そこにある愛を抱きしめて

雨間一晴

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第七十話 傷物(9)

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「……あんた、それ」

 三十畳ほどある、追いかけっこが出来そうな空間には、壁から無数に生えた爪楊枝くらい細い体の、キノコの形をした照明が光っていた。傘はビー玉くらいの大きさから、占いで使うような水晶玉のように大きい物まであり、白や赤などカラフルにぼんやりと光る空間は、小さな虹の中にいるようだった。

 その中央にある円柱型の大きな暖炉から、滲むように漏れるオレンジ色の灯りが、後輩の綺麗な茶髪を金色に光らせていた。そしてその髪は、牧場に散らばる藁のように、乱雑に地面に散らばっていた。

「来ないでよ!」

 こちらに背を向けて、正座を崩したような女の子座りをしている小さな背中。その右手が振り回されて、銀色に光る物が小さなカッターナイフだと気付くまでに、時間はあまり必要無かった。

 彼女の左手は、自分の残った髪の毛を掴んで痙攣していた。すでに、肩より長かった髪は無く、襟足すら消滅してしまっていた。

「……先生、助けてあげて」

 右腕を掴む少女が、泣きながら私の顔を見上げていた。この公園で泣いていた少女を、後輩が慰めて美容院に連れてきてから、もう二年くらい経つだろうか……

「お姉さん、この人は誰なの?」

「んー?この人はね、聞いて驚いちゃ駄目だよ。なんと、私の大好きな先生なの!髪を切る先生だよ、色々教えてもらったんだ」

「そうなんだ!すっごーい!お姉ちゃんより、髪切るの上手なの?」

「そりゃもちろんだよ!今度、先生にも切ってもらおうね。先生の更に先生もいるんだから!すごいでしょ?だから、また何か辛いことがあったら、遠慮無く、お姉さん達に相談するんだよ」

「うん!ありがとう!でも……」

「でも?」

「お姉さんが泣いていたら、誰に助けてもらうの?」

「ふふ、小学一年生でそんなこと考えていたら、この先苦労するよ。大丈夫、お姉さんが泣いていたら、先生が助けてくれるから。ですよね、店長?」

「あー、あはは。そ、そうだよ。だから、大丈夫だよ」

「じゃあ、先生が泣いちゃったら?」

「それは、私が助けるに決まってるじゃない。もちろん、あなたのことも助けるからね。もう、子供なんだから変な心配しないの」

「……ありがとう。お姉ちゃん優しいね。お姉ちゃんが、お母さんなら良いのに」

「あはは、私がお母さんか。無い無い、私なんかには……。誰かの母親なんかにはなれないよ……」

 あのとき、心配そうに私に助けを求める少女と、どうして彼女がそんなことを言ったのか、今なら分かる。そして、私が何をすべきかも。
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