そこにある愛を抱きしめて

雨間一晴

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第二十三話 嫌な記憶

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「……お邪魔します」

「私しか居ないし、気使わないで大丈夫だよ」

「店長、本当ごめんなさい。今日は店長にとって素敵な日だったのに……」

「もー、またそれ言うの?困ったときはお互い様でしょ」

「店長は誰にでも優しくて、ずるいです……」

「何言ってるんだか。ほら、玄関に立ってないで、こっちおいで。狭いけど、二人で飲むには十分でしょ」

「……はい」

(思い出しちゃうな。二人で飲むには十分か……)

 美容院の近くにある、ごく普通のアパートの一室。一人で過ごすには少し寂しくなる、大きな八畳間。

 物はあまり置きたくなくて、入って右の壁に沿うように置いた、真っ白な無地のシングルベッド。白いフレームのヘッドボードには、もうぬいぐるみなんか無くて、黒いカステラの箱のようなデジタル時計が一つあるだけ。大音量の目覚ましが付いていれば、別に何でも良かった。

 あとは、黒いプラスチック製のローテーブルに、パソコンが乗ってるだけ。テレビも無いし、ベッドとテーブルとパソコンだけあれば良かった。

 親の反対を押し切って、専門学校に入学させてもらったのが、もう四年前になる。なんの夢も無く、なんとなく大学に行こうと勉強して過ごしていた高校三年生、私は大学に行かない決心をしてしまった。

 小学生のときに男子にいじめられて、男性不信になっていた私は、中学・高校と出来るだけ目立たないように、眼鏡に長いポニーテールで、静かに人と関わらないように過ごしていた。

 あだ名は常に委員長だったけれど、良い成績を取ると不思議といじめられなくなって、黙々と震える指でノートを埋めていった。泣きながら何度も同じ漢字を書いたのも、未だに強く覚えている。涙が落ちて字が滲むのが悔しくて、眼鏡にティッシュをはめて馬鹿みたいな見た目で、逃げるように必死に勉強していた。

 昨日まで仲良かった子に殴られたりして、誰も信じれなくなっていたけれど。勉強は裏切らなかった。でも、別に勉強が好きでやってる訳でも無いし、良い大学に行くためとかじゃなくて、ただ自分を守るためにやってるような、虚しい作業でしかなかった。

 それでも、両親は私の事情も知ろうともせず、怪我の理由も詳しく聞かずに、成績しか見てくれなかった。百点のテストを見せれば喜ぶ、良い大学に行くんだよと何度も言われるのも嫌だった。私はしたくて勉強してなかったから。

 高校生にもなれば、周りは化粧や、髪を怒られない程度に染めたりとか、ごく普通の青春なんだろう。それを別に羨ましくも思わずに、淡々と勉強していたんだと思う。

「委員長って、髪綺麗なのに何で地味な髪型なの?」

 同じクラスの男子、少し茶色に染まったお洒落な髪型の人。別に好きでも嫌いでも無かった。私が無視しても、その人は話を続けたんだ。
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