トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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15章※

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 シャツ一枚になるように命じられ、戸惑いという名のささやかな抗いもすげなく流されて、ベッドに押しやられた。シーツの上には、大判のタオルが敷かれている。てきぱきと『薬』の支度を整える一洋と、まだ明るいのに淫靡に設えられる自分の寝室に、志貴はいたたまれなくなる。

(客間で休んでほしいだけなのに、どうして……)

 ベッドの上に座り込み、背広を椅子の背に掛けている一洋を所在なく見つめる。志貴同様のシャツ一枚まで、手を止めることなく服を脱いでいく様子にためらいはない。一洋にとってこの行為は、ごく自然で不可欠なことであるかのようだ。
 しかし、長旅から戻った相手に『薬』を処方してもらう立場からすれば、大いに抵抗がある展開だ。それに、風呂に入っていないのに体に触れられるのもためらわれ、さりとて風呂に入りたいなどと言えば『薬』を心待ちにしているようでもある。
 何とか翻意を促すことはできないか、拙いながらも志貴は説得を試みた。

「兄さん、昼寝するんじゃ」
「お前の『薬』を済ませてからな」
「……それは、夜、でも」
「夜もちゃんと寝かしつけてやる、心配するな」
「でも……お風呂も入っていないのに」
「そんなこと気にしなくていい。まあ、配慮はしてやるさ。……それとも、俺に触れられたくない理由でもあるのか」

 不意に、一洋の口調が硬くなる。そこに滲む不穏さに心当たりはないが、長旅の疲れもあり、聞き分けのない弟分が気に障ったのかもしれない。
 手を煩わせれば、その分一洋が休むのは遅くなる。そう気がつき、説得を諦めた志貴は目を閉じると、ベッドに乗り上げ向かい合った一洋の肩に額を乗せた。

「そんなの、あるわけない……」
「……そうしていい子にしてろ」

 預けた体を、ゆっくりと横たえられる。脚を開かれ、その間に陣取った一洋に、枕を重ねて使うように指示された。自身が男の手で慰められ乱れる様を直視しろ、という一洋の意思表示だ。
 この姿勢では、目を逸らせばすぐに気づかれ、より淫らな手技を与えられ喘がされる羽目になる。『薬』を与え始められた頃、羞恥から抗う志貴を罰するように、何度も繰り返された行為だった。

(イチ兄さん、機嫌が悪い……?)

 一洋は、敢えて自分を啼かせ辱める行為に及ぼうとしている。
 そう気づいた途端、――尻の奥が引き絞られるように疼いた。はしたない反応にうろたえても、体は正直だ。欲情だけがひたひたと高まり、不機嫌の理由を置き去りにしていく。
 彼の不在は、志貴の心身を焦燥にさらしただけではない。鬱屈とともに欲望を解放することを教え込まれた体は、三ヵ月もの間潤いを与えられず、乾ききっている。欲望は男によって管理され、精を吐き出すにもその手がなければ果たせない。

 その一洋が、極秘帰国による別れを覚悟した男が、今目の前で『薬』を注ごうとしている。
 身が千切れるような思いを経てどうにか決めた覚悟は無用のものとなり、その落差に心はまだ戸惑ったままだ。それでも体は、これから与えられるはずの快楽に靡いている。――あの、我を忘れて溺れるほどの快楽を。
 期待から、熱いため息が唇を濡らした。
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