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第二話「ゲームは現実の延長なのか?」

第二話「ゲームは現実の延長なのか?」1

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 彩花は白い靄の中を歩いていた。
 この街はその昔、霧の街と言われていたらしい。
 今でも変わらず、日照時間は短く、天気が悪い日が続く。
 雨よりは霧の日の方が確かに多い。
 歩いているが、誰ともすれ違わない。
 無人の街だ。
 過疎化している上に、仕事は家でこなしている人が多い時代だから、人が少なくてもおかしくはない。
 そのまま、しばらく真っ直ぐ無為に歩いていた。
 白い霧の向こう側に、黒い影が見えた。
 近づくと、サアっと霧が晴れていく。
 ようやく視認できるほどまでになった。
「こんにちは」
 その人物は、藤色の着物を着て、長いストレートの黒髪をかすかに揺らしていた。黒い編み上げのブーツを履いている。
 黒縁のメガネに霧が貼り付いては、レンズの機能で蒸発していく。
 メガネのフレームに隠れそうな左目の下にある泣きぼくろが特徴的で、レンズの奥からやや目尻の下がった瞳が彩花を見ていた。
「一条、さん」
 立っていたのは一条だ。
「はじめまして、じゃないのはわかる?」
「うん」
 一条の問いかけに彩花は返す。
「良かった」
 表情を変えず、一条が言った。
 一条の言う通りに、彩花が一条と会話をするのは初めてではない。
 リアルコミュニケーションで一度会話をしたことがあった。
 その強烈な印象がまだ残っている。
 あのときの話題はなんだったのか。
 いや、与えられた最初のテーマ自体は彩花は覚えていない。
 覚えているのは、それを打ち切って始めた一条の会話だ。
「胡蝶の夢」
「覚えてくれていたんだ」
 この世が蝶の見ている一瞬の夢だったら、という古い話だ。
 それを持ちかけてきたのは一条だった。
「あなたは、それがわかると言った」
 そうだった。
「うん、そう、言った」
 胡蝶の夢と最初に表現した人のことは知らない。
 それが示すことの意味も本当には理解していないのかもしれない。
 ただこの世界が夢で、現実ではないというのはなんだか納得がいった。
「それが」
 今どうしたというのだろう。
「本当に、会えて嬉しい」
 質問をしようとした彩花を遮って一条が言う。
「一条さんは今、どこにいるの?」
 失踪した一条の居場所が知りたい。
「祈でいい」
「祈、さん」
 にこりと満足そうに一条は顔を綻ばせる。。
「祈、さんはどこにいるの?」
「あなたはどう?」
「え?」
「あなたは、どこにいるの?」
「どこって……」
 ここは、どこだろう。
「私に、会えて、嬉しい?」
 一条がどこにいるのか、それについての関心はあったが、会いたいと思っていただろうか。
 それを考えて、彩花は言葉を詰まらせた。
「残念」
 笑顔のまま、一条が言った。
「でも、いずれわかってもらう」
「ここは、どこ?」
「ここは、ここ。私の世界」
 曖昧な言葉で一条は答える。
 一条のイメージ通りだ。
「そう、ね。ここにしましょう」
 そう言って、一条は右手を横に一振りした。
 霧が一掃されていく。
「あ、灯台」
 そこで彩花は自分がどこにいるのかわかった。
 姿を現したのは街外れにある灯台の展望台だ。
 切り立った崖の上にある灯台が遠くに見える。
 灯台までは封鎖されていて行くことができない。
 ゴーンゴーンと展望台の鐘が鈍い音で鳴っている。
 展望台には鐘が設置されていて、誰でも鳴らすことができる。
 しかし、今は誰も触れていないのに勝手に鳴っていた。
 風が吹いて一条の髪が舞い上がる。
「これは、あなたの指輪なの?」
 彩花の質問には答えず、一条はふっと笑った。
 一条との間に急に距離ができたような気がした。
「また、会いたい。あなたもそうであってほしい」
 一条はいたずらっぽく舌を出した。
 その舌には金色のピアスが刺さっていた。
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