そこにある愛を抱きしめて

雨間一晴

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第四十九話 小さなアパートで大きな勇気を(6)

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 それは、いつものように優しく笑う常連の叔母様だった。

 放心状態の私達を前にして、後ろからは罵声が轟く中。叔母様は少し俯いて、顔も見えないまま、地面に向けて一度だけゆっくりと頷いた。まるで自分に何かを言い聞かすように深い頷きだった。

「しっかりしなさい!」

 力強い眼光と共に、体が痺れるような怒鳴り声だった。その凛とした立ち姿と、愛を感じる怒りに、先生の姿が重なって、体に纏わり付いていた震えが抜けて行った。

 私は叔母様の目をしっかり見ながら頷いた。

「ありがとうございます。この子を、お願いします」

「店長、でも……」

 すっかり力が抜けた後輩の前に回って、鼻水を出して泣いている頭に手を置いた。

「大丈夫よ。私は、こんなに素敵な美容院の、店長だからね」

「そうよ、あなたなら大丈夫。私達が選んだんだもの」

 後輩に赤いハンカチを渡しながら、叔母様は嬉しそうに話してくれた。『私達』それは先生と叔母様のことだろうか、そうだったら嬉しいな……

「おい!誰か居るのかよ!」

 鳴り響くドアを叩く音が、今は全く怖くなかった。どうしてドアを開けて入って来ないのだろう。何となく彼女は人を苛め慣れていない半端者だ。そんなことを考えている自分が、不思議だった。

「ふふ、もう大丈夫よ。後は店長さんに任せましょう。あなたも辛かったわね」

 いつもの優しい表情の叔母様は、後輩の手を包むように握ってくれていた。

「叔母様……。店長……。ごめんなさい、私……。私……」

 後輩の手から鋏が落ちて軽い音が響いた。俯いて泣き出す後輩の背中を、叔母様が優しく撫でてくれている。そして叔母様と、もう一度目を合わせて、確かめるように頷き合った。

 私は、この人達を守らないといけない。ううん、守りたい。そして、私なら守れる。そう自分に言い聞かせることなく、湧き出る自信が胸に灯った。この状況を楽しんでいるくらいに余裕を取り戻して、焦らすようにゆっくりと、軋むドアノブに手をかけた。
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