視線を感じて、こちらを振り向いた。
「…わたし、みんなと仲良くしたい。けど…おにいちゃんと離れるのはいや…」
みるみるその声が震えて、小さくなる。
「ねぇ、サフィラスって人は兄ちゃんをどうするつもりなのさ?」
マリウスはウエンの足元によると、服を掴んで揺さぶってきた。
「僕たちはあの洞穴で暮らしてきたけど、それを不幸だと思ったりした事はない!たしかに大変だったし辛いけど、これからも大丈夫。だから、サフィラスって人が兄ちゃんを僕たちから離そうとしているなら、やめるように言ってほしい!!あの人が来てから、僕は不安なんだ!べつに3人で暮らせるなら、どこでだって暮らせる!大人になんか頼らなくっても!!」
「……」
ウエンは服を握りしめて俯くマリウスを、なぐさめることができない。
この兄弟がもしも離れ離れになる時が来たら。その時の追いすがる姿が脳裏に浮かんでくるようだった。
「僕たちは何もいらない。我慢もできる!だけど、離れ離れにさせるのはやめて…お母さんも居ないのに、にいちゃんが居なくなったら、僕1人でアーラとどうしたらいいんだよ!!」
「私やサフィラスが無理矢理離れ離れにさせると思うのかい?」
「…だってそうじゃないか!!にいちゃんにはすごい力があるんでしょ?だから、これからはみんなと普通に暮らせない!!それであの人が僕たちに聞かれたくない話をするために部屋の外に連れて行ったんじゃないか!!違うの!?」
マリウスはウエンを突き飛ばす勢いで腕を振り上げると、そんなの許さない!と叫んで行手を阻むウエンを押し退けた。
「どいてよ!どいてったら!」
しかしウエンはジタバタ騒ぐマリウスを両手に抱きしめると、部屋の外に出ないようにがっしりと引き止める。
「だめだ。2人は大事な話があるんだ。邪魔をしてはいけない」
「いやだ!!離して!!アーラ!!」
呼ばれたアーラがハッとして、寝台から降りる。
「アーラちゃん!ダメだ!ここにいなさい!」
思わず恫喝したその声に、彼女がついに泣き出した。
大粒の涙が次々と丸いほおを滑ってしゃくりあげている。
「これからはここでうちの子供達と暮らすんだ。もちろん、好きな事も学べるし、遊ぶ事もできる。望むなら学校にも通えるようにする。君たちを最大限不自由させないように私も努力するよ。ここに居るのが、マリウス、君たちにとっても1番良い選択なんだ」
「どこに居るのが良いかなんて、僕たちが決める事だ!勝手に決めないでよ!」
ボスボスと、ウエンの胴を拳で叩いては、叫んでいる。
退いて、離してと。
「マリウスッ!!お兄ちゃんが危険な目に遭い続けても!?君たちが死にかけても!?それでも同じことが言えるかい!?」
「え…!」
その言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けて、マリウスは凍りついてしまった。
「…な…なんで…。なんでなんだよ…」
目一杯見開かれた目が、真っ直ぐにウエンを見つめている。
「あの家に、なんども君たちを狙う人が来たはずだ。ニゲルの機転で君やアーラちゃんは、襲ってきた人に顔を見られてはいない。けれどもし、顔が知られていたら、君たちは死ぬまで追われていた事だろう」
「なんでそんな目に遭わなくちゃならないんだ!僕らはなんの悪い事もしてない!」
「そんな事は関係ないんだ!!」
低い怒鳴り声にアーラとマリウスはびくりと体を震わせた。
「君たちは自分の事を知らずに育った。それはお母さんが君たちを守ろうとしたから。けれどそれが通用する時期は終わったんだ。サフィラスをこんなに早く頼りにすることになるとは、お母さんも想定外だったろう。君たちの腕にはめられているその腕輪、聞いただろう?そのイウラの腕輪は持ち主の命を守る命がきざまれたもの。それを作った人は、いずれ成長した君たちが危険に晒される時が来るかもしれないと予想していた、だからそれを残したんだ」
「意味がわからない!サフィラスが来てからこんな事になったんじゃないか!それとも僕たちが生きてることが迷惑な人でもいるって言うのかよ!?」
「そうだ」
「な!…なにそれ!!」
ウエンの今の態度に、マリウスは布団をはいで寝台から降りると、上目でにらみつけるようにして敵対心をあらわにした。
小さな身体を精一杯伸ばして前に出てくる。
兄を、彼は彼で守ろうとしているのだとウエンは思った。不審そうな眼差しが、ひとつもそらされることなく、小さな動作も見逃さないとばかりにこちらに向けられているからだ。そして、妹にどんな危害も加わらないようにと、彼女の動きも強く意識しているのがわかる。
彼らの強い警戒心の備えは、おそらく母親のしつけもあったのだろう。ウエン自身には、《大人を信じない、誰も信じない》その気持ちが彼ら兄弟に会った時から感じられていた。とくにこのマリウスはそうだ。サフィラスがニゲルをどうにかしようと内心でたくらんでいるとでも思っているのかもしれない。
それがもし親の教育であったならば、子供達を守る上では間違いなく正しい判断であったと言える。だが同時に、かつて魔法士であった自分と同じ彼女が、1人で子供達を抱えてそうする事しか出来なかったのだという事実が、ウエンの心を引きちぎらんばかりに悲しく、辛い気分にさせた。どうして仲間を頼らなかったのか。どうして自分達も助けられなかったのか。彼女の、愛する夫の無念を晴らしたい気持ちはわかるけれど、どう考えたって、1人で立ち向かえるわけがないのだ。
本当ならきっと、もっと自由に育てたかったに違いない。やりたい事を好きに学ばせたり、あるいは友達と沢山遊べる生活を、そしてゆくゆくはこの子達には目標に向かって歩む輝かしい人生を謳歌してほしいと。
しかしそれを叶える事は出来なかった。
愛する人と愛する子供達に囲まれて、当たり前に暮らすことはおろか、最愛の人をなくしてから、この3人の健気な愛し子達と生きる事さえ、困難になってしまったのだから。
「…マリウス、アーラちゃん。私は言ったはず。王様でもなんでもないと。君たちに危害を加えるつもりは全くないんだ。どうか安心してほしい」
「じゃあ、兄ちゃんをどこに連れていったのかおしえてよ」
「サフィラスと2人で話があるだけだよ」
「…僕たちには聞かせられないんだ」
「いや、そうではない」
「じゃあなんで!」
ウエンは返答に詰まって寝台から黙ってこちらのやりとりを見つめる女の子の方を見た。
兄の姿に、眼を見開いて固まっている。
その顔が、ウエンの視線を感じて、こちらを振り向いた。
「…わたし、みんなと仲良くしたい。けど…おにいちゃんと離れるのはいや…」
みるみるその声が震えて、小さくなる。
「ねぇ、サフィラスって人は兄ちゃんをどうするつもりなのさ?」
マリウスはウエンの足元によると、服を掴んで揺さぶってきた。
「僕たちはあの洞穴で暮らしてきたけど、それを不幸だと思ったりした事はない!たしかに大変だったし辛いけど、これからも大丈夫。だから、サフィラスって人が兄ちゃんを僕たちから離そうとしているなら、やめるように言ってほしい!!あの人が来てから、僕は不安なんだ!べつに3人で暮らせるなら、どこでだって暮らせる!大人になんか頼らなくっても!!」
「……」
ウエンは服を握りしめて俯くマリウスを、なぐさめることができない。
この兄弟がもしも離れ離れになる時が来たら。その時の追いすがる姿が脳裏に浮かんでくるようだった。
「僕たちは何もいらない。我慢もできる!だけど、離れ離れにさせるのはやめて…お母さんも居ないのに、にいちゃんが居なくなったら、僕1人でアーラとどうしたらいいんだよ!!」
「私やサフィラスが無理矢理離れ離れにさせると思うのかい?」
「…だってそうじゃないか!!にいちゃんにはすごい力があるんでしょ?だから、これからはみんなと普通に暮らせない!!それであの人が僕たちに聞かれたくない話をするために部屋の外に連れて行ったんじゃないか!!違うの!?」
マリウスはウエンを突き飛ばす勢いで腕を振り上げると、そんなの許さない!と叫んで行手を阻むウエンを押し退けた。
「どいてよ!どいてったら!」
しかしウエンはジタバタ騒ぐマリウスを両手に抱きしめると、部屋の外に出ないようにがっしりと引き止める。
「だめだ。2人は大事な話があるんだ。邪魔をしてはいけない」
「いやだ!!離して!!アーラ!!」
呼ばれたアーラがハッとして、寝台から降りる。
「アーラちゃん!ダメだ!ここにいなさい!」
思わず恫喝したその声に、彼女がついに泣き出した。
大粒の涙が次々と丸いほおを滑ってしゃくりあげている。
「これからはここでうちの子供達と暮らすんだ。もちろん、好きな事も学べるし、遊ぶ事もできる。望むなら学校にも通えるようにする。君たちを最大限不自由させないように私も努力するよ。ここに居るのが、マリウス、君たちにとっても1番良い選択なんだ」
「どこに居るのが良いかなんて、僕たちが決める事だ!勝手に決めないでよ!」
ボスボスと、ウエンの胴を拳で叩いては、叫んでいる。
退いて、離してと。
「マリウスッ!!お兄ちゃんが危険な目に遭い続けても!?君たちが死にかけても!?それでも同じことが言えるかい!?」
「え…!」
その言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けて、マリウスは凍りついてしまった。
「…な…なんで…。なんでなんだよ…」
目一杯見開かれた目が、真っ直ぐにウエンを見つめている。
「あの家に、なんども君たちを狙う人が来たはずだ。ニゲルの機転で君やアーラちゃんは、襲ってきた人に顔を見られてはいない。けれどもし、顔が知られていたら、君たちは死ぬまで追われていた事だろう」
「なんでそんな目に遭わなくちゃならないんだ!僕らはなんの悪い事もしてない!」
「そんな事は関係ないんだ!!」
低い怒鳴り声にアーラとマリウスはびくりと体を震わせた。
「君たちは自分の事を知らずに育った。それはお母さんが君たちを守ろうとしたから。けれどそれが通用する時期は終わったんだ。サフィラスをこんなに早く頼りにすることになるとは、お母さんも想定外だったろう。君たちの腕にはめられているその腕輪、聞いただろう?そのイウラの腕輪は持ち主の命を守る命がきざまれたもの。それを作った人は、いずれ成長した君たちが危険に晒される時が来るかもしれないと予想していた、だからそれを残したんだ」
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