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54.望む以上のもの
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午後になると、私はすることもなく部屋の中で大人しく過ごすことにした。
ここ数ヶ月のことが嘘のように、穏やかで久々に退屈さを感じるほどだった。
夕刻になれば仕事や明日の準備諸々を終えたジェイクが屋敷に迎えに来てくれた。
「指輪も丁度サイズがあって準備できたそうだ」
帰り道、明日の婚約式に必要になるものについて、準備ができたことを説明してくれた。
今は明日、婚約式を行う教会を見に行こうと誘われ、向かっているところだ。
婚約式、そしていずれ結婚式を行う教会は、騎士宿舎と同じ区画にあり、宿舎からは通り一つ隔てた場所にある。
古いけれど割と綺麗な建物で、結構歴史のある教会らしい。
私たちが教会に着いた時には、傾いた陽が教会の十字架を照らし、凄く幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「…綺麗」
教会の前に佇み、思わずそう零した私の肩をジェイクがそっと抱き寄せる。
ドキッとして彼を見上げると、彼は優しい笑顔を浮かべ私を見下ろしてくる。
「中に入ってみようか」
驚いた私が「いいの?」と問うと、彼は当たり前のように「教会だからな。勝手に入ったなんて文句を言われたりはしない」と返してくる。
こんなところにきてまた、元いた国との違いを実感する。
少なくとも私の知る教会は、常時開放などされていなかった。
平和な時代だからこそなのかもしれないけれど、そうそう懺悔に訪れたり、助けを求める人が訪れることもなかったからなのだろう。
彼に促され教会の中へ足を踏み入れる。
奥まで進むと、ステンドグラスからキラキラと太陽の光が舞い落ちていた。
その情景に見惚れていると、後ろからジェイクに「ルイーズ」と呼びかけられた。
振り返った私の目の前に、突然彼が跪く。
驚いて声も出せない私の手を、彼がそっと掬い上げる。
「ルイーズ。色々順番が狂ってしまったけれど…。俺は出逢ってからずっとルイーズのことが好きだった。これから先、ずっと、何があっても傍にいてルイーズを愛し、守っていく。俺と結婚して欲しい」
指先にそっと口付けが落ちる。
私は震え出してしまった口元を残された手で覆い、震える声を絞り出した。
「はい。喜んで」
言って微笑んだつもりが、目尻から涙が落ちる。
結婚することは決定事項で、想いも伝えられていた。
けれど改めてこうして求婚してもらえるとは思っていなかった。
セレスやお母様には、ちゃんとしてもらえと言われたけれど、これ以上を求める気などなかったのに。
彼は気に掛けてくれていたのだと思うと、更に喜びが増す。
立ち上がった彼が、私の頬に手を添え、頬を伝う涙を親指で撫でる。
「ルイーズ、愛してる」
愛しげに見つめる彼の瞳が近付いて──
目を閉じた私の唇に柔らかな感触が触れた。
想いが通じた確かな証を残すように触れられた唇がゆっくりと離れていく。
ゆっくりと目を開くと、差し込む光を浴び、この上ない幸せを表すような彼の笑顔があった。
つられて私も笑みを零す。
本当に──なんて幸せなんだろう。
「ジェイク。私も貴方を愛しています」
誰もいない教会で、私たちは確かな愛を誓い合った。
婚約式には、お父様が立会人として来てくださり、私たちは誓約書にサインをし、婚約の品を交わし合った。
彼から私には指輪を。
私から彼には小刀を。
これで晴れて婚約は成立した。
後は屋敷の用意が整い次第、そちらへ移り彼との生活が始まる。
それまでは、今のまま宿に留まり、私は日中モーティマー邸へ、彼は仕事へと出かける。
そうして私たちは屋敷の用意が整うまでの2週間弱を、平穏に過ごした。
「奥様、お待ちしておりました。お部屋をご案内いたします」
用意された屋敷に案内された私は、既に荷物整理のために屋敷に入っていたエマに迎えられた。
ジェイクは仕事に行っていて、今日に限ってはモーティマー家の私兵を護衛につけていただいている。
「お、おくっ──」
突然の奥様呼びに、思わずついて出た声に、エマはにっこり笑って返してくる。
「本日よりこちらでご一緒に暮らされるのですし、来月には婚姻も結ばれます。奥様とお呼びして何の支障もございませんでしょう」
「そ、そうかもしれないけど…」
なんとも気恥ずかしく、私ははっきりしない返事を返してしまう。
けれど、エマはそんな私にはお構いなしに、どんどんと屋敷内を案内するために先導していく。
「こちらが奥様のお部屋で、この隣の…こちらのお部屋がご夫婦の主寝室になっています。こちらはそれぞれのお部屋から──」
当たり前のように説明される言葉に、一つ一つ初心な反応を返してしまい、その度エマに笑われる。
けれど、夫婦の寝室だとか言われると、本当にこれから一緒に暮らすのだ、結婚するのだということを改めて実感して、くすぐったくもあり、恥ずかしくもある。
顔を赤らめ、頬を両手で包み、恥ずかしさをおしながらエマの後をついて行く。
「こちらが客室で…。早速今日の午後にはお客様がお見えになるとのことですので、お迎えの準備をしておきます。奥様もお心算をお願いします」
唐突にそう言われて、急に目の前の現実に引き戻される。
「え?お客様?」
「はい。事の決着がつきましたので、ご報告がてらお屋敷を見に来られると、王太子殿下、リアム様、騎士団長以下騎士隊長様方が旦那様と一緒にお見えになると、先ほど連絡がございました」
「ちょっ、ありえない──」
エマのありえない報告に、頭がくらくらしてくる。
確かにお屋敷は殿下から賜ったものだけれど、なぜ、この錚々たるメンバーで、一庶民の屋敷を訪れるのか。
というか、色々全部つっこんでもいいかなぁ。
はうっ──。
ため息ともつかない息が漏れた私に、エマが苦笑いを浮かべ諭すように言葉を紡ぐ。
「諦めてくださいまし、奥様。言うなれば、王太子殿下は旦那様と奥様の御仲人のようなもの。護衛もたっぷりついておりますから、お断りのしようもないのですよ」
エマの言葉に今度こそ本当にため息が漏れる。
確かに…強制的に取り持たれましたよ。
感謝もしています。
けど、だからこそ恥ずかしいのに!
結局、ああだこうだ言ったところで、あの殿下が来ると仰っているのだから、心算をするしかない。
私は「分かったわ」とエマに頷いて、その時を待つことにした。
午後になり、予定通り殿下以下7名とジェイクが客間へと顔を揃えた。
王宮で顔を合わせた時と同じように、殿下とリアム様、騎士団長と私がソファに腰掛け、隊長方とジェイクは騎士団長の後背へ並び立った。
「どうだクロフォード夫人、屋敷は気に入ってもらえただろうか」
またしても呼ばれ慣れぬ呼び方をされ、噎せそうになる。
「はい。大変立派なお屋敷を用意していただき、ありがとうございます」
なんとか礼を述べるけれど、視界の隅に入るジェイクの顔も赤く染まっていて、私も頬に熱がのぼっているのを感じて俯いてしまう。
「さて、なんとも初々しくて揶揄いたくはあるが、これくらいにして報告を聞こうか」
私たちの様子を可笑しそうに眺めてから、殿下は騎士団長へと報告を促した。
それを受けて、なんとも楽しそうにしていた騎士団の面々の雰囲気が一気に引き締まる。
「では、ご報告いたします。傷を負っていた2名ですが、順調に回復し、詳細な供述を得ることができました」
言って、騎士団長はエディ隊長へと報告を引き継ぐ。
「イアンはやはりハンコック卿や他の者には、殿下を殺害した後、王女殿下を担ぎ上げ、都合の良い王配を送り込むというように言っていたそうです。ただ、斬りつけられた2人だけは、問題が生じた際にはハンコック卿その他を切り捨てる旨指示されており、それについては、破棄するよう指示された書面を隠し持っておりました。当人たち曰く、ハンコック卿でさえ切り捨てられるのであれば、いずれ自分たちもという危機感があり、書面を隠し持っていたそうで、恐らくイアンは最初から全てを捨て駒にして、自分は身を呈して殿下をお救いしたという形で上手く取り入ってから、機を窺って寝首を搔こうとしていたのではないかとの証言を得ております」
エディ隊長の言葉に、殿下は「なるほど」と短く返すと、騎士団長へ視線を向け、改めて確認を取る。
「では、証拠は既に手に入れているのだな?」
ここ数ヶ月のことが嘘のように、穏やかで久々に退屈さを感じるほどだった。
夕刻になれば仕事や明日の準備諸々を終えたジェイクが屋敷に迎えに来てくれた。
「指輪も丁度サイズがあって準備できたそうだ」
帰り道、明日の婚約式に必要になるものについて、準備ができたことを説明してくれた。
今は明日、婚約式を行う教会を見に行こうと誘われ、向かっているところだ。
婚約式、そしていずれ結婚式を行う教会は、騎士宿舎と同じ区画にあり、宿舎からは通り一つ隔てた場所にある。
古いけれど割と綺麗な建物で、結構歴史のある教会らしい。
私たちが教会に着いた時には、傾いた陽が教会の十字架を照らし、凄く幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「…綺麗」
教会の前に佇み、思わずそう零した私の肩をジェイクがそっと抱き寄せる。
ドキッとして彼を見上げると、彼は優しい笑顔を浮かべ私を見下ろしてくる。
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驚いた私が「いいの?」と問うと、彼は当たり前のように「教会だからな。勝手に入ったなんて文句を言われたりはしない」と返してくる。
こんなところにきてまた、元いた国との違いを実感する。
少なくとも私の知る教会は、常時開放などされていなかった。
平和な時代だからこそなのかもしれないけれど、そうそう懺悔に訪れたり、助けを求める人が訪れることもなかったからなのだろう。
彼に促され教会の中へ足を踏み入れる。
奥まで進むと、ステンドグラスからキラキラと太陽の光が舞い落ちていた。
その情景に見惚れていると、後ろからジェイクに「ルイーズ」と呼びかけられた。
振り返った私の目の前に、突然彼が跪く。
驚いて声も出せない私の手を、彼がそっと掬い上げる。
「ルイーズ。色々順番が狂ってしまったけれど…。俺は出逢ってからずっとルイーズのことが好きだった。これから先、ずっと、何があっても傍にいてルイーズを愛し、守っていく。俺と結婚して欲しい」
指先にそっと口付けが落ちる。
私は震え出してしまった口元を残された手で覆い、震える声を絞り出した。
「はい。喜んで」
言って微笑んだつもりが、目尻から涙が落ちる。
結婚することは決定事項で、想いも伝えられていた。
けれど改めてこうして求婚してもらえるとは思っていなかった。
セレスやお母様には、ちゃんとしてもらえと言われたけれど、これ以上を求める気などなかったのに。
彼は気に掛けてくれていたのだと思うと、更に喜びが増す。
立ち上がった彼が、私の頬に手を添え、頬を伝う涙を親指で撫でる。
「ルイーズ、愛してる」
愛しげに見つめる彼の瞳が近付いて──
目を閉じた私の唇に柔らかな感触が触れた。
想いが通じた確かな証を残すように触れられた唇がゆっくりと離れていく。
ゆっくりと目を開くと、差し込む光を浴び、この上ない幸せを表すような彼の笑顔があった。
つられて私も笑みを零す。
本当に──なんて幸せなんだろう。
「ジェイク。私も貴方を愛しています」
誰もいない教会で、私たちは確かな愛を誓い合った。
婚約式には、お父様が立会人として来てくださり、私たちは誓約書にサインをし、婚約の品を交わし合った。
彼から私には指輪を。
私から彼には小刀を。
これで晴れて婚約は成立した。
後は屋敷の用意が整い次第、そちらへ移り彼との生活が始まる。
それまでは、今のまま宿に留まり、私は日中モーティマー邸へ、彼は仕事へと出かける。
そうして私たちは屋敷の用意が整うまでの2週間弱を、平穏に過ごした。
「奥様、お待ちしておりました。お部屋をご案内いたします」
用意された屋敷に案内された私は、既に荷物整理のために屋敷に入っていたエマに迎えられた。
ジェイクは仕事に行っていて、今日に限ってはモーティマー家の私兵を護衛につけていただいている。
「お、おくっ──」
突然の奥様呼びに、思わずついて出た声に、エマはにっこり笑って返してくる。
「本日よりこちらでご一緒に暮らされるのですし、来月には婚姻も結ばれます。奥様とお呼びして何の支障もございませんでしょう」
「そ、そうかもしれないけど…」
なんとも気恥ずかしく、私ははっきりしない返事を返してしまう。
けれど、エマはそんな私にはお構いなしに、どんどんと屋敷内を案内するために先導していく。
「こちらが奥様のお部屋で、この隣の…こちらのお部屋がご夫婦の主寝室になっています。こちらはそれぞれのお部屋から──」
当たり前のように説明される言葉に、一つ一つ初心な反応を返してしまい、その度エマに笑われる。
けれど、夫婦の寝室だとか言われると、本当にこれから一緒に暮らすのだ、結婚するのだということを改めて実感して、くすぐったくもあり、恥ずかしくもある。
顔を赤らめ、頬を両手で包み、恥ずかしさをおしながらエマの後をついて行く。
「こちらが客室で…。早速今日の午後にはお客様がお見えになるとのことですので、お迎えの準備をしておきます。奥様もお心算をお願いします」
唐突にそう言われて、急に目の前の現実に引き戻される。
「え?お客様?」
「はい。事の決着がつきましたので、ご報告がてらお屋敷を見に来られると、王太子殿下、リアム様、騎士団長以下騎士隊長様方が旦那様と一緒にお見えになると、先ほど連絡がございました」
「ちょっ、ありえない──」
エマのありえない報告に、頭がくらくらしてくる。
確かにお屋敷は殿下から賜ったものだけれど、なぜ、この錚々たるメンバーで、一庶民の屋敷を訪れるのか。
というか、色々全部つっこんでもいいかなぁ。
はうっ──。
ため息ともつかない息が漏れた私に、エマが苦笑いを浮かべ諭すように言葉を紡ぐ。
「諦めてくださいまし、奥様。言うなれば、王太子殿下は旦那様と奥様の御仲人のようなもの。護衛もたっぷりついておりますから、お断りのしようもないのですよ」
エマの言葉に今度こそ本当にため息が漏れる。
確かに…強制的に取り持たれましたよ。
感謝もしています。
けど、だからこそ恥ずかしいのに!
結局、ああだこうだ言ったところで、あの殿下が来ると仰っているのだから、心算をするしかない。
私は「分かったわ」とエマに頷いて、その時を待つことにした。
午後になり、予定通り殿下以下7名とジェイクが客間へと顔を揃えた。
王宮で顔を合わせた時と同じように、殿下とリアム様、騎士団長と私がソファに腰掛け、隊長方とジェイクは騎士団長の後背へ並び立った。
「どうだクロフォード夫人、屋敷は気に入ってもらえただろうか」
またしても呼ばれ慣れぬ呼び方をされ、噎せそうになる。
「はい。大変立派なお屋敷を用意していただき、ありがとうございます」
なんとか礼を述べるけれど、視界の隅に入るジェイクの顔も赤く染まっていて、私も頬に熱がのぼっているのを感じて俯いてしまう。
「さて、なんとも初々しくて揶揄いたくはあるが、これくらいにして報告を聞こうか」
私たちの様子を可笑しそうに眺めてから、殿下は騎士団長へと報告を促した。
それを受けて、なんとも楽しそうにしていた騎士団の面々の雰囲気が一気に引き締まる。
「では、ご報告いたします。傷を負っていた2名ですが、順調に回復し、詳細な供述を得ることができました」
言って、騎士団長はエディ隊長へと報告を引き継ぐ。
「イアンはやはりハンコック卿や他の者には、殿下を殺害した後、王女殿下を担ぎ上げ、都合の良い王配を送り込むというように言っていたそうです。ただ、斬りつけられた2人だけは、問題が生じた際にはハンコック卿その他を切り捨てる旨指示されており、それについては、破棄するよう指示された書面を隠し持っておりました。当人たち曰く、ハンコック卿でさえ切り捨てられるのであれば、いずれ自分たちもという危機感があり、書面を隠し持っていたそうで、恐らくイアンは最初から全てを捨て駒にして、自分は身を呈して殿下をお救いしたという形で上手く取り入ってから、機を窺って寝首を搔こうとしていたのではないかとの証言を得ております」
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