最後の魔導師

蓮生

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第3章 エイレン城への道

ニス湖畔、アルカット城⑦

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「…?えっと…。すいせいじゅう?」

 すいせいじゅうとはなんだろう。
 おもわず首をかしげたニゲルは答えを求めてサフィラスを見上げる。

ドラゴンだよ」
 サフィラスはこちらを見下ろしてそう言った。

「ドラゴン…?って、もしかして、本に出てくるあのドラゴン!?」
「そうだよ。水の中に棲む巨大な水竜だ」

「うそだ!!本当に!?本当にいるの!?うそでしょ!サフィラス見たことあるの!?」
「はは。見たことはあるよ。一度だけね」
 サフィラスも遠い目で湖をながめている。

 ニゲルは笑いがこみ上げてきて、アラン様に興味津々きょうみしんしんのきらきらした眼差まなざしをむけていた。

「すごい!!すごいよ!!僕も会ってみたい!!本の中の作り話だと思ってた!!まさか本当にいるなんて!!」
 うずうずしてたまらない。こうなればぜひともドラゴンを見なければ!!
 そんな思いに駆られて熱がまだ下がり切っていないのも忘れて、水辺みずべに走った。

「呼んだら出てきてくれるかな!?」

「ははは。ドラゴンに会いたいなんて言うやつはこの城にもそうそう居ないぞ」
「なんで?もったいない!僕だったら毎日会いたいよ!!」
「恐れを知らないやつだな。本当にヴェントにそっくりだ。…そんなにさわいで呼んだって来ないぞ」

 アラン様はオーイ!と湖へ向かって叫ぶニゲルに楽しそうに笑うと、長細い筒状つつじょうの飾りが下がっている首飾りを襟元えりもとからとり出してはずした。

「これをニゲルにやろう」

 差し出された手のひらの上には、皮ひもに通されたにぶい銀色のちいさな金属製の輪に、少し黄みがかった、動物の歯のような細長いものが取り付けられていた。

 長さはニゲルの中指よりももう少し長いくらいだ。

「? なに…、なんですかこれ?」

「これは、竜の歯だよ」

「え!!」

「竜の歯は成長と共に生え変わるようでな。抜けたものはこうしてお守りとして使うのだ。そうはいっても、私も持っているのはこれが最後だ。…肌身離はだみはなさず持っていると良い。ドラゴンの加護かごすごいのだぞ」

「…そんな大事なもの…僕、もらえません…」

 しかしアラン様はフルフルと首を横にふるニゲルを見つめてこう言った。

「いや、私がニゲルに持っていてもらいたいのだ。どうか受け取ってくれ」

「でも…。どうして…」

「…私は表では王に逆らえぬ立場だ。…しかし、王侯貴族おうこうきぞくがやっていることを容認ようにんしているわけではない。決して良いとは思っていないのだ。ここに居るサフィラス以外にも、我が城に数人の魔法士をかくまっている。国が彼らにどんな仕打ちをしてきたのかも、知っている。君の両親にも…。だが、私は君たちの敵ではない。君たちを害する気持ちもない。同じ人間、同じ目的を持った、国を守りたいという同じ意思をもった仲間だ。それを知ってほしいのだ」

「…アラン様」
 ニゲルはあらためて首飾りを見つめた。

 受け取ることはとにかく畏れ多くて遠慮えんりょしたかったけど、一つしかない大事なものをニゲルに渡したいという気持ちはきっと、よっぽどの思いがなければ無理なことだと感じた。
 自分だったら、できるだろうか。
 いやきっと、できないだろう。

 ましてや、ドラゴンの一部だ。

 価値も相当なのではないか。場合によっては、大金に変えられるものかもしれない。

 けど、そんな大切なものを、この自分に差し出してくれたのだ。

 なにも、まともなお返しすらできないこんな自分に…。


「ありがとうございます…。でも僕、お返しが…その、何もなくて…」

「そんな事は気にしないでくれ。ドラゴンは時に魔法もはね返すほどの強力な身体を持っている。いまや手に入れるすべはないが、ウロコや歯を身に着ければ、身に着けた者の身体を守ってくれるという言い伝えがある。ニゲル…お前がサフィラスと共にアオガンに追われていることは聞いた。アオガン自身は二度と魔法をあつかえぬが、配下はいかにひそかに魔法士をしたがえている。魔法士には、奴に協力するものもいるという事だ。…気を付けろ」

 ニゲルはしっかりとうなずいた。

「はい…ありがとうございます。大切にします」
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