トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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5章

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 闘牛場を後にし、テオバルドに誘われた志貴は、居酒屋バルで夕食を取ることにした。そのまま帰宅するには未消化なことが多く、闘牛について訊ねたいことが沢山あったし、元闘牛士として、テオバルドも初見者の拙い質問を楽しんでいるようだ。
 三チームが二回ずつ演技を行い、計六回の闘牛を見たわけだが、最初の演技が一番見事だった。正直、それ以降の演技はすべて格下に見え、同じ闘牛士の二回目の演技も、一回目の素晴らしさには及ばなかった。

「何て言えばいいのか……私まで操られていたような気がする、彼に」

 色とりどりの小皿料理タパスをつまみながら、あの時の不思議な感覚を思い出し、志貴はほぅっとため息をつく。
 大観衆の「オーレ!」の洪水、不意に漂う血の臭い。緊張漲る闘牛士の顔が、見事に連続技を決めた時に形作る会心の不敵な笑み、――闘牛場で発せられるすべての熱に当てられていた。ごく表層的なものだろうが、この国の人々の人生観の一端に触れたような気がする。
 あの見事な演技は、勿論耳二枚の栄誉に値した。世界で最も固く閉ざされたラス・ベンタス闘牛場の大門プエルタ・グランデは彼のために開かれ、偉大なる闘牛士はファンに肩車されながら街へと凱旋していった。明日の一面には、彼の名前が躍ることだろう。

「私だけじゃない、あの場の観衆すべてを彼は支配していた。彼の感じている興奮、感動、生命への畏敬、死の恐怖、そして歓喜――。そういったものを、芸術的な技を駆使して私たちに伝えることで、あの場を一つにして、君臨していた。そんな気がしたんだ」
「初めて見た感想とは思えないな。あんたの感受性は、それだけ瑞々しいということだ」

 目を細めて志貴を見つめるテオバルドの口調は、今も少々心ここにあらずといった志貴を、労り慰撫するかのようにやさしい。

「正直言うと、歴史ある国技とはいえ、人間の娯楽のためだけに命を奪うなんて、と思っていた。でも、単純な善悪という価値観で線引きできるものではないとわかったよ。あれは、純然たる祝祭だと思う。光と影をともに具現化したような――特に悲劇を」
「そう難しく高尚に考えることでもないけどな。たった数十分楽しむためだけに、一頭の牛が殺される事実は変わらない」
「それは違う」

 照れ隠しのようなテオバルドの軽口を、志貴は冷静に遮った。

「屠殺の方法が特殊なだけで、最後はちゃんと精肉され消費されると考えれば、無駄に奪われたものは何もない」
「屠殺の方法……」

 テオバルトが手にしていたピンチョスの爪楊枝から、先端の黒オリーブの実がぽろりと落ちる。
 呟いたまましばらく呆然としていた男は、我に返ると、大いに非難を込めた目付きで志貴を見遣った。

「志貴、あんたはどうしてそうなんだ。そんなに顔を輝かせて今日の闘牛士を褒めちぎるから、俺も古巣に舞い戻ってあんたの目を奪ってやろうかと思っていたのに」
「舞い戻る……?」

 意外な言葉に、ふむ、と志貴は目の前の色男を頭の天辺から爪先まで検分する。
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