【完結】后狩り

音羽夏生

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初光

22

『──心はここへ置いていく』

 かつて吹き込むように囁かれた唇に、思わず指を触れていた。

(まさか、陛下は)

「立太子の後か、婿を取り後継者を産んだ後か、それとも女王に即位した後か。時期は委ねるが、その暁には、我が后を傷つけることなくお返しいただきたい」
「………傷つけることなく、とは」
「子を成せぬことに夫婦で傷つくとわかっていながら、新たに妻を迎えるべきではないと申し上げている」
「なっ………」

 呼吸の仕方を、忘れてしまったかと思った。
 箱など気にせず、衛兵に見咎められても、メダルを埋めてしまえばよかった。
 何の説明もないまま年少の侍従を追い出し、かと思えば后として後宮に攫い、男として機能しない体にしておいて、気遣わしげに労わる。
 そのくせ、シェルを苦しめる歪な体のまま、后として帝国に──後宮に戻れという。皇帝の意思一つで偽妃とされてしまう、閉ざされた女の園へ。
 こんな身勝手な御方だと知っていたら、恋になど落ちなかった──そう断言できない自分が、シェルは恐ろしかった。
 相当な無理を押してまで、皇帝は利用価値のなくなった黒猫を求めている──そのことに、震えるほどの喜びを感じている自分が厭わしかった。
 深い井戸の底に射し込んだ光は、それほど特別で、唯一無二のものだった。
 長い間暗闇に冒されていたシェルの目は、その初めて見た光に眩んだままなのかもしれない。王妃を迎えたとしても、おそらく一生──。
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