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第3章 エイレン城への道
本を開く者③
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***
“…サ……ス…”
“…サ……ラ…ス…”
何度も何度も頭の中に響いてくるか細い声に、ついにサフィラスは目を開いた。
(だれだ…)
最初は誰かが廊下で会話している声かと思った。けれど、目が覚めて、どうやらこの部屋の中から聞こえると気づいたのだ。
無骨な石造りの天井も見えないくらいの暗闇の中、瞼を開ければ、部屋のすみで何か玉のような小さな光がぼんやりと浮かんでいるのに気づく。
吸い寄せられるように瞳は光の玉をとらえていた。
(…なんだ?)
声はそこから聞こえるようだ。
耳に入る声のトーンからは、害意は感じられない。
それに…。
なんだか、聞き覚えのある…?
(いや、この声は…)
そうだ、昔は良く聞いた声。
低くて、すこし掠れたような優しい声色。
穏やかで、春の日差しのような、ほっとするような温かみのあるーーー、これは彼の声だ。
ガバリと起き上がると、静まり返った部屋の中、耳をすまし、気配を探る。
いや、おかしい。
彼の声がするわけがないではないか。
では一体あの光の玉は、だれが?
誰かの伝言だろうか?
まさか。
そんなはずはない。
ここにいる事はウエンとスマルしか知らないはず。彼らの伝言なら、別の方法だ。
サフィラスは妙な胸騒ぎがして眉をしかめると、光の玉から目をそらさず、寝台から素早く降りて壁にかけていた黒いローブをまとった。
「…!?」
すると突然、見計らったかのように、光の玉が大きく弾けたのである。
ブゥンという不快な音がしたかと思うと、風が巻き上がる。
と同時に、ドォン!と身体に見えない衝撃が打ち当たった。
「…く…っ!」
体当たりのような力を受けてぐらりとかしいだ身体は、なんとか足を踏ん張った。
これは思念波だ。
それも、大きな思念波。
だれがこんなものを…。
ぐっと顔を上げて、光の方を睨む。
こんな芸当ができるのは、相当な手練れだ。
魔法士でも、思念を残すことなどそうそう出来はしない。
嫌な予感がよぎって、身体は身構えていた。
しかし、サフィラスの予想に反して、信じられないような…驚く事が起きていたのである。
“サフィラス…わたしだ…”
「…は!?」
この時、弾けた光はまるで奇跡でも起こしたかのような光景をサフィラスに見せていた。
そう。目の前に、昔のままの彼が、こちらを見て微笑んでいたのだ。
傷一つなく。
あの時のまま。
キラキラとしたダイヤモンドダストのような光の中、ぼんやりと青白く発光する長身のがっしりした身体が、信じられないほどサフィラスの近くに立って、いつものように笑みを浮かべている。
トレードマークだった、小麦色に輝くうねった長髪を、後ろで束ねて。
そして右腕にはイウラの腕輪、額には白金のように輝くサークレット。眉間あたりにウーレトリアの紋章が輝く、まるで威厳ある王冠のようなサークレットだ。
見間違えようがない。
彼だ。
「ヴェント…!!」
信じられなかった。
言葉を発した唇は、震えた。
彼は、茶色い、いつもぼろぼろの使い古して薄汚れたローブを羽織っていた。そして、質素でごわついたシャツに、簡素な黒いパンツ。
本当なら何もかも、もっと質の良い物を着れたはずなのに、いつだってそれを望まない素朴な人だったのだ。
自分の知る彼そのものが、目の前に立っている。
あまりにも、我が目を疑うほど信じられない事であった。
「……まさか…なんて、ことだ…」
あまりの驚きに、固まったまま、サフィラスは動けなかった。
“サフィラス…本が目覚めた…息子を頼む”
「お、おい!!本だと??なんの!?」
“2人息子がいるんだが、…どちらの子がそうか、分からない”
「ヴェント…本当におまえがこれを残したのか…?」
良く見れば、彼は自分を見ているようで見ていない。
決して視線が合う事もなければ、意思の疎通も出来ないのだ。これは単なる思念だから。
彼はもう、この世にいないのだから。
“…どちらの子か分からないが、アルカット城に本を預けてある。次代のライダーになる息子を助けてくれ。お前にしか頼めない…すまない…”
「…あぁ、ライダー…やはりそうか…」
ニゲルがそうなんだな、そう小さく呟きながら、サフィラスは目の前が濡れる瞳で潤み、胸が締め付けられていた。
この声は彼には届かないのだ。
けれど、懐かしくて、気づいたら、涙が流れていた。彼は結局、こうなる事を予想していたのだ。
だから生前、誰にも言わずにこうして本に魔法をかけた。
彼が魔法をかけたなら、あの本は自分には開きようがないのもうなずける。なぜなら、他の誰でもない、彼の本だからだ。
彼が自ら渡すべく人が現れるまで、決して他人の手には渡らないのだ。
でも、どうして、彼の息子がライダーになると分かっていたのだろうか。
もう少し、もう少しだけ、話がしたい。
「ヴェント…ルシエを、助けてやれず…すまなかった。ずっと謝りたかった…本当にすまない」
“…サフィラス、じゃあな”
「…ま、待ってくれッ!!ヴェント!!」
ハッとして姿に駆け寄るが、何を掴めるわけもなく、伸ばした腕と指先は空を掻いてヴェントの身体を通り抜けた。
そしてブゥン!とまた音がすると、叫びもむなしく、何事もなかったかのように部屋には静寂と暗闇が訪れた。
彼はもう、消えていた。
何も残さずに。
何の未練もないかのように。
“…サ……ス…”
“…サ……ラ…ス…”
何度も何度も頭の中に響いてくるか細い声に、ついにサフィラスは目を開いた。
(だれだ…)
最初は誰かが廊下で会話している声かと思った。けれど、目が覚めて、どうやらこの部屋の中から聞こえると気づいたのだ。
無骨な石造りの天井も見えないくらいの暗闇の中、瞼を開ければ、部屋のすみで何か玉のような小さな光がぼんやりと浮かんでいるのに気づく。
吸い寄せられるように瞳は光の玉をとらえていた。
(…なんだ?)
声はそこから聞こえるようだ。
耳に入る声のトーンからは、害意は感じられない。
それに…。
なんだか、聞き覚えのある…?
(いや、この声は…)
そうだ、昔は良く聞いた声。
低くて、すこし掠れたような優しい声色。
穏やかで、春の日差しのような、ほっとするような温かみのあるーーー、これは彼の声だ。
ガバリと起き上がると、静まり返った部屋の中、耳をすまし、気配を探る。
いや、おかしい。
彼の声がするわけがないではないか。
では一体あの光の玉は、だれが?
誰かの伝言だろうか?
まさか。
そんなはずはない。
ここにいる事はウエンとスマルしか知らないはず。彼らの伝言なら、別の方法だ。
サフィラスは妙な胸騒ぎがして眉をしかめると、光の玉から目をそらさず、寝台から素早く降りて壁にかけていた黒いローブをまとった。
「…!?」
すると突然、見計らったかのように、光の玉が大きく弾けたのである。
ブゥンという不快な音がしたかと思うと、風が巻き上がる。
と同時に、ドォン!と身体に見えない衝撃が打ち当たった。
「…く…っ!」
体当たりのような力を受けてぐらりとかしいだ身体は、なんとか足を踏ん張った。
これは思念波だ。
それも、大きな思念波。
だれがこんなものを…。
ぐっと顔を上げて、光の方を睨む。
こんな芸当ができるのは、相当な手練れだ。
魔法士でも、思念を残すことなどそうそう出来はしない。
嫌な予感がよぎって、身体は身構えていた。
しかし、サフィラスの予想に反して、信じられないような…驚く事が起きていたのである。
“サフィラス…わたしだ…”
「…は!?」
この時、弾けた光はまるで奇跡でも起こしたかのような光景をサフィラスに見せていた。
そう。目の前に、昔のままの彼が、こちらを見て微笑んでいたのだ。
傷一つなく。
あの時のまま。
キラキラとしたダイヤモンドダストのような光の中、ぼんやりと青白く発光する長身のがっしりした身体が、信じられないほどサフィラスの近くに立って、いつものように笑みを浮かべている。
トレードマークだった、小麦色に輝くうねった長髪を、後ろで束ねて。
そして右腕にはイウラの腕輪、額には白金のように輝くサークレット。眉間あたりにウーレトリアの紋章が輝く、まるで威厳ある王冠のようなサークレットだ。
見間違えようがない。
彼だ。
「ヴェント…!!」
信じられなかった。
言葉を発した唇は、震えた。
彼は、茶色い、いつもぼろぼろの使い古して薄汚れたローブを羽織っていた。そして、質素でごわついたシャツに、簡素な黒いパンツ。
本当なら何もかも、もっと質の良い物を着れたはずなのに、いつだってそれを望まない素朴な人だったのだ。
自分の知る彼そのものが、目の前に立っている。
あまりにも、我が目を疑うほど信じられない事であった。
「……まさか…なんて、ことだ…」
あまりの驚きに、固まったまま、サフィラスは動けなかった。
“サフィラス…本が目覚めた…息子を頼む”
「お、おい!!本だと??なんの!?」
“2人息子がいるんだが、…どちらの子がそうか、分からない”
「ヴェント…本当におまえがこれを残したのか…?」
良く見れば、彼は自分を見ているようで見ていない。
決して視線が合う事もなければ、意思の疎通も出来ないのだ。これは単なる思念だから。
彼はもう、この世にいないのだから。
“…どちらの子か分からないが、アルカット城に本を預けてある。次代のライダーになる息子を助けてくれ。お前にしか頼めない…すまない…”
「…あぁ、ライダー…やはりそうか…」
ニゲルがそうなんだな、そう小さく呟きながら、サフィラスは目の前が濡れる瞳で潤み、胸が締め付けられていた。
この声は彼には届かないのだ。
けれど、懐かしくて、気づいたら、涙が流れていた。彼は結局、こうなる事を予想していたのだ。
だから生前、誰にも言わずにこうして本に魔法をかけた。
彼が魔法をかけたなら、あの本は自分には開きようがないのもうなずける。なぜなら、他の誰でもない、彼の本だからだ。
彼が自ら渡すべく人が現れるまで、決して他人の手には渡らないのだ。
でも、どうして、彼の息子がライダーになると分かっていたのだろうか。
もう少し、もう少しだけ、話がしたい。
「ヴェント…ルシエを、助けてやれず…すまなかった。ずっと謝りたかった…本当にすまない」
“…サフィラス、じゃあな”
「…ま、待ってくれッ!!ヴェント!!」
ハッとして姿に駆け寄るが、何を掴めるわけもなく、伸ばした腕と指先は空を掻いてヴェントの身体を通り抜けた。
そしてブゥン!とまた音がすると、叫びもむなしく、何事もなかったかのように部屋には静寂と暗闇が訪れた。
彼はもう、消えていた。
何も残さずに。
何の未練もないかのように。
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