141 / 237
12章
10
しおりを挟む
まだ若い彼女が、残された人生を長い余生として過ごすのは、強い愛情の一つの形と言えるかもしれない。
大切な人との過去に殉じるその強さは、方向は異なるがよく似ている。突然の事故で愛する夫を失っても、その遺志を継ぐ息子に進むべき道を示し、自らも毅然と前を向く君子と。
「――ほんの少し話しただけで、随分ピラールをわかってるような言い方だ」
「気に障ったなら、すまない」
「障りはしないが、気に食わないな。ピラールに関心があるみたいで。あんたにその気はないとわかっていても、――妬ける」
凄惨な過去を話した直後に、こうして色気を含ませた視線を送ってくるから、この男は信用がならない。それに、テオバルドが自分に執着を見せる理由の一端を垣間見た以上、志貴は彼をこれまでのように近づけるつもりはなかった。
桐組織のリーダーと、本国との連絡係。二人の関係は、これだけでいい。飼い犬など要らない。
そう思うのに、胸にわだかまる不快感が、余計な一言を唇から押し出した。
「……彼女は、君は手が早いと言っていた。気をつけて、と」
「あいつ……! 何の恨みがあって人の恋路の邪魔を」
何の感情の起伏もなく、よくある世間話のように自身の過去を語っていた男は、ここで初めて声を荒げた。
「君は、彼女の兄に憧れていたと言っていた。……同じ思想を抱いた、強く美しいあの女にも、憧れたんじゃないのか」
テオバルドの昔語りに、ピラールとの関係は含まれていなかった。志貴が訊ねたのは、プリモ・デ・リベーラ兄妹との関係にもかかわらず。
終わった愛の話など、今更他人にしたくないのは理解できる。それでも、これまで嘘をつかれていたこと、そのせいで自分らしくない乱調を来していることは腹立たしく、抑えつつも問い質す口調になってしまうのを、志貴は止められなかった。
その様子に、テオバルドが珍しく目を丸くする。
「――あんた、本当に嫉妬しているのか」
問い返す小麦色の色男は、本気でうれしそうだ。そのだらしない笑顔すらも様になっているのがまた苛立たしく、志貴は視界に入るものすべてを薙ぎ倒す勢いで視線を逸らした。
「してない。ただ、君をテオと呼ぶ理由はなくなったと思っただけだ」
「どうしてそうなる」
「もう呼ぶ人がいないから、そう呼んでほしかったんだろう。でもそれは嘘で、あの女がいる。だから、私はもう君をそう呼ばない」
「じゃあ何と呼ぶんだ」
「以前のように名前で呼ぶよ」
そう言った途端、テオバルドの顔から締まりのない笑みが消えた。
「……そうしたら何をされるか、わかっていて呼ぶのか」
「愛称ではなく、正式な名前で呼ぶんだ。むしろ礼義に適っているはずだ。何の問題があるんだ、――テオバルド?」
それは、曖昧になっていた二人の境界線を明確にして、距離を置くという宣言のはずだった。
しかし男はそうは取らず、一瞬黙り込むと、探るように志貴を見つめた。
大切な人との過去に殉じるその強さは、方向は異なるがよく似ている。突然の事故で愛する夫を失っても、その遺志を継ぐ息子に進むべき道を示し、自らも毅然と前を向く君子と。
「――ほんの少し話しただけで、随分ピラールをわかってるような言い方だ」
「気に障ったなら、すまない」
「障りはしないが、気に食わないな。ピラールに関心があるみたいで。あんたにその気はないとわかっていても、――妬ける」
凄惨な過去を話した直後に、こうして色気を含ませた視線を送ってくるから、この男は信用がならない。それに、テオバルドが自分に執着を見せる理由の一端を垣間見た以上、志貴は彼をこれまでのように近づけるつもりはなかった。
桐組織のリーダーと、本国との連絡係。二人の関係は、これだけでいい。飼い犬など要らない。
そう思うのに、胸にわだかまる不快感が、余計な一言を唇から押し出した。
「……彼女は、君は手が早いと言っていた。気をつけて、と」
「あいつ……! 何の恨みがあって人の恋路の邪魔を」
何の感情の起伏もなく、よくある世間話のように自身の過去を語っていた男は、ここで初めて声を荒げた。
「君は、彼女の兄に憧れていたと言っていた。……同じ思想を抱いた、強く美しいあの女にも、憧れたんじゃないのか」
テオバルドの昔語りに、ピラールとの関係は含まれていなかった。志貴が訊ねたのは、プリモ・デ・リベーラ兄妹との関係にもかかわらず。
終わった愛の話など、今更他人にしたくないのは理解できる。それでも、これまで嘘をつかれていたこと、そのせいで自分らしくない乱調を来していることは腹立たしく、抑えつつも問い質す口調になってしまうのを、志貴は止められなかった。
その様子に、テオバルドが珍しく目を丸くする。
「――あんた、本当に嫉妬しているのか」
問い返す小麦色の色男は、本気でうれしそうだ。そのだらしない笑顔すらも様になっているのがまた苛立たしく、志貴は視界に入るものすべてを薙ぎ倒す勢いで視線を逸らした。
「してない。ただ、君をテオと呼ぶ理由はなくなったと思っただけだ」
「どうしてそうなる」
「もう呼ぶ人がいないから、そう呼んでほしかったんだろう。でもそれは嘘で、あの女がいる。だから、私はもう君をそう呼ばない」
「じゃあ何と呼ぶんだ」
「以前のように名前で呼ぶよ」
そう言った途端、テオバルドの顔から締まりのない笑みが消えた。
「……そうしたら何をされるか、わかっていて呼ぶのか」
「愛称ではなく、正式な名前で呼ぶんだ。むしろ礼義に適っているはずだ。何の問題があるんだ、――テオバルド?」
それは、曖昧になっていた二人の境界線を明確にして、距離を置くという宣言のはずだった。
しかし男はそうは取らず、一瞬黙り込むと、探るように志貴を見つめた。
20
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる