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第三話「街は大騒ぎ!」
第三話「街は大騒ぎ!」1
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結局リリーは本を元に戻すことができず、そのまま持ち帰ることにした。詳しく読み返せばまた新しいことが見つかるかも、とリリーは言っていた。私は読めないのでそれを願うしかない。
本からこぼれ落ちたしおりは学校まで持ってきたので私の胸のポケットに入っている。
魔法使い。
私たちが知った事実は、あの本が真実だとすれば、魔法使いという魔法を使える人々が存在していたということだ。
彼らが自由に使えるその不思議な能力のほんの一部を、魔法石という鉱石を替わりに使うことで誰でも使えるように改造したものが、私たちの知っている魔法、というのだ。
カルミナが魔法使いだ、という証拠はどこにもない。むしろ彼は私たちと同じくらいの年齢だ。魔法石による魔法でさえ知らない私たちと見た目が同じなのに、さらに古い魔法使いだなんてとてもじゃないけど思えない。
しかし、あの日、機械ネズミと会話をしていた彼は一体なんだったのだろう。少なくとも彼は自分の意志でネズミたちを操っていたかのようだった。
学校で、彼を一日観察してみたけれど特に変わったところがあるように見えなかった。
滅多にいない転校生だからというのと、彼自身は物静かで積極的にコミュニケーションを取りそうに見えないので、クラスメイトもどう対応していいのか距離をつかみ損ねているみたいだった。
それどころか、まるで私たちと何年も一緒にいたかのように当たり前の顔で座っている。
何の情報も得られないまま放課後になって、私はリリーと一緒にいた。
すっかり打ち解けた、とまではいかないまでも私とリリーは同じ、魔法を知るという目的を持っているというだけで仲が良くなったような気がしていた。
二人きりの教室で、リリーは自分の机の上に昨日の本を広げて、目を通していた。
「何かわかった? リリー」
「だめね、私も細かいニュアンスまでは読めないわ」
リリーが首を曖昧に振る。
「魔法が元々私たちのようなその他の人間のものではなく、魔法使いだけが使えるものだったのは事実みたい。この本の著者によれば、彼もまた魔法使いだったのでしょうけど、それを他の人の求めに応じて魔法石さえあれば使えるようにした簡易版を魔法使いと人間が共同で研究した、ということね」
「そう」
リリーが読めないものが私に読めるはずもない。私は諦めて窓から外を見る。校庭には昨日よりも青く染まった桜の木がどっしりと構えていた。
その木のそばに、昨日と同じようにカルミナがいた。
彼の銀色の髪が太陽に反射して輝いていたので、彼だとわかったのだ。遠くて表情は読み取れない。うつむいたり見上げたりを繰り返しているようだ。
リリーにはカルミナのことは何も言っていないから、彼が桜のそばにいることは言わないでおいた。
「ねえ、ニーナ」
「なに?」
リリーが私に声をかける。
はっとして、遠くにいるカルミナから目を離してリリーに目を向ける。
次の言葉を続けるべきかどうか、リリーは迷っているようだった。
「誰にも言わないって、約束してくれる?」
突然言い出したリリーを不思議に思いながら、もちろん、とうなずく。
リリーが意を決したらしく、ごそごそとかばんの中を手で探って何かを取り出していた。
彼女が見せてくれたのは、彼女の淡い瞳の色と同じく、薄く青く透き通った石だった。片手で覆い隠せない大きさで、両手で包み込むようにしていた。
「これって、ひょっとして魔法石?」
こくんとうなずくリリー。
「どうしたの? こんな、大きな」
私は魔法石そのものを見たことはないけれど、本によれば大体機械に埋め込まれたりしているものは加工の段階で爪の先くらいの大きさにされてしまうし、そもそもこんなに大きな魔法石がごろっと鉱山で採れることもないと書いてあったはずだ。
「どこで見つけたの?」
リリーは少し考えあぐねて無言になったあと、ぽつりと小さな声で、
「鉱山で……」
と言った。
「一人で?」
黙ってリリーが首を縦に振る。
鉱山跡地は今は入口から封鎖されている。魔法石が採れなくなってから、誰も立ち入らずに放っておかれているために、崩れて巻き添えになってしまうのを防ぐためだ。
街の外の近郊でも森と並んで大人が口を酸っぱくして入ってはいけないと子どもたちに常日頃から言っている場所なのだ。
ユーリならまだしも、リリーが、それも一人きりで行くなんてどうも考えられない。
「本当に?」
「い、いけない?」
上ずった声に違和感を抱きつつも、それを問い詰めたところで意味はなさそうだったので止めることにした。
「触っても良い?」
「す、すこしだけなら」
彼女から石を渡される。不思議と見た目よりも重さは感じなかった。ひんやりと冷たい。石越しにリリーの表情すらもよくわかるくらいの透明度だった。
「これが、魔法石なんだ」
よく見ようと私が窓際へ向かう。
東側なのでこちらから放課後の太陽は直接見えないものの、薄明るいオレンジの光を取りこむ。魔法石は光を吸い込んで、静かに中に詰まった水が揺れている感じだ。とくん、と生き物を抱きかかえたかのように鼓動すらした気がした。
初めて魔法石を見る私にも、これが特別なものであるというのが十分にわかる。
「どこでそれを見つけた?」
ドアから声がして肩を震わせる。
声に聞きおぼえがあった。
一昨日の声と同じだ。
「カル……ミナ……?」
桜の下にいたはずのカルミナが悠然と教室のドアにたたずんでいる。走って息を切らせている様子もないし、そもそも私が目を離した隙にこちらに走ってきたところで間に合うはずもない。
「そうか、そんなところにあったんだな」
独り言のように私たちではなく、私の持っている石をじっと見つめて言う。
短い沈黙を打ち破って、すっくと立ち上がったのはリリーだ。
「なによ」
私とカルミナの間に、石を見られないよう立ちはだかる。
「いや、その石は誰の?」
「私のよ」
「そうか、君のか」
「ええ、それが何か?」
あくまで強気のリリーに、カルミナは柔らかな表情を崩さない。
「本当に?」
「しつこいわね、何なのよ!」
「いいや、もし君のものだったら、少し貸して欲しいんだけど」
「貸す? いやよ」
二人の問答に私が割って入る。
「ねえ、カルミナ、あなたさっき桜のところにいたでしょう?」
「そうだったかな? 見間違いじゃないかな?」
「そんな、はずない。だって、私」
「だとしたら? 別に大した問題じゃない」
「う……」
言葉に詰まる私をよそに、彼は私の手元とリリーを交互に見る。
「だめかな? どうしてもというのなら、必ず返すと約束しよう」
うろたえるリリーに、一歩一歩、距離を詰めてくる。
「ど、どうしてそんなに貸してほしいの?」
「説明している暇はないけど、君は薄々気がついているんじゃないのかな」
真っ直ぐに、でも真剣さのかけらもない瞳で、カルミナがリリーを見つめている。
「な、なにを言っているの」
じりじりとカルミナがリリーに近づき、そのまま横切って私を標的に捉えたところでドアが勢いよく開く音がして、全員の動きが止まる。
「ユーリ!」
教室に飛び込んできたのは、息を切らせたユーリだった。
一度、カルミナをにらんで、私とリリーを見る。
「どうしたの? そんなに慌てて!」
「あ、慌てるに決まってるだろ! 街が大変なことになってるんだぞ!」
真剣な物言いに反応したのは、私たちよりもカルミナの方だった。
「もう、か……」
「やっぱり、お前が原因だったんだな」
「やっぱり? いいや、違うよ、僕じゃない」
「何が違うって言うんだよ! じゃあ、どうしてそんなに落ち着いていられるんだよ」
何が起こっているのかわからない私とリリーをよそに、二人が会話を続ける。
「ちょ、ちょっとユーリ、街が大変ってどういうことなの? きちんと説明してよ」
「説明するより見た方が早い。屋上へ行こう」
言い終わるかどうかのうちに、背を向けてユーリが駆けだす。私は持て余していた魔法石をリリーに渡し、ユーリに付いていくことにした。
本からこぼれ落ちたしおりは学校まで持ってきたので私の胸のポケットに入っている。
魔法使い。
私たちが知った事実は、あの本が真実だとすれば、魔法使いという魔法を使える人々が存在していたということだ。
彼らが自由に使えるその不思議な能力のほんの一部を、魔法石という鉱石を替わりに使うことで誰でも使えるように改造したものが、私たちの知っている魔法、というのだ。
カルミナが魔法使いだ、という証拠はどこにもない。むしろ彼は私たちと同じくらいの年齢だ。魔法石による魔法でさえ知らない私たちと見た目が同じなのに、さらに古い魔法使いだなんてとてもじゃないけど思えない。
しかし、あの日、機械ネズミと会話をしていた彼は一体なんだったのだろう。少なくとも彼は自分の意志でネズミたちを操っていたかのようだった。
学校で、彼を一日観察してみたけれど特に変わったところがあるように見えなかった。
滅多にいない転校生だからというのと、彼自身は物静かで積極的にコミュニケーションを取りそうに見えないので、クラスメイトもどう対応していいのか距離をつかみ損ねているみたいだった。
それどころか、まるで私たちと何年も一緒にいたかのように当たり前の顔で座っている。
何の情報も得られないまま放課後になって、私はリリーと一緒にいた。
すっかり打ち解けた、とまではいかないまでも私とリリーは同じ、魔法を知るという目的を持っているというだけで仲が良くなったような気がしていた。
二人きりの教室で、リリーは自分の机の上に昨日の本を広げて、目を通していた。
「何かわかった? リリー」
「だめね、私も細かいニュアンスまでは読めないわ」
リリーが首を曖昧に振る。
「魔法が元々私たちのようなその他の人間のものではなく、魔法使いだけが使えるものだったのは事実みたい。この本の著者によれば、彼もまた魔法使いだったのでしょうけど、それを他の人の求めに応じて魔法石さえあれば使えるようにした簡易版を魔法使いと人間が共同で研究した、ということね」
「そう」
リリーが読めないものが私に読めるはずもない。私は諦めて窓から外を見る。校庭には昨日よりも青く染まった桜の木がどっしりと構えていた。
その木のそばに、昨日と同じようにカルミナがいた。
彼の銀色の髪が太陽に反射して輝いていたので、彼だとわかったのだ。遠くて表情は読み取れない。うつむいたり見上げたりを繰り返しているようだ。
リリーにはカルミナのことは何も言っていないから、彼が桜のそばにいることは言わないでおいた。
「ねえ、ニーナ」
「なに?」
リリーが私に声をかける。
はっとして、遠くにいるカルミナから目を離してリリーに目を向ける。
次の言葉を続けるべきかどうか、リリーは迷っているようだった。
「誰にも言わないって、約束してくれる?」
突然言い出したリリーを不思議に思いながら、もちろん、とうなずく。
リリーが意を決したらしく、ごそごそとかばんの中を手で探って何かを取り出していた。
彼女が見せてくれたのは、彼女の淡い瞳の色と同じく、薄く青く透き通った石だった。片手で覆い隠せない大きさで、両手で包み込むようにしていた。
「これって、ひょっとして魔法石?」
こくんとうなずくリリー。
「どうしたの? こんな、大きな」
私は魔法石そのものを見たことはないけれど、本によれば大体機械に埋め込まれたりしているものは加工の段階で爪の先くらいの大きさにされてしまうし、そもそもこんなに大きな魔法石がごろっと鉱山で採れることもないと書いてあったはずだ。
「どこで見つけたの?」
リリーは少し考えあぐねて無言になったあと、ぽつりと小さな声で、
「鉱山で……」
と言った。
「一人で?」
黙ってリリーが首を縦に振る。
鉱山跡地は今は入口から封鎖されている。魔法石が採れなくなってから、誰も立ち入らずに放っておかれているために、崩れて巻き添えになってしまうのを防ぐためだ。
街の外の近郊でも森と並んで大人が口を酸っぱくして入ってはいけないと子どもたちに常日頃から言っている場所なのだ。
ユーリならまだしも、リリーが、それも一人きりで行くなんてどうも考えられない。
「本当に?」
「い、いけない?」
上ずった声に違和感を抱きつつも、それを問い詰めたところで意味はなさそうだったので止めることにした。
「触っても良い?」
「す、すこしだけなら」
彼女から石を渡される。不思議と見た目よりも重さは感じなかった。ひんやりと冷たい。石越しにリリーの表情すらもよくわかるくらいの透明度だった。
「これが、魔法石なんだ」
よく見ようと私が窓際へ向かう。
東側なのでこちらから放課後の太陽は直接見えないものの、薄明るいオレンジの光を取りこむ。魔法石は光を吸い込んで、静かに中に詰まった水が揺れている感じだ。とくん、と生き物を抱きかかえたかのように鼓動すらした気がした。
初めて魔法石を見る私にも、これが特別なものであるというのが十分にわかる。
「どこでそれを見つけた?」
ドアから声がして肩を震わせる。
声に聞きおぼえがあった。
一昨日の声と同じだ。
「カル……ミナ……?」
桜の下にいたはずのカルミナが悠然と教室のドアにたたずんでいる。走って息を切らせている様子もないし、そもそも私が目を離した隙にこちらに走ってきたところで間に合うはずもない。
「そうか、そんなところにあったんだな」
独り言のように私たちではなく、私の持っている石をじっと見つめて言う。
短い沈黙を打ち破って、すっくと立ち上がったのはリリーだ。
「なによ」
私とカルミナの間に、石を見られないよう立ちはだかる。
「いや、その石は誰の?」
「私のよ」
「そうか、君のか」
「ええ、それが何か?」
あくまで強気のリリーに、カルミナは柔らかな表情を崩さない。
「本当に?」
「しつこいわね、何なのよ!」
「いいや、もし君のものだったら、少し貸して欲しいんだけど」
「貸す? いやよ」
二人の問答に私が割って入る。
「ねえ、カルミナ、あなたさっき桜のところにいたでしょう?」
「そうだったかな? 見間違いじゃないかな?」
「そんな、はずない。だって、私」
「だとしたら? 別に大した問題じゃない」
「う……」
言葉に詰まる私をよそに、彼は私の手元とリリーを交互に見る。
「だめかな? どうしてもというのなら、必ず返すと約束しよう」
うろたえるリリーに、一歩一歩、距離を詰めてくる。
「ど、どうしてそんなに貸してほしいの?」
「説明している暇はないけど、君は薄々気がついているんじゃないのかな」
真っ直ぐに、でも真剣さのかけらもない瞳で、カルミナがリリーを見つめている。
「な、なにを言っているの」
じりじりとカルミナがリリーに近づき、そのまま横切って私を標的に捉えたところでドアが勢いよく開く音がして、全員の動きが止まる。
「ユーリ!」
教室に飛び込んできたのは、息を切らせたユーリだった。
一度、カルミナをにらんで、私とリリーを見る。
「どうしたの? そんなに慌てて!」
「あ、慌てるに決まってるだろ! 街が大変なことになってるんだぞ!」
真剣な物言いに反応したのは、私たちよりもカルミナの方だった。
「もう、か……」
「やっぱり、お前が原因だったんだな」
「やっぱり? いいや、違うよ、僕じゃない」
「何が違うって言うんだよ! じゃあ、どうしてそんなに落ち着いていられるんだよ」
何が起こっているのかわからない私とリリーをよそに、二人が会話を続ける。
「ちょ、ちょっとユーリ、街が大変ってどういうことなの? きちんと説明してよ」
「説明するより見た方が早い。屋上へ行こう」
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