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第3章 エイレン城への道
かれを守る者 ③
しおりを挟む再び医務室で目を覚ましたニゲルは、最初自分がどこにいるか分からなかった。
暗い部屋で横たわっていた身体の右側にある暖炉と、小さな机に置かれたロウソクの燭台の明かりが、扉の位置や備え付けのたな、医術師が使う備品の位置を教えてくれていて、それで初めて、自分が今朝寝ていた医務室だと気づいたのだ。
左にふっと顔を向けると、見慣れた横顔が目に入っておどろく。
今朝目覚めた時と違って、傍に置かれた椅子にサフィラスが座っている。
静かに座って、暗がりの中でも分かる…すこし疲れたような表情でニゲルの顔を真顔で見つめていた。
ほかに誰もいないし、誰かが入ってくるとも思えない雰囲気だった。
「あ…」
声もかすれて出ない。
あわてて起き上がろうとして、横を向くと、なんだか胸がむかむかしてきて気持ち悪い。
「う…」
(吐きそう!)
つばを飲み込んで、なんとか落ち着かせる。
のどから上がってくる吐き気は完全にはおさまらなかったが、サフィラスが見つめる中、力の入らない上半身を起こして寝台の背もたれに背をあずける。
「…湖の水を、沢山飲んでいた…。ある程度は吐かせたが、今は安静にしていないといけない」
そういったサフィラスの顔は、こわばっていて、この薄暗い部屋の中でもわかるほど青白い。
明らかに、いつものサフィラスではない。
真正面から師匠の顔を見るのが怖くなる。
ニゲルは気まずさをごまかすようにつぶやいた。
「勝手なことしてごめんなさい…」
怒っているのだと、表情を見て分かった。
実際、いつもなにかと先回りしてくれて優しい事をしてくれるのに、自力で起き上がったニゲルを気遣いもせず、少しも介抱してくれる気が無いことが、怒っていることを雄弁に語っていた。
情けなくなって、シインとした薄暗い部屋でもニゲルの視界はうるんでぼやけてくる。
自分は本当にばかだ。
「…時には、そうやって謝っても済まないことがある」
「…!」
その冷たい、きびしい一言が、優しい言葉をかけてくれるはずという、わずかばかりの期待をしたニゲルの胸に突き刺さった。
けれど。
「でも、本当に…。…ごめんなさい」
言い訳したくないのに、言い訳をしたくて口がもごもごと動いてはしゃべりだそうとする。
「あの…あの、僕」
そんな弟子に呆れたのか愛想が尽きたのか、堪忍袋の緒が切れたのか…サフィラスは聞いたこともないような低い声で、ニゲルを一喝した。
「忠告したはず…お前は私のいう事が聞けないのかッ!!」
あまりの剣幕にひゅっと息をのんだニゲルは、ふるえる声でもう一度謝った。
「ご…ごめんなさいッ!!二度としない!!」
しかしサフィラスは容赦がなかった。
「二度と…!?あんなことをしたら二度目はないぞ…普通は死んでいる!!腕輪があったから助かっただけだ!!」
「でも、でも…!ドラゴンは僕に会ってくれたんだ!目だって合ったし…それに」
——バシンッ!!
(え…?)
乾いた音が耳元でひびく。
左のほおを打つ衝撃に、ニゲルの身体はぐらりとかしいで掛け布の上に倒れるように沈んだ。
おろおろと揺れる瞳でサフィラスを見上げる。
同時に、おどろいてふるえる指でほおを押さえた。
「い…た…」
じんじんとした熱が、ほおに集まっている。
あとからじわじわ痛みが広がってきた。
(…僕、ぶたれた…?)
サフィラスは椅子から立ち上がってニゲルのほおを叩いた右手をそのままに、怒りを浮かべて固まっていた。
「…よくもそんな自分勝手なことを…!」
ぶるぶるとふるえる握りこぶしを作ると、慄くニゲルを見下ろしてサフィラスは憤怒の形相で叫んだ。
「お前は死ぬところだったんだぞッ!!安易なその考えのせいで!!私がどれだけ心配したと思っているッ!!」
日頃穏やかなサフィラスが血相を変えて叫ぶ姿に、ニゲルは一言も言いだすことが出来なかった。
ただ、涙が出る。
言い訳なんて、出来るわけがない。
こんなに心配させて、怒り散らすサフィラスを見て、自分はこの人に家族のようにとても大切にされているのだという事が胸を締め付けた。だれかにこんなに怒られることが、こんなに想ってもらえることが、胸がつぶれるほど苦しい。
「…うっ…ぐ…うぅッ…」
ずるずると鼻をすすりながら、みっともなく顔をゆがめた。
「ごめ……さ、い…!」
「もう一度こんなことをしてみろ!!死んでも許さないぞ!!いいなッ!?」
「はい…!はい…!!」
こくこくと頷いて大声で答えると、ぼろぼろ涙のこぼれる目をこする。
もう絶対しない。
もう絶対しちゃいけない。
サフィラスはホッとしたのか、声を上げて泣くニゲルの頭をぎこちなく抱えると、今度は言い聞かせるようにゆっくりとしゃべった。
「…もうイウラの腕輪の3つの石のうち、2つが砕けた。あと1回しか、使えないぞ。いいか?残り1回だ。それを肝に銘じて、絶対に忘れるんじゃない。なによりも自分の命を大切にするんだ」
「わかった…忘れない…」
ニゲルはこくりと腕の中でうなずくと、しばらくサフィラスのなすがままに、自分の身体を預けていた。
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