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第十五話 後編
臼井と神 8 最終話
しおりを挟む「そうです…はじめまして、では無いみたいですね」
臼井誠は立ち上がって、遊園地で会っていることを伝えた
立花桃は覚えていないようで、臼井誠のことは八峰華澄から写真付きで説明を受けていたらしい
ここに居る理由は、栗原優の墓参りで、さっき出発したバスに乗って来ていたそうだ
初めて来た為、霊園の案内所で場所を教えてもらい、このバス停付近に戻ってきたところ、臼井誠が居たという経緯だった
「これでやっと、私たちは会えた形ですね」
立花桃が笑顔で改めて言うと、臼井誠はその言葉に照れ臭くなる
頭をかきながら遠くへ視線を向けると、名前を失った女性を思い出す
立花桃から名前を聞けば良いのだ
臼井誠は聞きたいことがある、と申し出ようとしたが、やめた
自分は栗原優の墓参り以外、彼女達とは関わらないと決めていたではないかと、改めて思い出すと口が重くなる
すると、立花桃が何やら肩から下げていた鞄へ手を入れた
そこから取り出したものは、どこかで見たことのあるネックレスだった
それを臼井誠へ差し出す立花桃
わけが分からず、ネックレスと立花桃を交互に見つめる臼井誠
また笑顔で見つめながら、立花桃はネックレスを見つめながら話し出す
「臼井さん、私たちは神に選ばれて能力を与えられた者同士です。私の神は風宮神楽と言います。彼は、私に疎遠の力を与え、臼井さんを巻き込みながら、様々なトラブルを生んでしまいました…栗原さんまでも」
臼井誠は何も応えられなかった
「この能力は、もう必要ありません。これからは、私自身の力で、様々な困難に向き合っていきます。私は…あれ、なぜか名前を言いたくない衝動に駆られてしまっているんですけど…えっと…とにかく、私が失ってしまった大事な親友の妹さんを、親友の代わりに見守ってあげるつもりです。ただ、臼井さん…貴方は、私たちのトラブルに巻き込まれた方です。私には、唯一の心残りになっています。実は最近、風宮神楽ではなく、太宰祐徳という神と接する機会を与えられました」
「太宰…祐徳と話を?」
「はい。彼から臼井さんのことや、これまでのことを教えていただきました。臼井さんの尽力があったから、私は三年間の後にやるべき事を見つけることが出来たんだと、理解できました。でも、臼井さんが報われないでいる…今日までの間、臼井さんが能力を使って何をしてきたのかも聞かされました…それを太宰祐徳に、文句を言ったんです。栗原さんだけでなく、臼井さんまでも巻き込んだまま、私たちは幸せにはなれないと……そしたら、太宰祐徳は言いました。私たちの件が解決へ向かったことで、風宮神楽とその使いの者を、神の裁判のようなものにかけられると…なので、私の能力は既に解かれています。そして、臼井さんに、最後の力を渡したい、と」
「…最後の、力?」
「このネックレスを渡すように、託されました」
立花桃から、改めてネックレスを渡される
「太宰祐徳と、どうやって話をしたんですか?確か、里美さんに会わなければ渡されないんじゃ…」
「いえ、私の目の前に、太宰祐徳が現れていたんです。里美は既に、神の使いから離れ、新たな魂となって、この世に生まれてくるそうです…それで良かったんです。真っ直ぐな里美の想いが報われて、その里美は、私たちが生きている限り忘れられることはないんですから」
「…そうですか」
「さあ、臼井さん。このネックレスをかけてください…私、いや、私たち皆んなのお願いです。これで、臼井さんが報われたら、私たちにとって、本当のスタートになります」
立花桃を見ながら、臼井誠はネックレスを手に、これまでのことを思い返す
主役でもない自分が、この一年で何を成し遂げることができたのか
そう考えるほどに、栗原優の命が失わなければならなかった理由にはならない
自分は、一人の命を奪った引き金を、猿渡慎吾と共に弾いたのだ
「…臼井さん?」
「僕は、道行く人の中はもちろん、学校やバイトの人達の中でも、生きていようが死んでいようが、特に影響のない人間でした…いや、今もそうでしょう。僕が死んだところで、誰かの人生が大きく変わることがありますか?栗原くんは、変えてしまったでしょう…けど、こんな死んでも大差のない僕が生きていたところで、立花さんたちが引きづる必要なんかないですよ…僕は、誰かの人生に突然に現れて、その時だけ少し空間を変えただけで、また元に戻れます。言わば、販売のレジと同じです。僕であろうが、僕じゃなかろうが、大差はないんです…僕という人間なんかは、国からしても、ただの頭数ですから!」
立花桃は黙って聞いていた
臼井誠が話した後も、変わらず、見つめたまま、黙っている
「太宰祐徳が僕に話を?そんなこと、今さらどうでも良いです」
ネックレスを立花桃へ返すように差し出した
それに目もくれない立花桃は、また静かに臼井誠へ話し出す
「臼井さんの考えは分かります…それ、私も同じような悩みを抱えたことがありますから…今でもそうかも…親友の妹を見守ることが私の役目?じゃあ、私の人生は、私の勝手には歩ませてはくれず、その妹の人生の為に尽くせと?…どうして?…だって、私が恋した人と付き合えた女性なのに?神は知っているのに?私の感情を考えてくれないの?私だって傷付いているのに?……親友が死んだのは私のせいなのに?」
その言葉を聞いて、臼井誠はハッとしてしまう
そうだ、目の前の人もまた、自分のせいで人が亡くなっているのだ
「臼井さんの叫びたい気持ちは、全部じゃないかもしれないけど、私も同じ人間として悩んで、今を生きてきました。臼井さんは私が幸せに見えてますか?同じ悩みを抱えていないように見えてますか?それは年齢が違うから?性別が違うから?生まれた場所が違うから?生きてきた道が違うから?臼井さんじゃないから?……ごめんなさい、私、質問ばかりしたがる性格なんで…同じように、自分にも問いただしてばかりで、答えの出ないことが数えきれないほどあるんです。私は偉くもないし、誰かの人生で重要な位置にはいないです。この騒動も、引き金は私…臼井さんを巻き込んでしまったのも、私が原因ですから…」
思わず、臼井誠は顔を真っ赤にしてしまう
立花桃の言い分が最もであり、自分よがりや話をしてしまっていたことが恥ずかしかった
「臼井さん、気にしないでください。貴方は悪くありません。誰でも、自分は主人公じゃないって傷つきます。けど、悩んで問いただしている時の自分だけは、なぜか悲劇の主人公として脚光を浴びて、誰かに見て、知って欲しくなるんですよね…分かりますよ、その気持ち。皆んな、同じじゃないのに、同じような形で悩んでいます」
そう言うと、立花桃は空を見上げながら言葉は臼井誠へ向けて言い放つ
「同じような形の悩み苦しむ者として、最後のわがままです。臼井さん、ネックレスを掛けて、この物語にけじめをつけて下さい……お願い」
最後に、少し悲しそうな表情で見つめてくる立花桃に、臼井誠の感情は動いた
「……分かりました、立花さん」
「ありがとう、臼井さん」
臼井誠は、持っていたネックレスを、そっと頭の上から首にかけていく
これで、皆んなと繋がってきた全てが終わるんだ
ネックレスを掛け終わると、約一年ぶりに頭の中で響き渡るように声が聞こえてきた
同時に、エリック・クラプトンの「change the world」が頭の中で流れ出していた
「…臼井、誠だな」
もしも、星に手が届くのなら
「はい…そうです」
君のために一つ取ってあげる
「今までのことを、本心から感謝したい」
その星で僕の心を照らしてみてよ
「僕は、言われたことをしたまでです」
そうしたら、真実が見えるから
「君のおかげで、救われた人生があるんだ」
その真実とは、僕の中にある愛が
「…失った人生もあります」
すべてだって思えることさ
「君は、あえて多くの人と縁を切ったね?」
だけど、今のところ
「はい、僕には孤独が相応しいので」
それは、僕の夢に過ぎない
「人と繋がっている君は、とても一生懸命に生きていたよ」
もしも、僕が世界を変えられるのなら
「…傷付きすぎて、疲れました」
僕は君の世界を照らす太陽の光になるよ
「その傷の数だけ、人の記憶には刻まれています」
きっと、僕の愛を本当に素晴らしいって思うだろう
「僕は、これからどうすれば良いんですか…」
ベイビー、僕が世界を変えられるのなら…
「生き続けてください。それだけで、不思議なぐらい、人の人生は、世界は変わっいきます。生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生き抜いてください…それだけ、忘れないで…………臼井、新しい出会いを迎える貴方に、最後の力を与えるね……素晴らしい縁の仲間入りの能力だ………臼井………………おかえり」
完
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