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12章
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ファランヘ党乗っ取りの尖兵であり、命の恩人でもあるナヴァスを、テオバルドは『友達』と呼んでいた。その背景には、そうした複雑な経緯と、咀嚼できない感情のもつれがあったせいなのかもしれない。
ナヴァスがテオバルドの助命に動いたのも、その能力を買っていたからだけではないように思われた。かつて彼は惜しむように、テオバルドの闘牛士としての過去を語っていた。若く才能溢れる闘牛士であり、親友が可愛がっていた弟分を、救えなかった友の代わりに助けた罪滅ぼしの側面もあるのだろう。
「――ホセ・アントニオが死んだ時、ファランヘも死んだ。俺はそう思って生きてきた。だがピラールは違う」
志貴が抱いたナヴァスへのささやかな感傷は、テオバルドが口にした女性の名に掻き消された。
「彼女は、俺とは別の正義で動いている。ホセ・アントニオが目指したものから無惨に形を変えられても、党に残っているのがその証拠だ。ピラールは盲目的に、兄とその思想を崇拝していた。ホセ・アントニオが英雄視される世の中で、名目だけでも彼の残した綱領を党が掲げていれば、それでいいんだろう。党としても、ピラールは設立者の妹であり、女性部創設の立役者でもある。つまり、党の正統な王女様だ。駒として使えると思っているから、丁重に扱っているんだろう。上層部は、ヒトラーとの縁組を画策していたとも聞く。もし実現していたら、国を跨いだファシズム王朝が成立していたな」
その彼女は、今も独身を貫いている。もし縁談が実際に持ち上がっていたとしても、承諾しなかったのではないか、と志貴は思った。それほど強く兄を愛していたのなら、兄が命を懸けて愛し、今静かに眠る地を離れようとするだろうか――テオバルドという、味方にも傷つけられ光を失った同胞を置き去りにして。
自らを偶像と言い切って、何の力もないと突き放しながらも党に籍を置き、敢えて王女として振る舞いながら、設立者の名が霞むことのないように監視し続けている。かつては盾となって兄を銃口から守り、今はファランヘ党という名の彼の墓を守る、美しい墓守。その生き方は勁く毅然として、他人の同情を寄せ付けない。
内に秘めた激しさから、『情熱の花』と呼ばれた女性。まるで、よく知る誰かのような女傑――。
そう思った途端、志貴の中に、馴染みのある、諦念に似た感情が湧き起こった。
「……何もかも納得して、呑み込んでいるんだな。あの女は」
「欲が深いんだ、ピラールは。普通の人間なら悲鳴を上げて逃げ出すような業を丸呑みにしてまで、手放さないものがある。抱え込んだものの重さによろめく素振りも見せない」
「誰にも手を貸されたくないんだよ、きっと」
もしくは手を触れてほしくないのかもしれない、と志貴は内心で呟く。――不当に奪われた大切な人の、称揚された名誉とともに生きる静謐な世界に。
そしてそれこそが、二人を互いに遠ざけた理由なのかもしれない。ピラールが手に入れた安寧は、テオバルドにとって欺瞞でしかないからだ。
(同じ一人への敬愛が、二人を分かつことになったのだろうか……)
ナヴァスがテオバルドの助命に動いたのも、その能力を買っていたからだけではないように思われた。かつて彼は惜しむように、テオバルドの闘牛士としての過去を語っていた。若く才能溢れる闘牛士であり、親友が可愛がっていた弟分を、救えなかった友の代わりに助けた罪滅ぼしの側面もあるのだろう。
「――ホセ・アントニオが死んだ時、ファランヘも死んだ。俺はそう思って生きてきた。だがピラールは違う」
志貴が抱いたナヴァスへのささやかな感傷は、テオバルドが口にした女性の名に掻き消された。
「彼女は、俺とは別の正義で動いている。ホセ・アントニオが目指したものから無惨に形を変えられても、党に残っているのがその証拠だ。ピラールは盲目的に、兄とその思想を崇拝していた。ホセ・アントニオが英雄視される世の中で、名目だけでも彼の残した綱領を党が掲げていれば、それでいいんだろう。党としても、ピラールは設立者の妹であり、女性部創設の立役者でもある。つまり、党の正統な王女様だ。駒として使えると思っているから、丁重に扱っているんだろう。上層部は、ヒトラーとの縁組を画策していたとも聞く。もし実現していたら、国を跨いだファシズム王朝が成立していたな」
その彼女は、今も独身を貫いている。もし縁談が実際に持ち上がっていたとしても、承諾しなかったのではないか、と志貴は思った。それほど強く兄を愛していたのなら、兄が命を懸けて愛し、今静かに眠る地を離れようとするだろうか――テオバルドという、味方にも傷つけられ光を失った同胞を置き去りにして。
自らを偶像と言い切って、何の力もないと突き放しながらも党に籍を置き、敢えて王女として振る舞いながら、設立者の名が霞むことのないように監視し続けている。かつては盾となって兄を銃口から守り、今はファランヘ党という名の彼の墓を守る、美しい墓守。その生き方は勁く毅然として、他人の同情を寄せ付けない。
内に秘めた激しさから、『情熱の花』と呼ばれた女性。まるで、よく知る誰かのような女傑――。
そう思った途端、志貴の中に、馴染みのある、諦念に似た感情が湧き起こった。
「……何もかも納得して、呑み込んでいるんだな。あの女は」
「欲が深いんだ、ピラールは。普通の人間なら悲鳴を上げて逃げ出すような業を丸呑みにしてまで、手放さないものがある。抱え込んだものの重さによろめく素振りも見せない」
「誰にも手を貸されたくないんだよ、きっと」
もしくは手を触れてほしくないのかもしれない、と志貴は内心で呟く。――不当に奪われた大切な人の、称揚された名誉とともに生きる静謐な世界に。
そしてそれこそが、二人を互いに遠ざけた理由なのかもしれない。ピラールが手に入れた安寧は、テオバルドにとって欺瞞でしかないからだ。
(同じ一人への敬愛が、二人を分かつことになったのだろうか……)
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