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番外編 将を射んと欲すれば
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「…ジェイムズ。ジェイムズ・アスター。『王の学徒』の君が、十年も前の他人の恋の顛末を気にするなんて、滑稽だと思わないか?」
「レジナルド・マーシャル、我らが『館』の『哀しみの聖母』。これが最後通牒だ。答えればこれ以上何もしないと約束するが、あくまで拒むと言うなら、こちらも実力行使に出るだけだ。午後はもちろん、明日の勤めも諦めてもらおうか」
言うなりジェイムズは脚を上げ、太腿でレジナルドの股間を擦り上げた。そのいやらしい動きにジェイムズの意味するところを察し、突き飛ばそうとした手を取られ、互いの指と指を絡めた状態で顔の横の壁に押し付けられる。
その間にも、悪戯するような脚の動きはぐりぐりと卑猥さを増し、ジェイムズの本気に、レジナルドは蒼白になった。
「や、めっ…っ、…教えても、その人を貶めるようなことを、言わないか…?」
「敗れ去った恋敵には敬意を払おう」
かつて告白を受けた相手を今も気遣うレジナルドに、ジェイムズの眼にちりっと苛立ちが走る。それには気づかず、レジナルドはジェイムズの言葉と止まった脚の動きに、とりあえず安堵した。
すぐ目の前の整った顔を恨みがましく見つめながら口を開こうとした時、ジェイムズの顔がさらに近づき、その唇がレジナルドのそれに触れる寸前まで迫った。
「ジェイムズ!」
「私ではない。君に初めて愛を告げた男の名だ」
引く気配を見せないジェイムズに、これ以上この異様な時間を引き延ばしたくないレジナルドは、仕方なく折れた。ジェイムズの唇の上で、かつてその想いを退けた相手の名を呟く。
「…っ、…ロナルド・アーチャー」
その名を唇に乗せた途端、ジェイムズの唇が軽く触れた。レジナルドの記憶から音に昇華された名を、吸い取るかのようだ。微かに触れ合う羽毛のような口づけに戸惑ったが、これで解放されるとレジナルドは肩の力を抜いた。
しかしジェイムズは、徹頭徹尾、あくまで我を通す悪童だった。
「次は、二番目に君に愛を告げた男の名だ」
「約束が違う!」
「すべて教えてもらうと言っただろう。試しに一人言ってみろと」
「そんな…っ」
「すべて言うまで離すつもりはないし、嘘をついても無駄だ。これでも海千山千の異国の取引先を相手に商売をしている身だ、私に隠し事は通用しない。…さあ、レジィ?」
昼休みはもうすぐ終わる。しかしこの唯我独尊の悪童が、腕の中の獲物の勤務事情を斟酌してくれるはずもない。レジナルドは震える吐息を交えながら、五年分の記憶の中の名をすくい上げて、舌に乗せる作業を繰り返すしかなかった。
そうして最後の一人の名を告げた後、悲鳴のように付け足した。
「これで全部だ、本当だ!」
「違うだろう、レジィ」
咎める言葉も、唇を触れ合わせながら囁かれる。重なる手と下肢からじわじわと伝わる熱に、触れたところから痺れが広がるような錯覚を覚える。
そのあやうさに、レジナルドは必死に言い募った。
「そんなことはない、全部話した。だから離してくれ」
「これまで聞いた名はすべて私が吸い取り、消し去った。あとは、君の伴侶が洩れているぞ」
「…は?」
「一番最近、君に愛を告げた男の名だ。それで過去にレジィを愛した男の名を、すべて上書きしてやる」
「…君ってやつは…」
脱力したレジナルドに降参の気配を見て取ったのか、壁に磔にされていた手が離され、しかし体は解放されることなく抱き締められた。後頭部に手を添えられ、軽く仰向かされた先に、ジェイムズの顔が待ち構えている。微かに触れ合う唇の上に、レジナルドは諦念とともに悪童の名を乗せてやった。
「ジェイムズ・アスター、…んうっ」
これ以上何もしないという約束を反故にする口づけは、深くやさしいものだった。
差し入れられた舌でゆったりと口腔を弄られ、怯えたように縮こまるレジナルドの舌に絡みつき、やがてジェイムズの口内に迎え入れられ、丁寧に吸われる。口の端から零れた唾液を舌で追い舐め取って、ジェイムズはようやく満足したように唇を離した。しかし、レジナルドを抱き締めた腕はそのままだ。
執拗な口づけに潤んだ眼を見られたくなく、レジナルドは俯いて抗議する。
「何もしないと言ったくせに!」
「五年間に二十六人も純情な男を袖にした、性悪な聖母への仕置きだ。一体どれだけ誑し込んだら気が済むんだ、よく無事に卒業できたものだな」
「誰が性悪だ。そもそもどうして過去を責められないといけないんだ。君の方が、余程乱れた交友関係を持っていたじゃないか」
「嫉妬か?」
「どうしてそうなる」
うれしそうな問いを、ぴしゃりと冷たく突き放す。当時も今も、他人様の恋愛模様に思うところは欠片もない。
ジェイムズの胸を押して腕の中から抜け出そうとするのに、その力は揺るぎなく、レジナルドは眼を眇めて自分を拘束する男を見遣った。
「レジナルド・マーシャル、我らが『館』の『哀しみの聖母』。これが最後通牒だ。答えればこれ以上何もしないと約束するが、あくまで拒むと言うなら、こちらも実力行使に出るだけだ。午後はもちろん、明日の勤めも諦めてもらおうか」
言うなりジェイムズは脚を上げ、太腿でレジナルドの股間を擦り上げた。そのいやらしい動きにジェイムズの意味するところを察し、突き飛ばそうとした手を取られ、互いの指と指を絡めた状態で顔の横の壁に押し付けられる。
その間にも、悪戯するような脚の動きはぐりぐりと卑猥さを増し、ジェイムズの本気に、レジナルドは蒼白になった。
「や、めっ…っ、…教えても、その人を貶めるようなことを、言わないか…?」
「敗れ去った恋敵には敬意を払おう」
かつて告白を受けた相手を今も気遣うレジナルドに、ジェイムズの眼にちりっと苛立ちが走る。それには気づかず、レジナルドはジェイムズの言葉と止まった脚の動きに、とりあえず安堵した。
すぐ目の前の整った顔を恨みがましく見つめながら口を開こうとした時、ジェイムズの顔がさらに近づき、その唇がレジナルドのそれに触れる寸前まで迫った。
「ジェイムズ!」
「私ではない。君に初めて愛を告げた男の名だ」
引く気配を見せないジェイムズに、これ以上この異様な時間を引き延ばしたくないレジナルドは、仕方なく折れた。ジェイムズの唇の上で、かつてその想いを退けた相手の名を呟く。
「…っ、…ロナルド・アーチャー」
その名を唇に乗せた途端、ジェイムズの唇が軽く触れた。レジナルドの記憶から音に昇華された名を、吸い取るかのようだ。微かに触れ合う羽毛のような口づけに戸惑ったが、これで解放されるとレジナルドは肩の力を抜いた。
しかしジェイムズは、徹頭徹尾、あくまで我を通す悪童だった。
「次は、二番目に君に愛を告げた男の名だ」
「約束が違う!」
「すべて教えてもらうと言っただろう。試しに一人言ってみろと」
「そんな…っ」
「すべて言うまで離すつもりはないし、嘘をついても無駄だ。これでも海千山千の異国の取引先を相手に商売をしている身だ、私に隠し事は通用しない。…さあ、レジィ?」
昼休みはもうすぐ終わる。しかしこの唯我独尊の悪童が、腕の中の獲物の勤務事情を斟酌してくれるはずもない。レジナルドは震える吐息を交えながら、五年分の記憶の中の名をすくい上げて、舌に乗せる作業を繰り返すしかなかった。
そうして最後の一人の名を告げた後、悲鳴のように付け足した。
「これで全部だ、本当だ!」
「違うだろう、レジィ」
咎める言葉も、唇を触れ合わせながら囁かれる。重なる手と下肢からじわじわと伝わる熱に、触れたところから痺れが広がるような錯覚を覚える。
そのあやうさに、レジナルドは必死に言い募った。
「そんなことはない、全部話した。だから離してくれ」
「これまで聞いた名はすべて私が吸い取り、消し去った。あとは、君の伴侶が洩れているぞ」
「…は?」
「一番最近、君に愛を告げた男の名だ。それで過去にレジィを愛した男の名を、すべて上書きしてやる」
「…君ってやつは…」
脱力したレジナルドに降参の気配を見て取ったのか、壁に磔にされていた手が離され、しかし体は解放されることなく抱き締められた。後頭部に手を添えられ、軽く仰向かされた先に、ジェイムズの顔が待ち構えている。微かに触れ合う唇の上に、レジナルドは諦念とともに悪童の名を乗せてやった。
「ジェイムズ・アスター、…んうっ」
これ以上何もしないという約束を反故にする口づけは、深くやさしいものだった。
差し入れられた舌でゆったりと口腔を弄られ、怯えたように縮こまるレジナルドの舌に絡みつき、やがてジェイムズの口内に迎え入れられ、丁寧に吸われる。口の端から零れた唾液を舌で追い舐め取って、ジェイムズはようやく満足したように唇を離した。しかし、レジナルドを抱き締めた腕はそのままだ。
執拗な口づけに潤んだ眼を見られたくなく、レジナルドは俯いて抗議する。
「何もしないと言ったくせに!」
「五年間に二十六人も純情な男を袖にした、性悪な聖母への仕置きだ。一体どれだけ誑し込んだら気が済むんだ、よく無事に卒業できたものだな」
「誰が性悪だ。そもそもどうして過去を責められないといけないんだ。君の方が、余程乱れた交友関係を持っていたじゃないか」
「嫉妬か?」
「どうしてそうなる」
うれしそうな問いを、ぴしゃりと冷たく突き放す。当時も今も、他人様の恋愛模様に思うところは欠片もない。
ジェイムズの胸を押して腕の中から抜け出そうとするのに、その力は揺るぎなく、レジナルドは眼を眇めて自分を拘束する男を見遣った。
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