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融点
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すべての部屋には、巧妙に覗き穴が隠されているという。商談を有利に進めるための仕掛けなのだろう。
事前に部屋を検めた際、ルカが小さな壁穴を見つけていた。そのおかげで、居間を出た三人は、隣室から父子の会話を聴き取ることができた。
「私が残れば、后狩りは大丈夫。陛下と我が家、どちらの体面も傷つけることなく収めてみせます。皇后になったら、お兄様の言う通り、ウルリカ様を護衛官に指名しますわ。ですから、早くミレニオへ」
「……クリス、愛するクリス……、ごめん……でも、僕は、もう……っ」
逃げられるのなら、逃げるしかなかった。
自害以外に己を守る術がない、恐ろしい運命から。
なりふり構わず逃げたかった。
あるべき形を見失い涙とともに融け落ちた自我の、小さく残された核は、もう嫌だと泣き叫ぶばかり──冷静な侍従も従順な黒猫も消え、怯える八歳の子供がそこにいる。
「僕には、もう、無理だ……」
崩れ落ちたシェルを、クリスティーナはやわらかく抱き締めた。身代わりの皇后となる恐怖をおくびにも出さず、額にそっと口づけを落とす。
そして『建国の五柱』の末裔に相応しい、晴々しい微笑みで兄の背中を押した。
「お兄様は、十分過ぎるほど耐えられたの。今度は心のままに振る舞う番よ」
事前に部屋を検めた際、ルカが小さな壁穴を見つけていた。そのおかげで、居間を出た三人は、隣室から父子の会話を聴き取ることができた。
「私が残れば、后狩りは大丈夫。陛下と我が家、どちらの体面も傷つけることなく収めてみせます。皇后になったら、お兄様の言う通り、ウルリカ様を護衛官に指名しますわ。ですから、早くミレニオへ」
「……クリス、愛するクリス……、ごめん……でも、僕は、もう……っ」
逃げられるのなら、逃げるしかなかった。
自害以外に己を守る術がない、恐ろしい運命から。
なりふり構わず逃げたかった。
あるべき形を見失い涙とともに融け落ちた自我の、小さく残された核は、もう嫌だと泣き叫ぶばかり──冷静な侍従も従順な黒猫も消え、怯える八歳の子供がそこにいる。
「僕には、もう、無理だ……」
崩れ落ちたシェルを、クリスティーナはやわらかく抱き締めた。身代わりの皇后となる恐怖をおくびにも出さず、額にそっと口づけを落とす。
そして『建国の五柱』の末裔に相応しい、晴々しい微笑みで兄の背中を押した。
「お兄様は、十分過ぎるほど耐えられたの。今度は心のままに振る舞う番よ」
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