トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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14章

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 スペインで三度目の降誕祭が訪れようとしている。
 参事官として赴任してきたジェイムズが来襲したのは、ちょうど去年の今頃だった、とため息とともに志貴は思い出す。
 二ヵ月前に交わされた終戦工作の密約は、殆ど進捗がないと言っていい状況だ。それについて、相変わらず毎週末食事をしにやって来るジェイムズに諭されているのだ。

 ――リスクを冒すことが最も安全だと、何故わからないのだ。

 志貴ではなく、その上の権限を持つ人々に向けての言葉だ。そう理解していても、心の底から発していることがよくわかるジェイムズの呆れ顔は、仕事の不手際を責めらているようで焦燥を生む。そしてその焦燥は、別の要因でじわじわと増幅されている。

 ジェイムズは、毎週末志貴の部屋を訪れる。――今も保護者の席が空いているからだ。
 一洋がマドリードを発って、もう三ヵ月が経とうとしている。これほど長期の出張はかつてなく、また武官府から部下を伴っていないことが、志貴を不安にさせていた。武官府にも公使館のように電信官や通訳が配置されており、海軍武官府の長である一洋が他国に赴く時は、輔佐官を帯同するのが常だった。その輔佐官も、今回はマドリードで留守を守っている。武官級の将校が単身で出張し三月にも及ぶなど、一体どのような任務なのか――。

 外務大臣と直接のチャンネルを持つ梶は、和平工作には乗り気だったが慎重でもあった。本国を説得できるだけの材料を揃えられなければ、和平交渉を提言したところで話が洩れて横槍が入り、貴重な機会を失いかねない。携わる人間を限定して秘密裡に交渉し、連合国側から確実性の高い言質――つまり、皇室と大日本帝国憲法の維持――を取ってから東京に打電したい、というのが彼の考えだった。
 正論ではある。だが、都合のいい話でもある。
 交渉を始める前に、最も肝要な点について確約を得るなど、既に交渉の大方は終わったも同然だ。そうとわかっていながら、そのような態度を取らざるを得ないのが、勅任の特命全権公使という立場なのだろう。
 今月一日、連合国はカイロ会談を経て、軍事行動を前提とした対日方針を示した。無条件降伏という、敗者の感情をいたく傷つけ、誇りを完膚なきまでに打ち砕く文言に改めて言及してきた相手に、どこまで食い下がることができるのか――。

 しかし、少しずつでも頑なな要求を削り取り自らの足場としなければ、交渉の場に立つこともできないのは明らかだ。
 その方策について相談したいのに、一洋は帰らない。海軍武官府に問い合わせても、「本日戻られる予定はありません」と返ってくるだけだ。
 
「今頃どこで何をしてるんですかね、衛藤さん。矢嶋さんは本当に何も聞いてないんですか」

 一洋が不在でも、公使館で志貴の手伝いをしろという指示は生きているらしい。黒木は今日も一等書記官室を訪れ、志貴の集めた新聞や雑誌の整理をしている。
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